2023年10月13日
(聞き手:堀祐理、正木魅優)
現在は韓国のK-POPアイドルやアーティストのイベントを中心に、多い月では約20本ものMCをこなす古家正亨さん。
20年以上エンタメを通して日韓を繋いできた古家さんに、言語や文化の違いを越えるコミュニケーションの極意を聞いていきます。
ラジオDJからキャリアをスタートされたそうですが、古家さんに「韓国の俳優やアイドルが来日したときにイベントでMCをされる方」というイメージを持っている人も多いかと思います。
ありがたいことに、最近僕のように韓国のエンターテインメントに携わりたい、MCになりたいという人が増えてきました。
古家正亨(ふるや まさゆき)さん
1974年、北海道生まれ。
1998年から99年まで約1年半韓国に留学し、帰国後はマスメディアを中心にK-POPの魅力を伝えている。
2009年には日本におけるK-POPの普及に貢献したとして、韓国政府より文化体育観光部長官褒章を受章。日本で開催される韓流・K-POPイベントのMCとして知られるほか、数多くのラジオ、テレビ番組を担当。
そういう人たちの話を聞くと、「私は古家さんよりK-POPについて詳しいです」とか、「韓国語がペラペラです」っておっしゃるんですけど、この仕事をするにあたっては、正直、今言った2つはあまり必要ないかもしれません。
そうなんですか?
もちろん韓国語ができるに越したことはありません。
でも、共演する相手に「古家さんになら、ここまで突っ込んだ話をしてもいい」とか、「古家さんになら普段は話さないことも話してもいい」と思ってもらうことが何より重要です。
どんなことが大切になってくるのでしょうか。
僕は大学では臨床心理学を専攻しました。そこで、意外に思う人もいるかもしれませんが「カウンセラーは、相手の話をとにかく聞く仕事」だと教わりました。
カウンセラーですか。
はい。一見MCの仕事とは関係なさそうですが、相手の話に耳を傾け、もっと話したくなるような雰囲気をつくることが大切だという点はMCにも通ずると思っています。
間を恐れずに、相手の話したいことを話したいタイミングで話してもらえる空気をつくる。そして、「そうなんですね」「それってこういうことですか」とどんどん聞いていくと、相手もどんどん話してくれる。
相手が「この人は、自分の話を真剣に聞いてくれるんだな」「この人にだったら話していいかな」と心を開いてくれるんです。
相手の言葉や心に対してどれだけ耳を傾けられるかは、普段の人間関係を築くにあたっても一番大切なことじゃないかと思います。
相手が話しやすい雰囲気づくりのために、ステージの上ではどのようなことを心がけているのですか。
日本でイベントを開催する外国のアーティストは、環境や言葉の違いから母国での公演よりはるかに緊張しています。
アーティストの言葉は通訳さんを介して伝わるので、どうしてもファンに届くまでにタイムラグが生じます。
慣れない環境で、自分の言葉にリアクションが返ってこなかったら不安になりますね。
そこで、MCとして同じ舞台に上がっている僕がファンとのパイプ役として、身ぶり手ぶりでしっかりリアクションを取るよう意識しています。
そうすると、アーティストは「ああ、伝わっているな」、「大丈夫なんだな」と肩の力を抜くことが出来る。
日本でも「外国だから」と固くならず飾らない姿で楽しんでもらえるように、安心できる空気を作るのが僕の仕事だとも思っています。
他に共演者が話しやすい空気づくりのために心がけていることはありますか。
MCとして主人公の話を引き出すためには、話術などではなく人間的な魅力が必要だと思います。
人間的な魅力、ですか。
はい。簡単に得られるものではないですが、様々な経験を積み、多様な価値観に触れることで、この人になら話したい、また会いたいと思ってもらえるような心の広さ、懐の深さを培うことが重要だと思います。
それから、相手について徹底的に下調べをします。「下調べの鬼」になります。
「下調べの鬼」!具体的にどんなことをするんですか?
俳優さんは出演作品、K-POPスターならば楽曲、MVはもちろん、ファンのSNSもまめにチェックして、ファンが聞きたいこと、知りたいことを把握しておきます。
それ以前に普段から世間の様々なことに関心を持つことがすごく大事です。といいながら、昔、僕も恥をかいたことがあって。
どんなことですか…?
CNBLUEというグループのファンミーティングでMCを務めたときに、メンバーから当時大ヒットしていた『のだめカンタービレ』の登場人物「千秋先輩」の話が出たことがありました。
でも、その頃の僕は「のだめ」をよく知らなくて、さらっと流しちゃったんです。すると帰りに電車の駅でファンの方から「千秋先輩も知らないんですか」って言われちゃって。
そのときに、悔しくて涙が出てきたんです。正直、僕は韓流とかK-POPの仕事をしているのに、なぜ千秋先輩に関する知識が必要なんだよって思いました。
でも悔しさと同時に、これこそコミュニケーションを取る上で大事なことだと気付きました。
どういうことですか?
もし僕が千秋先輩を知っていたら、その場で話をどれだけ楽しく膨らませることができただろうと。
それからはアーティストの情報はもちろん、自分の興味や関心の範囲外のことも普段から調べるようになりました。
自分の興味以外のことにもアンテナを張るのって、結構難しいと思います。
確かに、学生の皆さんは自分の興味の外に関心を持つことがなかなか難しいと思います。でも、小さいことでも良いんです。
例えば、普段は家でサブスクばかり見ているけれど、たまには映画館に行ってみるとか。それだけでも色々な発見があるはずです。深く考えすぎず、まずは「行動を起こしてみる」ことが大事だと思うんです。
韓国の方と一緒にMCのお仕事をされる中で、特に難しかったことは何ですか?
