2023年12月14日
(聞き手:堀祐理 鈴木優)
2023年8月に始まった福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出。実は、原発を「廃炉」にする計画の全体から見れば、まだまだ準備段階です。廃炉作業のこれまでの進捗は? ”最大の難関”とされる燃料デブリとは? 1から解説します。
福島第一原発の「廃炉」のニュースをよく見聞きしますが、具体的にどうなると「廃炉」になるんですか?
一般の原発の場合、廃炉とは核燃料を取り出し、原子炉や建屋を解体して、放射性廃棄物も処分し、土地を再利用できるようさら地に戻すことを指します。
ただ、事故を起こした福島第一原発では、国や東京電力は、廃炉を最長40年かけて終えるとしていますが、最終的にどのような状態にするのか、明確に示していません。
原発事故で溶け落ちた核燃料をすべて取り出せるのか、廃炉に伴って発生する大量の放射性廃棄物をどう処分していくかなどの大きな課題があるためです。
教えてくれるのは、NHKの水野倫之(のりゆき)解説委員。専門はエネルギー・原子力、科学技術、宇宙。文系出身ながら、初任地の青森局時代に核燃料サイクル施設を取材したのをきっかけに、原子力政策、国内外の原子力施設を30年近く取材。福島第一原発の事故後も20回以上現地に入り、廃炉へ向けた課題を継続的に発信している。
過去に日本で原発を廃炉にした事例はあるんですか?
福島第一原発の事故後に基準が厳しくなったこともあり、日本の商業用原発では、福島第一原発を含めてこれまでにあわせて24基の廃炉が決まっています。
しかし、廃炉が完了した原発はありません。
最も早く廃炉が決まったのは茨城県にある日本原子力発電の「東海原発」です。
1966年から30年余りにわたって運転された原発で、2001年から廃炉作業が始まり、当初は2017年度に廃炉が終わっている予定でした。しかし、たびたび延期され、今は2030年度に完了させる計画です。
※この後12月21日、日本原子力発電は東海原発の廃炉完了をさらに5年遅らせると発表。4回目となる延期で廃炉の完了は2035年度に。
なぜ廃炉が延期になっているんですか?
最大の原因は原子炉の解体に着手できないことです。
原子炉を解体するには、放射能レベルの高い放射性廃棄物の処分場所や廃棄物を入れる容器が決まっていなければなりませんが、いずれもまだめどが立っていないことから、解体作業に入れないのです。
なぜ処分場のめどがたたないのですか?
原子炉を解体すると出る比較的放射能レベルの高い廃棄物については、地下70メートルよりも深いところにコンクリート構造物をつくって処分するなど、数万年は人が近づけないようにする必要があります。
えっ、数万年ですか!?
はい。そうした処分場を受け入れてもらうには、自治体の了解を得る必要がありますが、安全性への懸念もあり、処分場探しは進んでいないのです。
関連情報として、いわゆる「核のゴミ」について詳しく知りたい方は次の記事をご覧ください。
福島第一原発の廃炉作業でも、同じ課題に直面しませんか?
そのとおりです。福島県は、原発の放射性廃棄物をすべて県外に運び出すことを求め、地元からは建屋を解体してさら地にすることを求める声も上がっています。
12年前の事故発生後、最大で16万人余りが避難を強いられ、風評被害にも苦しんだ地元には「原発をもう見たくない」という思いがあるのも理解できます。
ただそのためには廃炉に伴って出る大量の放射性廃棄物をどう処理・処分するが大きな課題となります。
福島第一原発の廃炉に向けた作業はどこまで進んでいるんですか?
最大の難関とされる「燃料デブリ」の取り出しがまだ始まっていません。
燃料デブリとは
原発事故で溶け落ちた核燃料が周囲の構造物と混ざり冷えて固まったもの。1号機から3号機までの原子炉や外側の格納容器の下部には、あわせて880トンの燃料デブリがたまっていると推定されている。
詳しく教えてください。
廃炉で重要なのは、もう二度と放射性物質の大量放出が起きない状態にすることです。
構内で大量の放射性物質があるのは、▽燃料プールなどにある使用済み核燃料と、▽メルトダウンを起こして原子炉内や格納容器の下の方に溶け落ちた燃料デブリです。
国と東京電力はこの2つをすべて取り出すことを目指しています。
このうち、使用済み核燃料は、1号機から4号機までのうち、3号機と4号機からは取り出し済みです。
順調なんですか?
