災害列島 命を守る情報サイト

これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

水害 支援 教訓

医師はなぜ現場に向かうのか? 苦悩するDMAT

「患者の足を切断することも覚悟した」 2018年7月の西日本豪雨の土砂災害の現場で救助に携わった医師のことばです。消防や自衛隊のイメージが強い、災害救助。実は、医師も病院を出て現場に駆けつけ、「がれきの下の医療」を行っていました。目の前の命を救いたい。その思いで活動した、知られざる医師たちの物語です。(社会部記者 清木まりあ、森野周)

2019年7月にニュースで放送された内容です

目次

    深夜の出動要請 土砂災害現場へ

    広島赤十字・原爆記念病院 高野祐護さん

    「坂町で土砂災害が発生、すぐに現場に向かってくれ」

    広島赤十字・原爆記念病院の医師、高野祐護さんのもとに出動要請が入ったのは、2018年7月7日の午前1時前でした。

    西日本豪雨で130人以上が犠牲となった広島県。前日の6日夜に大雨の特別警報が発表され、土砂災害が相次いで発生していました。現場に着いた高野さんは、大量の土砂に埋もれた2階建ての住宅を目にします。土砂の重みでつぶれてしまっていました。

    雨が降り続く中、つぶれた住宅の中で助けを求めていたのは、この家に1人で暮らしていた70代の男性。消防隊員が屋根を壊すと、上半身は見えていたものの、ひざから下が大量の土砂に埋もれた状態でした。

    「足の切断も」医師の葛藤

    「患者さんに命の危険がある場合には足を切断して出すとか、最悪の事態も、一瞬、頭の中によぎりました」(高野医師)

    こう振り返った高野さんが真っ先に心配したのは「クラッシュ症候群」。長時間、圧迫された足に毒性の物質がたまり、救出されたあと全身に回るもので、過去の災害でも、たびたび死者が出ています。足を切断して救出しないと、命が助からない可能性もあると考えたのです。

    高野さんは、男性に声をかけながら、生命反応や埋もれた足の状況などを診断しました。その結果「深刻なクラッシュ症候群の可能性は低い」と判断。救急隊に伝えた後、男性の激しい痛みを和らげるため、鎮痛剤を注射しました。薬剤の投与は、医師にしか判断できない行為でした。厳しい状況の中、容体を慎重にコントロールしながら進められた救助活動。高野さんの判断が功を奏し、男性は足を切断することなく助け出されました。

    救助された70代の男性は、私たちが取材するまで、医師が現場で治療にあたっていたことを知りませんでした。

    「消防の人たちが助けてくれたことは知っていましたが、まさかお医者さんまでいたなんて…。ありがたいです」(救助された男性)

    高野さんは、当時を次のように振り返ります。

    「大規模な災害が起きると、病院で待っていても患者は来ない。いち早く現場に駆けつけることが大事だと痛感しました。自分たちが出て行くことで、患者の運命を変えることができるのであれば、真っ先に駆けつける準備をしておきたい」(高野医師)

    多くの命を救った「DMAT」

    高野さんのように災害現場に入り、被災者の命を救う医師は、「DMAT」に所属しています。「Disaster Medical Assistance Team」=「災害派遣医療チーム」の略で、災害現場で活動する専門的な訓練を受けた医師らのチームです。

    西日本豪雨では、広島、岡山、愛媛の3県に、各地から100以上のチームが派遣され、多くの命を救いました。

    災害現場「がれきの下の医療」

    阪神・淡路大震災 救助活動する自衛隊員(1995年1月)

    DMATができるきっかけ、それは24年前の阪神・淡路大震災です。救急医療の遅れが課題となり、医師が災害現場で医療を行う必要性が出てきたのです。その中で生まれたことばが「がれきの下の医療」。倒壊した建物などのがれきの下に直接入り、救助を待つ人の医療活動を行う。こうした医師の誕生が、注目を集めました。

    その後も東日本大震災など、大きな災害が起きるたびにDMATは出動。存在の重要性が増していきました。

    「災害のプロ」ではない

    しかし、取材を進めると、災害現場を経験した多くの医師は、課題を感じていました。取材のなかで印象に残ったのが、次の医師のことばです。

    「私たちは、“医療のプロ”ですが、“災害のプロ”とは言えません」

    ふだんは、病院で医療に携わっている医師たち。消防や自衛隊といった、日頃から現場の救助や訓練を行う組織に比べ、装備や体制、経験が不十分だというのです。そうした状況の中、医師たちが命も失いかねない事態に直面していました。