共有できることが多い国同士だからこそ、日韓の文化的背景は全く違うと理解した上で、互いをリスペクトするのが意外と難しいんですよね。
MCの仕事でも、どのようにリードしたら、お客さんに韓国的な価値を伝えられるか、いつも苦戦していました。
今年で『冬のソナタ』が日本で初めて放送されてから20年ですが、印象深いイベントのひとつに2003年に開催された『冬のソナタ』の主人公、ペ・ヨンジュンさん、通称“ヨン様”のファンミーティングがあります。
日本から出発して、韓国各地の“冬ソナ”ロケ地を巡るツアーの中に組み込まれていたイベントでした。ツアーには約1000人も参加したんですよ。
ものすごい人気ですね。
今でこそ「ファンミーティング」と普通に言いますが、当時の僕からすると「ファンが何をミーティングするの?」と(笑)。
その頃の韓国の「ファンミーティング」はファンがお金を出し合って計画したイベントにスターが私服でふらっと訪れる、そんなラフなイベントでした。それを日本人向けに興行として開催しようとしたわけです。
どうしたら良いのか最初はすごく悩みましたが、「ファンの方は家族だから」というペ・ヨンジュンさんの言葉がとても印象的で、その空気感を伝えることができるように注力しました。
それから、韓国の方々と一緒にお仕事をする中で自分の意見を持つことの大切さを身をもって知りました。
もちろん人によりますが、日本では意見や賛否が分かれる話題は、避けて穏便にすませる、ある意味では逃げることが多いかなと感じます。
一方で、韓国の人は逃げることが嫌なんです。自分とは違う意見も聞いた上で議論し話したい、ぶつかりたいわけです。
そうなんですか。
だから僕も、韓国のアーティスト側からの提案に対して「日本でやるならこういう内容の方が良いと思う」と提案をすることもあります。
意見を持つ難しさというのは、韓国に限らず海外に行くと多くの日本人がぶつかる壁じゃないかなと思います。ですが、議論をしたいと思っている相手にとって「ちょっと分からないです」という回答は一番聞きたくない言葉ではないでしょうか。
意見を持つのって難しいと感じることも多いです。
このようなお仕事をしていると、日韓の歴史や政治問題についての意見を聞かれることも多いんです。僕も何が正しいかっていうのは正直分からなくて「これが答えです」とは言えない。
以前は「文化と政治は別だから」と深く考えるのを避けていたこともあります。でも、それではやっぱりだめだと思って、これまでのキャリアの中で日韓の様々な人の意見を直接聞き、色々な経験をする中で自分なりの考えを見つけました。
日韓関係に限った話ではないですが、様々な意見や事実を知り、物事を多面的に見た上で「自分はこう思う」という意見を心の中に持つことが大切です。そしてその意見を押し付けるのではなく、周囲の人にも考えてもらう。
それがきっと両国の未来の原動力になるんじゃないかなと思います。
最後に古家さんにとって仕事とは何かを教えてください。
はい。「自己実現」です。
その心は。
僕は自分でこれをやりたいとか、これを成し遂げたいっていう事をやり続けていたら、それが仕事になっていた感覚です。仕事のための自己実現ではなくて、自己実現をするためにもがいていたら、仕事になっていた。
理想的だと思われがちなんですが、それはそれで大変です。単純にやりたいことをやるだけじゃなくて、仕事ですからその先にやっぱり当然お金とかね。生活していかなくちゃいけないわけだから。
正直、この仕事で生活ができるようになるのに30代半ばまでかかりました。だから20代と30代半ばまでは、金銭的に地獄のような日々でした。…投資しかしてません(笑)
投資ですか?
自分でK-POPのレーベルを作ってCDを作って売ったり、スポンサーを見つけるために日本で韓国の車を2台買ったりとか…。あとそれこそ韓国には自腹で何百回でしょ、たまったのはマイルだけ(笑)。
このキャリアを始めた当初は、正直お金を稼ぐことを目的としていた訳ではなかったのですが、結果的に今は仕事になっている感じですね。
それからもう一つ伝えたいことがあって。「人は適材適所」ということです。
どういうことですか?
僕は、この世の中に存在する人って、絶対に、社会で必要とされている場面が、みんな人それぞれあると思うんです。僕の場合はそれが今の仕事だったのかなって。
それを探すのは時間がかかるし、難しい。でも、色んな人と出会って色んな経験をする中で見つかると思います。幅広いことに興味を持つことも、この適材適所探しに役立ちます。
自分と周囲が考える「適材適所」が違うときや、自分の適所は自覚しているけれど、その仕事はあまり好きではないときはどうしたら良いのですか。
ラジオの現場を例に出すと、話し手のDJにはあまり向いていなかったけれど、ディレクターではものすごい才能を発揮する人っています。その逆も然り。
絶対この職種!ではなく、そのフィールドにおいて自分の才能が発揮できるんだったら、僕は十分それでも適材適所じゃないのかなって思います。
ありがとうございました。
撮影:西條千春 編集:藤川弥央
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