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水害 知識

深層崩壊 予測の鍵は“水”

大雨の時期にいつ起きてもおかしくないのが土砂災害。中でも、特に大きな被害をもたらすおそれがあるのが「深層崩壊」です。そのリスクをつかむための最新の研究が、今、進められています。注目しているのは、土ではなく、山から流れ出す「水」。この「水」に徹底的にこだわった新たな手法で予測につなげようという研究の最前線を取材しました。(社会部記者 藤島新也)

目次

    “水”に注目する研究者

    6月中旬。私たちは、土砂災害の研究を長年続けている、鹿児島大学の地頭薗隆教授の調査に同行しました。

    訪れたのは過去に何度も大きな土砂災害が起きている鹿児島県南大隅町。到着した地頭薗さんがまず向かったのは、「山の斜面」ではなく、集落の中を流れる「用水路」や山あいを流れる「渓流」でした。長靴姿の地頭薗さん。用水路などに入ると、そこに流れている「水」の観測を繰り返していきます。実は、地頭薗さん、こうした、山から湧き出る「水」に注目して、土砂災害のリスクを明らかにする研究を長年続けているんです。

    きっかけは21年前の土砂災害

    地頭薗さんが、「水」に注目するようになったきっかけは、今から21年前、平成9年に鹿児島県出水市で起きた大規模な土砂災害でした。

    この災害では土砂がおよそ1キロも流れ下り、住民ら21人が亡くなりました。当時、地頭薗さんは調査団の一員として現地入りしました。その際、斜面から「水」が湧き出ていることに気づきました。

    「岩盤の割れ目から水が湧いてたので、地下水が出ていると見てすぐにわかったんです」

    地頭薗さんは、当時をこう振り返ります。

    地頭薗さんはこの土砂災害が起きたメカニズムをこう考えました。

    雨が降ると雨水は地下にしみ込んでいきますが、地下深くに「水を通しにくい層」があると、その上に水が集まります。

    この地下水に長い間さらされると岩石は風化が進み、もろくなります。そして、この深い部分から一気に崩れるのです。

    これが「深層崩壊」。表面のみの土砂が崩れる通常の「表層崩壊」と違い、ひとたび発生すると、大きな被害をもたらします。しかし、地下深くで起きることから予測は非常に難しいのが現状です。

    “水”に徹底的にこだわれ

    地頭薗さんは、地下水がどこに集中しているのかがわかれば、深層崩壊のリスクのある斜面を特定できると考えました。

    しかし、地下水を詳しく調べるには、ボーリング調査などが必要で、時間もコストもかかってしまいます。

    ほかに何か良い方法はないだろうか?そこで地頭薗さんが注目したのが、渓流や用水路を流れる「水」だったのです。

    渓流や用水路を流れる水には、ふだんは雨水が混ざっていますが、晴れた日が続くと、ほぼすべてが、山から湧きだした地下水だけになります。

    この時を狙って調査すれば、地下水を調べていることと同じだと考えたのです。

    調査方法その1 水の“量”を調べる

    では、具体的に「水」をどのように調べるのか。私たちが調査に同行したこの日、地頭薗さんが最初に行ったのが、用水路を流れる水の「量」を測る作業です。用水路の幅と水深を測ったあと、先端にプロペラのようなものがついた機器を入れ、1秒間に流れる水の量を測ります。

    調査の結果、この用水路では1秒間に35リットルの水が流れていることがわかりました。これは近くにある斜面の地形から想定される量よりも多いということで、地頭薗さんは「この用水路の上流に地下水が集中している斜面があるのではないか」と予想しました。

    その2 水の“性質”を調べる

    次に行ったのは、水の「性質」の調査です。

    調べるのは、「電気の通りやすさ」を示す「電気伝導度」と呼ばれる指標。先端にセンサーのついた「EC計」と呼ばれる装置を水に入れると、数字が表示されます。この値が高いほど「電気伝導度」が高く、電気が通りやすいことを示します。

