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1からわかる!原発処理水(1)汚染水との違いは?なぜ海に放出?

2023年09月22日
(聞き手:堀祐理 鈴木優)

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2023年8月に福島第一原子力発電所にたまる処理水の海への放出が始まりました。そもそも処理水ってなんなのか。汚染水とどう違うのか。なぜ海に放出するのか。1からわかりやすく解説します。

原発の処理水 放出始まる

学生

長年、原発取材を続けてきた水野解説委員は処理水の放出をどう受け止めましたか?

対応にかなり時間がかかったという印象です。どう処分するか、議論が始まってから約10年がたちました

水野
解説委員

実は、福島第一原発の「廃炉」(※原子炉施設の解体を進めていくこと)への工程の全体から見れば、「処理水の放出」は準備段階の第一歩でしかありません。廃炉への道のりはまだまだ遠いと感じます。

教えてくれるのは、NHKの水野倫之(のりゆき)解説委員。専門はエネルギー・原子力、科学技術、宇宙。文系出身ながら、初任地の青森局時代に核燃料サイクル施設を取材したのをきっかけに、原子力政策、国内外の原子力施設を30年近く取材。福島第一原発の事故後も20回以上現地に入り、廃炉へ向けた課題を継続的に発信している。

「処理水」と「汚染水」の違いは?

学生
鈴木

そもそも「処理水」ってどんなものですか?

「処理水」とは、文字どおり汚染水を「浄化処理」した水のことです。

一方、「汚染水」は何かというと、福島第一原発で今も発生し続ける、高濃度の放射性物質を含んだ水です。

2011年の東日本大震災の津波によって「メルトダウン」を起こした福島第一原発では、溶け落ちた核燃料を冷やすために今も水を入れ続けているほか、地下水や雨水が原子炉のある建屋内に流れ込んでいるんです。

汚染水は2014年には1日540トンも発生していました。イメージをつかむために、原子炉が入った建屋の画像を見てください。

1号機の建屋前で2023年2月に撮影 上部は今も鉄骨がむき出しに

原子炉建屋の屋根が壊れてしまって、雨が降れば雨水が入ってきます。また原発はいろいろな配管が通っているので震災の地震の衝撃でできた隙間から地下水が入ってきます。

その水が、原子炉の内部にあった燃料が溶け落ちて固まった「燃料デブリ」に触れたあとの冷却水と混ざると、高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が発生するわけです。

「処理水」とは、こうした汚染水を「ALPS」(アルプス)と呼ばれる専用の設備で浄化処理した水です。

ALPS処理施設

そのアルプスとは、どんな設備ですか?

「多核種除去設備」(Advanced Liquid Processing System)の略で「ALPS」です。

国によると、62種類の放射性物質を基準以下にまで取り除く能力があるとされています。

特殊なフィルターが取り付けられていて、放射性物質を吸着したり、薬液で沈殿させたりして取り除きます。

そして、敷地内にある1000基余りのタンクに保管されています。

浄化処理した水が、なぜタンクに貯められているんですか?

浄化処理によってほとんどの放射性物質は基準以下になりますが、「トリチウム」は取り除けず、排出基準を大幅に上回っているため、そのまま処分できずにタンクに貯め続けています。

その量は約134万トン(2023年8月現在)と東京ドームの容積を上回るほどです。今あるタンクの容量は約137万トンなので、ほぼ限界に近づいていました。

トリチウムの特徴は?

処理水に含まれる「トリチウム」は、なぜアルプスによる浄化処理でも取り除けないのでしょうか?

トリチウムは日本語では「三重水素」と呼ばれる、水素の仲間の放射性物質です。水の一部として存在しているため、ろ過などで取り除くのが難しいんです。

ちなみに、宇宙からの宇宙線という放射線などの作用で自然界でも生成されるので、雨水や海水、私たちの体内にもごく微量ですが存在しています。

トリチウムとは

人体への影響はあるんですか?

