JTB 採用・人事担当者に聞く

変わりゆく観光業界 再起に向けた戦略とは

2023年07月31日
(聞き手:芹川美侑 正木魅優)

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街なかから姿を消した外国人観光客が戻り、休日には、たくさんの人たちが観光を楽しんでいる姿を目にするようになりました。アフターコロナの戦略をどう描こうとしているのか、旅行業界のこれからについて、JTBの人事担当者に聞きました。

新型コロナの感染拡大をへて

学生
正木

いま、旅行をする人の数ってどのくらい戻ってきているんですか?

ことしの夏休み、7月15日から8月31日までに旅行に出かける人は、7370万人と予測しています。

JTB
園田さん

このうち、国内旅行は7250万人で、新型コロナの感染拡大前の2019年と同じ水準まで回復する見通しになっているんです。

コロナ禍前と同じくらいまで戻ってきているんですね!

国内旅行にかける1人あたりの費用の平均は、2019年より3500円多い4万円と見込んでいて、これまでで最も高くなりました(※)。

(※国内旅行の費用について調べ始めた1996年以来)

JTBの新卒採用担当 園田菜穂子さん 小倉健太さん

ずっと我慢を強いられていた時期が長かったので、その分、旅行に行こうと考えた人が多くいたということです。

コロナ禍になる以前は、日本を訪れる外国人旅行者と海外に旅行にいく人たちは、あわせて年間5000万人ぐらいでした。

それが2021年にはほとんどゼロに近い数にまで激減してしまいましたからね。

学生
芹川

その間、どのように事業を続けてこられたんですか?

旅行以外にも事業の幅を広げました。

JTB
小倉さん

例えば飲食店の皆さんが必要な補助金を申請するための受け付け業務や、企業や自治体のワクチンの職域接種などにも関わりました。

ワクチン事業ですか?

JTBはもともと、修学旅行や国際会議など大人数に向けた事業を手がけてきました。だから数百人とかの規模で人を動かす運営が得意なんです。

その強みをいかして、補助金やワクチンなどで自治体へのサポートを続けてきました。

そうだったんですね!

あとは、自宅にいながらにして旅行体験が味わえるオンラインツアーを企画して、その旅行先の食べ物やお酒をご自宅に送って一緒に楽しむことを提案したり。

オンラインツアーは海外旅行に行く前の予習として利用してもらったりと、旅行ができるようになった今でも需要があるんです。

業務の幅が広がった側面もあるんですね。

地方創生

ひとつ目の注目すべきニュースとして地方創生をあげていただきました。

旅行業界と地方創生、どのようなつながりがあるんですか。

旅行の需要が戻ってきている中で、まだあまり知られていない地方の魅力を発掘していくことに、これから先の大きな可能性を感じているんです。

知られていない魅力?

日本には京都だったり、日光だったり、有名な観光地がたくさんありますよね。その一方で、魅力があるにもかかわらず、観光客があまり訪れていない場所がまだまだ多くあるんです。

そうした知られざる観光スポットに光をあてていくことが大切だと思っています。

でもどうして地方の魅力を掘り起こすことが必要なんですか?

近年、旅行の目的が、“旅先に行くこと”から、“旅先で何をするか”へと変わってきているからです。

どういうことですか?

「こんな体験がしたい」という目的を達成するために旅行にいく人が増えているんです。

観光に求めるものの変化(JTB総合研究所)

たとえば、各地で開かれているご当地のマラソン大会に参加するために、旅行にいくという人も増えています。

ご当地マラソン、最近は各地で開かれてますね。

海の上を疾走する「ちばアクアラインマラソン」

千葉県の鴨川エリアでは、水族館や温泉といった観光資源はあっても、思うように観光客が集まらないという課題がありました。

そこで「ロゲイニング×スタディ」という付加価値をつけたソリューションを開発しました。

ロゲイニング?

「ロゲイニング」はオーストラリア発祥のスポーツで、地図を片手にチェックポイントをまわるという競技なんですが、旅行でやってみようと。目的地では写真を撮ってもらいます。

目的地の中には、これまで観光地として注目されていなかったスポットとかを盛り込んで魅力に気づいてもらおうというねらいでした。

地図をたどりながら まだ見ぬ目的地へ

目的が多様化しているからこそ、その選択肢を広げていくことが大事なんですね。

以前は、私たちは主に「お客様をどこに連れていくか」という考え方で仕事をしていました。

でも今は「どうやったらお客様がその土地に来てくれるようになるか」という考え方で旅行商品を企画しています。

土地の魅力をできるかぎり引き出してお客様の旅の選択肢を広げてもらおうと。

ほかにはどのようなことをされているんですか?

“アドベンチャーツーリズム”という旅行のスタイルに力を入れています。

初めて聞きました。

海外では一般的で、これから日本でも知られるようになっていくと思います。

「アクティビティ」「自然体験」「文化体験」の3つの要素のうち2つ以上で組み合わされる旅行のことをいいます。

たとえば、北海道では国立公園で自然を散策したり、アイヌの人たちの文化を学んだりするツアーを企画しています。

トレッキングツアー風景

ほかにも、社会の課題解決につながるような取り組みもあります。

人出不足の農家の助けになればと、旅行プランの中に農業体験(農作業)を盛り込んだり。旅行者にはもちろん働いた分の賃金も支払われます。

そんな、ただの体験にとどまらないような試みを始めています。

なるほど。農家にとっては人手が増えてうれしい。観光客は日常ではない農業を体験しながらさらに収入も得られるわけですね。

旅行者がさくらんぼ収穫を手伝い

私たちの仕事は旅行先があって初めて成り立つものです。

旅行という商品を通じてどのように地域を活性化させていくかという視点をとても大切にしています。

地域が活性化することでより魅力的な旅行先が増えてくるし、その逆もまたしかり、ということなんですね!