    命の危険ある現場で…

    西日本豪雨 土砂崩れで甚大被害を受けた住宅

    広島県坂町の現場で70代の男性を治療した、医師の高野さんもその一人でした。実は、西日本豪雨が初めての災害現場。がれきの下で医療活動を行う訓練も、ほとんど受けたことがありませんでした。

    雨が降り続く現場周辺では、土砂崩れが起きた斜面から勢いよく水が噴き出し、いつ崩れてもおかしくない状態。現場の警察官からは、「土砂崩れが起きそうなときは笛を吹くので、緊急退避してほしい」と言われていました。命の危険がある状況の中で、医療を行っていたのです。

    「もし崩れたら、ここにいる全員が生き埋めになってしまうのでは…」

    みずからの経験と判断だけでは、安全を確保できない極限の現場。高野さんを支えたのは、「目の前の命を救いたい」という思いだけでした。

    「目の前で道が…」現場にたどりつけず

    福岡徳洲会病院 西原健太さん

    災害現場に向かう途中に、危険を感じたDMATもありました。福岡徳洲会病院の西原健太さんは、災害発生の2日後、広島県に向かいました。大きな被害が報じられる呉市への支援に行く途中、目を疑う光景に出くわしました。

    「普通に車で走ってて、一瞬あっけにとられたんです。道がないって…」(西原さん)

    目の前には崩れ落ちた道路。まさに間一髪の状況でした。西原さんは、十分な土地勘がない中、う回路を探しだしましたが、そこでは激しい渋滞が続いていました。結局、呉に行くことを断念。その後、被害が比較的少ない地域で病院の支援をしましたが、今も、呉の救助に入れなかったことを悔やんでいます。

    「苦しかったですよね、帰ってこいって言われたときに。呉市に入れるなら入りたいっていうのがあって。これからは、より正確な情報が必要になってくると思います」(西原さん)

    「情報がない!」広域災害の課題

    DMATの医師らを派遣する側も、経験したことのない事態に、大きな戸惑いを覚えていました。

    広島大学大学院 大下慎一郎さん

    広島大学大学院の医師、大下慎一郎さん。西日本豪雨の際、DMATの医師をどの病院に派遣するかを決める「調整本部」にいました。広島県内にある医療機関は、1000以上。しかし、広島県内のほぼ全域で被害が出ていたうえ、それぞれの病院も対応に追われ、被害の情報が入ってきません。

    DMAT調整本部に集まった医師や看護師(2018年7月)

    情報がないため、DMAT調整本部では、医師や看護師が、直接電話で情報を集めるという膨大な作業に追われました。

    「情報の把握に相当な時間がかかってしまい、支援が後手に回ってしまいました。情報を集めることは極めて重要な役割を担っていて、今後の大きな課題です」(大下さん)

    最新技術で医師たちの支援を

    DMATの研修会

    西日本豪雨で浮かび上がった課題を、次の災害にどう生かしていくのか。全国のDMATを統括するDMAT事務局は、ことし7月の研修で、「安全管理」をテーマの一つとして、隊員たちにその重要性を教え込みました。

    また、データ分析の専門家の協力を得て、医師をいち早く被災地に送る、新たな電子地図システムの開発も進めています。災害の発生直後に、支援が必要な病院を推定。道路の通行止めなどの情報も取り込んで、医師を、どのルートでどの被災地に派遣すればいいのか判断の参考にするシステムです。

    DMAT事務局 近藤久禎次長

    「被災者を救うためには、まずは医師、病院を支える必要がある。さまざまな情報を利用して、被害の大きな被災地がどこかということを迅速に見極めて、優先的に支援の手をさしのべるような活動につなげたい」(DMAT事務局 近藤久禎次長)

    医師はなぜ現場に向かうのか

    みずからの命の危険や困難に直面しながら、人知れず災害現場に向かう医師たち。私たちが、「なぜDMAT隊員になったのか」と、素朴な疑問をぶつけると、次のように答えてくれました。

    「病院に搬送されてきても、救えない命があった。“もし現場で治療していたら命を助けられたかもしれない”と考えると、悔しくてしかたなかった。だから現場に行ける医師になったんです」

    熱い思いを胸に秘めた医師たち。その活動を支えることが、災害時の私たちの命を守ることになるかもしれません。少しでも、彼らの思いを知ってほしい。取材した私たちは、強く感じました。

    清木まりあ
    社会部記者
    清木まりあ
    森野周
    社会部記者
    森野周

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