トリチウムはβ線という放射線を出しますが、比較的エネルギーが弱く、空気中では5ミリほど、水中だと0.006ミリしか進むことができません。

ですから、体の外から放射線を受けてもほぼ問題はなく、内部に取り込んだ場合の「内部被ばく」のリスクが焦点となります。

海に放出された処理水を飲んだ場合などでしょうか?

そうですね。ただ、トリチウムはほとんどが水の状態で存在するので、人や魚が取りこんだとしても水と一緒に排出され、蓄積はしないとされています。

一方、一部、生物の体内ではタンパク質などの有機物と結合していて、排出が遅くなることも知られています。

専門家は「一番大事なのは濃度を低く保つことで、濃度が低ければ生物に対する影響は考えられず極めてリスクは低い」としています。

トリチウムの特徴

処理水が入ったビーカー 放射線のエネルギーが弱いため、近づいても問題ない(2023年2月 福島第一原発で)

トリチウムの濃度はどうやって低くしているんですか?

政府と東京電力は処理水を大量の海水で薄めて基準の40分の1未満の濃度にしたうえで放出しています。その放出した水をくみ上げることがないよう、海底トンネルを掘って沖合1キロで放出しています。

処理水放出までの流れ

実は「海洋放出」以外も検討されていた

処理水は、海に流すしかなかったんですか?

政府が処理水の最終的な処分方法の検討を始めたのは2013年でした。専門家で作る検討会の中では、海洋放出のほかにも大気中に放出する方法や地下に埋める方法なども提示されました。

結果的に海洋放出の方針が決まったのは、2021年。主な理由は3つあります。

トリチウムはそもそも原発を運転すると冷却水の中に必ず発生し、これまでも国内外の原発で海洋放出してきた実績があること。

蒸発させて大気中に放出する方法は、アメリカのスリーマイル島の原発事故後の処理などで実績はあるものの、大量に大気に放出した後の濃度の監視については国内での実績がなく、風向きでのばらつきも大きくて拡散の予想がしにくいこと。

その他の3つの方法は実施した前例がなく、新たに規制基準を作ったり、処分場の確保が必要だったりするため課題が多いことです。

“住民不在”で進められた議論

その意思決定のプロセスに、地域の人たちの意見はきちんと反映されたのでしょうか?

政府や東京電力は2015年、福島県漁連に対して「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と約束していました。

しかし、有識者や専門家を交えて処分方法を検討した国の小委員会のメンバーに、漁業者は入っていませんでした。

漁業関係者や地元住民などが意見する機会は設けられましたが、結局、地域を十分に巻き込んだ議論は進まず、理解が不十分なままの放出になってしまった点は大きな問題といえます。

福島第一原発と同様、燃料が溶ける原発事故が起きたアメリカのスリーマイル島原発では、トリチウムの処分方法について、電力会社関係者、州や郡当局、研究者に加えて、地域住民も入って検討を重ねました。

電力会社は当初、川に流す意向を示していましたが、住民側が再考を求め、量も比較的少なかったこともあり、最終的には大気放出されています。

アメリカのスリーマイル島原発

ですから、日本でも早い段階から地域の人を交えて議論することが大切だったんですね。

方針決定で放出の準備へ

2021年に海洋放出の方針が決まったあと、実際に放出が始まるまで約2年間の時間が空いているのはなぜですか?

まず東京電力は、ほかの放射性物質による影響も含めて安全性をシミュレーションしました。

処理水放出に反対する人たちの中には、処理水の中にトリチウム以外の放射性物質が残っていて、その影響を心配する声もあります。

東京電力は、トリチウムに加えてこうした基準以下の放射性物質も含めて大量の海水で薄めて放出した場合に、最も影響を受けるケースとして、原発周辺で漁業者が船の上で作業をしたり、海産物を食べたりすることなどでどの程度被ばくするかを評価しました。

その結果、一般の人の年間の被ばく限度の約50万分の1~3万分の1になり、影響はほとんどないとしました。

心配の声は解消されたのでしょうか?