そのとおりです。

インバウンド復活

続いてのテーマはインバウンド需要の復活について。

コロナの感染拡大前のように、また街なかに外国人観光客が戻ってきたように感じます。

日本政府観光局は7月、2023年の上半期に日本を訪れた外国人旅行者が推計で1071万2000人にのぼったと発表。1000万人を超えるのは新型コロナの感染が拡大する前の2019年以来、4年ぶり。

これからも日本を訪れる外国人は増えていくと予想されていて、観光庁は2030年の外国人旅行者数を年間6000万人にするという目標を掲げています。

浅草の雷門(2023年5月)

どうして外国人観光客が増えることが予想されているんですか?

東京オリンピック・パラリンピックが大きな契機でした。

単に世界からの注目が集まっただけではなく、観光地や駅の案内板に外国語の表記が増えましたよね。

外国語でも接客してくれる店が増えたりと、外国人観光客を受け入れる環境が一気に整っていきました。

東京オリンピックの開会式

残念ながら大会はほとんどの競技が無観客でしたけど。

それでも訪れた海外のメディアが、日本の町並みや日本食のおいしさを発信してくれて、日本への興味や関心がより高まったと実感しています。

外国人観光客はどのような場所を訪れているんですか。

「ゴールデンルート」と呼ばれるコースがあって、東京から箱根や富士山を通って、大阪や京都に向かうという方が多いですね。

ただ、日本の魅力をより多く知ってもらうために、できるだけいろんな場所を訪れてもらいたいと意識しています。

先ほどの地方創生にもつながりますね。

そうなんです。東京から北陸を経由して京都へ向かうルートや、関西からスタートして瀬戸内海を周遊するルートも積極的に提案しています。

外国人観光客向けパンフレット 東京→京都・大阪への“ゴールデンルート”以外も紹介

オーバーツーリズムの課題も…

定番のルートだけではなく、外国人観光客にさまざまな旅行先を提案しているのには、実はもうひとつ理由があるんです。

どういうことですか。

日本を訪れる人が増えてくれることはうれしいのですが、観光にくる人がただ増えればいいということではありません。

特定の観光地だけに多くの人が集まってしまうと、オーバーツーリズム(観光公害)という現象につながってしまいます。

京都の祇園祭(2022年7月)

詳しく聞かせてください。

例えば、観光客が多く訪れてタクシーを利用したりして車で移動することで交通渋滞が起きてしまう。

そうすると通勤や通学のバスが遅れてしまったり、ふだんその土地で暮らしている人たちに影響が及んでしまうことがあるんです。

新型コロナによる環境変化で、サービス業に従事する人手不足などの事象がオーバーツーリズムにつながっているという側面もあります。

一朝一夕に解決できる問題ではありませんが、観光資源を守っていくために業界全体で向き合っていかなければならない課題です。

人気漫画の舞台にも 神奈川県鎌倉市のフォトスポット

観光立国NIPPON

3つめのニュースの「観光立国NIPPON」は、たびたびニュースなどで触れることばですが、どのような意味があるんですか。

世界には年間を通して多くの観光客が訪れて、観光産業が経済を支える基盤となっている国や地域があります。

簡単に言うと「日本もその仲間入りを目指そう」という意味が込められたことばです。

山梨県富士吉田市からのぞむ富士山

「観光立国」ということば自体は2000年代から掲げられています。

それがいま、新型コロナで大きく打撃を受けた観光産業を再生させるためにあらためてその機運が高まっています。

国をあげての取り組みなんですね。

はい。とはいえ、世界全体でみると、JTBはあまたある旅行会社の中のひとつに過ぎません。

そうした中で、いかに弊社の商品を使って来日する観光客を増やしていくかというのが、これからの課題になってきます。

その成功のカギの1つがDX化の推進です。

ネット予約とかですか?

事前の予約だけではなく、旅の最中にもデジタルを利用したサービスを展開しています。

たとえば、デジタル技術を用いて旅先を1つのテーマパークとして見たてる「観光MaaS」という取り組みもその1つです。

テーマパークとして見たてる?

旅行って観光名所を見てまわったり、食事やショッピングを楽しんだりと、さまざまな楽しみ方がありますよね。

その交通手段から宿泊施設、観光スポットの入場券などすべてを自分のスマートフォンから決済できるサービスです。

その都度、現地で料金の支払いをする必要がなく、快適に旅を楽しむことができます。あわせて、旅のプランにあわせた移動手段も提案してくれます。

旅行会社としても、利用者からデータを提供してもらうことで、旅行プランの改善やオーバーツーリズムの解消などに役立てていきたいと考えています。

旅の力は無限大

魅力を発掘したり、問題を解決したり、そして快適な旅を提供すること、仕事のフィールドが非常に広いんですね。

そのお客様にとって、何を提案すればいいのか、どうしたら喜んでもらえるのかをお客様と一緒になって考えていけるっていうのが大きな魅力だと思っています。

京都 清水寺(2022年11月)

その過程では、地域が頭を抱えている課題の解決であったり、環境問題であったり、本当に幅広いことに向き合うことになります。

コロナの影響で、本来の事業が大きく打撃を受けましたが、その逆境があったからこそ生まれた事業もありました。

ただ旅を提供するということにとどまらず、世の中のさまざまな課題に対して解決策や新たな価値を提供できるというのも、この業界で働く魅力の1つですね。

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