「救急車とコンビニ」から見えたこと
この夏の猛暑で救急車の出動回数が増えた名古屋市消防局が市民に理解を求めるために投稿したツイート。
「救急車でコンビニ等に立ち寄り飲料水等を購入する場合があります。ご理解をお願いします」
ネット上に集まった多くの賛同の声からは、新たなコミュニケーションのあり方が見えてきます。
(ネットワーク報道部記者 後藤岳彦・伊賀亮人・木下隆児)
2018年8月放送の熱中症ニュースに関連する内容です
目次
猛烈な暑さが続いた7月、名古屋市消防局では熱中症とみられる人などの搬送が相次ぎ、救急搬送のために出動した件数は速報値で1万3616件と1か月の件数としては過去最多となりました。
出動に次ぐ出動。昼食をとる時間もない中で発信したのが、冒頭のツイートだったのです。これに対し、ネット上では多くの賛同の声が相次ぎました。
「熱中症患者運ぶ方々が倒れたら、ホントに気の毒。だから、補給、コンビニ立ち寄り、OK!」
「近所のコンビニで早速救急車を見かけました。きょうも暑いから、隊員の方々も水分補給や休憩して頂いて午後も頑張っていただければと思います。本当にお疲れ様です」
西日本豪雨で注目された情報発信
この反応に名古屋市消防局は「予想以上の反響です」と驚きを隠しません。でもこうした情報提供の在り方は1年前から模索してきたものでした。名古屋市消防局では広報の態勢を強化し、それまでホームページが中心だったネット上の情報発信にツイッターを加えました。より多くの人にリアルタイムの情報を届けることができるからです。
「必ずあなたを助けます」
それが効果を発揮したのが先日の西日本豪雨。浸水被害が深刻だった岡山県倉敷市真備町に救助に向かった名古屋市消防局は、「必ずあなたを助けます」と力強いメッセージを送りました。
これに対し「励まされる」「救助隊の皆さんもどうかお気をつけて」といったメッセージが数多く寄せられました。消防が、直接市民に語りかける新たな方法に手応えを感じたのです。
苦情があった訳ではない
今回の取材でもう一つ名古屋市消防局が強調したことは、過去に救急車でコンビニに行って市民から苦情を言われたわけではないということです。
名古屋市消防局は、「コンビニに救急車が止まっていると『えっ』というような雰囲気になると思う。その辺のことを考えてあらかじめツイッターで皆さんにお願いした、ご理解を求めた」と話しています。
救急車がコンビニに立ち寄ることは、以前からもあったそうで新たな決定ではありません。ただ、熱中症の患者の搬送などで業務が忙しくなり、「こんな状況もありますよ」という消防のふだんの姿に理解を求めたことで、多くの賛同が得られたのではないでしょうか。
警察や自衛隊は?
ちなみに同じように勤務中を制服姿で過ごすほかの公務員を調べると、警察官は全国で以前からコンビニでの買い物を認める動きが進んでいます。
大きな理由が犯罪の抑止。制服姿の警察官が立ち寄ることで強盗などの被害もある店舗の防犯につながるというのです。
一方、自衛隊はやや状況が違います。というのも、自衛官の服装規則では「常時制服を着用しなければならない」と定めたうえで、勤務外や休暇の際には「制服を着用しないことができる」と規定されているのです。
つまり、休憩中の買い物などでは制服姿がむしろ原則なのです。通勤中の買い物や保育園への子どもの送り迎えでも、制服姿が認められています。大きな理由は、有事に即応できるようにするためだということです。ただ、こうした実態について私たちはよく知りません。ふだんからどんな活動をしているのか、市民に語りかけることができれば、お互いの理解がもっと進むのではないでしょうか。
外国では当たり前
今回のネット上の動きについて東京消防庁に勤めた経歴を持ち、現在は、帝京大学スポーツ医療学科で救急救命士の養成に携わっている横山正巳教授は、「すばらしいことだ」と言います。
横山教授はおよそ20年前、救急隊員の食事時間を確保するためコンビニエンスストアの駐車場などで食事をとれるようにするために庁内での調整を進めてきました。ただ、こうした取り組みを一般に広くPRするという意識はありませんでした。
横山教授は「外国ではコンビニなどで当たり前のように救急隊員が食事をしたり、飲み物を飲んだりして、次の出動に備えている。日本でももっとこうした取り組みを受け入れる風潮が広がっていってほしい」と話しています。この夏の猛暑がきっかけで話題になった救急車とコンビニをめぐる今回のツイート。SNSを通じた新たなコミュニケーションのあり方を指し示しています。
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