影響を懸念する声はおさまらず、政府が頼ったのが、原子力の国際的な権威・IAEA(国際原子力機関)です。

IAEAは、職員に加えて、近隣の中国や韓国を含む11か国の専門家で調査団を作って日本へ派遣、処理水の安全性や、原子力規制委員会の機能などを約2年にわたって評価しました。

そして2023年7月に「包括報告書」を公表。「放出計画は国際的な安全基準に合致している」、「管理された段階的な放出であれば、人や環境への放射線による影響は無視できる程度のものだ」と評価しました。

政府にとっては海洋放出開始の“お墨付き”となったのです。

IAEAのグロッシ事務局長から岸田首相が報告書を受け取った(2023年7月4日)

調整難航 最後は政治決断

IAEAの報告書を受けて、政府もいよいよ海洋放出へという動きになったのでしょうか?

実際、それまで放出に慎重だった韓国政府が、日本の海洋放出を事実上容認するなど、一定の効果はあったと政府は考えています。

しかし、漁業者に風評被害などへの懸念の声が根強いことや、中国の強硬な反対などがあり、当初は7月中という見方もあった放出開始の時期はじりじりと先延ばしになったんです。

最終的には、どのように放出の判断に至ったのでしょうか?

政府は放出開始を夏ごろとする方針で、最後は政治決断でした。詳しく見ていきます。

政府は連日のように科学的根拠や透明性の高い情報発信をアピール。8月18日にはアメリカで日米韓の首脳会談もあり、その前に放出すべきではないという声もあったとみられます。

帰国後、岸田首相はみずから福島第一原発を視察したり、全漁連(全国漁業協同組合連合会)の会長らと面会したりして、理解を求めました。

放出開始の決定直前に福島第一原発を視察した岸田首相

そして面会翌日の8月22日、24日にも放出を開始すると表明したのです。

地元では資源保護のため8月いっぱいまで底引き網漁ができない期間があり、9月になると解禁を迎えることもあって、8月24日の放出開始になったという見方もあります。

最終的な放出時期決定の背景にはさまざまな事情があったんですね。

底引き網漁が解禁され活気づいた福島県相馬市の松川浦漁港(2023年9月1日)

今後の放出計画は

これから放出はいつまで続くんですか?

放出の完了には「30年程度」という長期間が見込まれています。

1回目の放出は8月24日から9月11日まで、17日間かけてタンク10基分の7800トンを計画どおり放出したということです。

今年度は合わせて4回でタンク30基分の処理水を放出する計画ですが、汚染水自体も(新たな処理水も)タンク20基分増える見込みです。このため実際に減るのはタンク10基分で、換算すると今貯めてある処理水全体の1%に満たないぐらいです。

約30年もかかるんですね。

そもそも原発を廃炉にする計画は最長で事故後40年の2051年で、東京電力はそこまでに放出を終えるよう毎年放出計画を策定するとしています。

ただ、2051年は28年後なので、正確には「28年で」と言わなければいけませんね。

また放出を終えるには、処理水が増えるそもそもの要因である、汚染水を抑制する対策の検討も必要です。

処理水の放出が始まったあとも、課題はたくさんありますね。

もちろん政府や東京電力が言う安全性も、計画通り放出されることが前提です。万が一にも濃度が基準を上回って放出されるということがないよう、監視体制を万全にする必要があります。

そして今後、廃炉に向けた工程で処理水以上にいくつもの大変な作業が控えていて、いずれも地元の理解なしには進められません。今回の教訓を生かして、早い段階で地元を巻き込んで議論していくことが求められます。

ありがとうございました。

処理水の放出についてはこちらの解説番組でもご紹介しました。

ニュースなるほどゼミ「処理水放出 私たちはどう考える?」 NHK 解説委員室

1からわかる!原発処理水。次回は、処理水の安全性や風評について、徹底解説します。

撮影:豊田俊斗 編集:林久美子

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