    調査の結果、この用水路の電気伝導度はおよそ「14」。かなり高い値だといいます。

    一方、後日、私たちが降ったばかりの雨水を採取して電気伝導度を測ってみると、「0」に近い値を示しました。

    地頭薗さんによると、通常、雨水は電気をほとんど通しませんが、地下深くの岩盤を徐々にしみ込む過程で、周辺の岩石からしみ出す「イオン」などの成分を取り込み、電気を通しやすい性質に変化するということです。

    この水の「量」と「性質」の調査から、用水路を流れる水は、地下深くの岩盤の間を流れてきた地下水であることがわかり、「深層崩壊」を起こすリスクのあることが浮かび上がってきたのです。

    地頭薗さんは、こうした調査を5年前から継続して行い、南大隅町では40か所余りでデータを集めてきました。

    その結果、町内の5つのエリアで、深層崩壊のリスクのある斜面があることが見えてきました。

    地頭薗さんは「地形や地質の情報に、この水の情報も加えて危険区域を探す精度を高めたい」と話していました。

    この地頭薗さんの手法に、国土交通省も注目していて、現在、熊本県や和歌山県で同じように地下水から土砂災害のリスクを探る調査を進めています。

    この手法は、ほかの地域でも応用できることがわかっています。ことし4月に大分県中津市で発生した土砂崩れは、雨や地震もない中で突然発生し、ふもとの住民など6人が亡くなりました。

    災害発生後、地頭薗さんが同じ手法で現場を調査したところ、崩れた斜面は周辺のほかの斜面に比べて、地下水の量が多く、電気伝導度も高かったということです。

    “いつ崩れるのか”予測につなげる研究も

    地頭薗さんは、調査であぶり出した危険な斜面で、いつ土砂災害が起きるのか、予測につなげるための研究も進めています。

    斜面に地下水の量を監視する「湧水センサー」と呼ばれる装置を設置。データをリアルタイムで研究室に送り、水の量が変化しないか監視しています。

    実は、地頭薗さんは、3年前に鹿児島県垂水市で起きた土砂災害で、2次災害を防ぐため、斜面から湧き出る地下水の量を監視していました。

    1年後、水の量が急激に増えたことを知った地頭薗さんは自治体に助言。市が周辺の住民に避難指示を出したところ、翌日に実際に土砂崩れが発生したのです。住民たちは全員避難し無事でした。事前に予測し、命を救うことに成功したのです。

    地頭薗さんは、地下水の量や質の変化を監視することで、同じように土砂崩れの発生するタイミングが予測できるのではないかと、日々、データを積み重ねています。

    地頭薗さんは、「いつ危ないのかをどうつかむのか。まずは鹿児島から少しずつ解決し、他の地域にも展開していきたい」と今後の目標を話してくれました。

    “危険の察知”私たちにもできる

    今回の取材で私は、「水の量や質の変化をとらえるのは、私たち住民にもできるのではないか」と感じました。

    地頭薗さんは、「誰でもできる簡単な調査手法の開発を目指しているので、機械があれば測ることができますよ」と答えました。

    背景には、研究者だけではリスクのある場所をすべて明らかにすることができないという思いがあり、「誰でもできる手法なら、住民や行政の担当者に協力してもらうことができる。例えば、長年住んでいる年配の方は、湧き水が出る場所を知っていますよね。そこで測定してもらえれば1次データが集まる。その結果を見て、より調査が必要な場所を専門家が調査する。そんな仕組みができるのが理想ですね」と話していました。

    多くの山を抱える日本。すべての場所を専門家だけで調査するのは限界があります。住民が調査に参加できれば、それだけ早くリスクを把握できますし、協力する中で、土砂災害に対する関心も高まると思います。こうした手法が確立され、各地で土砂災害のリスクのあぶり出しが進むことを期待したいと思います。

    藤島 新也
    社会部記者
    藤島 新也

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