最大で1号機は11年遅れ、2号機は9年遅れと、ともに取り出し予定が大幅に遅れています。
東京電力は作業が遅れる理由について、「新たに取り出し装置を設置したり、放射性物質が飛散しないようカバーを設置するなど、周辺地域の安全に配慮しているため」などとしています。
ただ、使用済み核燃料がどこにどんな状態で存在するかは把握できているため、今後取り出すこと自体は十分可能とみられます。
これに対して、取り出しが困難を極めるのが、1号機から3号機に残された燃料デブリです。
なぜ難しいのでしょうか?
デブリが残る原子炉格納容器の内部は、極めて強い放射線が出ていて、人が近づけません。
そもそも格納容器まで溶け落ちたデブリを3基から取り出すのは、世界でも初めてのことです。
遠隔操作での取り出しを目指していますが、内部の状況の確認から作業は難航し、器具の開発なども遅れました。いまは2号機で2023年度中の試験的な取り出しに着手することを計画しています。
メルトダウンの溶融し始めのイメージ(2023年3月放送 NHKスペシャル メルトダウン File.8「後編 事故12年目の“新事実”」より)
ここからは燃料デブリが残る1号機から3号機の状況をそれぞれ見ていきます。
1号機はこの1年余りでロボットによる集中調査が行われました。
その結果、原子炉を支える鉄筋コンクリートの土台が全周にわたって損傷し、鉄筋がむき出しになっていることが判明。メルトダウンの激しさを改めて突き付けられました。
ただ、デブリがどこにどれだけあるかはわかっておらず、取り出し方法のめどは立っていません。
2号機の状況はどうですか?
2号機は、3基の中では最も内部調査が進んでいます。水素爆発を起こした1号機や3号機と比べて調査を妨げる構造物が少なく、放射線量が比較的低い場所もあるためです。
これまでに燃料デブリと見られる小石状の堆積物を器具でつまみ上げることもできています。
当初、2021年内の予定だった試験的な取り出しの開始は2023年度末に延期され、準備が進められています。遠隔操作でロボットアームの先端に取り付けた金属製のブラシで堆積物をこすりとり、数グラム程度を採取する計画です。
やっと採れるのが数グラム程度なんですね…。
ただ2023年10月、デブリの取り出しに向けて、格納容器内部に通じる配管のふたを開けたところ、配管全面が堆積物で埋め尽くされていました。
この堆積物を取り除けなかった場合、デブリの取り出し方法の変更を余儀なくされる可能性があります。これまで約6年間かけて開発・訓練してきたロボットアームが通せないおそれも出ていて、東京電力は慎重に除去作業を進めるとしています。
2号機では、内部の状況がわかってきたものの、新たな課題に直面しているんですね。
3号機の状況はどうですか?
3号機でも、燃料デブリとみられる堆積物が確認されましたが、その多くは水中にあると見られています。
全容は判明しておらず、取り出し方法の検討を行っている段階です。
2号機のようにロボットアームを使う方法のほか、建屋全体を構造物で囲って冠水させる方法や、セメントなどでデブリを固めて取り出す方法が検討されています。
燃料デブリはまだ取り出しが始まっていないということですが、廃炉までにすべて取り出せるのでしょうか?
国と東京電力は、2号機で燃料デブリの試験的な取り出しを始めたあと、取り出す量を段階的に増やすとしています。
デブリは3基で約880トンあると推定されていますので、すべてを取り出すなら廃炉を終える目標の2051年までに、単純計算で1日あたり85キロ以上を取り出す必要があります。
さらに、デブリは格納容器内だけでなく原子炉内にも残されていますが、どうやって取り出すのか、具体的な方法はまだ示されていません。
今後、燃料デブリの取り出しに伴うトラブルが起きるかもしれず、専門家の中には、目標の2051年までに廃炉が完了するかを疑問視して、「さらに数十年間かかるのではないか」という見方もあります。
わからないことが多く、具体的な見通しが立たない状況なんですね。処理水の放出よりも難題だという印象を受けます。
これら燃料デブリの取り出しは、処理水とも深い関係があります。
燃料デブリをすべて取り出すか、地下水などの流入を阻止できない限り、汚染水は増え続けます。その結果、処理水も出続けることになるからです。
海外の原発事故ではどう廃炉が進められているんですか?
海外で過去に重大事故を起こした原発では、実はまだ廃炉が完了していません。
ウクライナ北部にあるチョルノービリ原発は1986年に爆発する事故を起こしました。
その後、「石棺」と呼ばれるコンクリート構造物で全体を覆いましたが、老朽化したため、2016年に放射性物質の飛散を防ぐ鋼鉄製のドームで覆われました。
燃料デブリは取り出さないんですか?
この鋼鉄製のドームは100年はもつとされ、当面は長期保管するとみられます。核燃料が中に残されたままで、廃炉の見通しは立っていない状況です。
ほかにも海外の事例はありますか?
1979年に燃料が溶ける事故が起きた、アメリカのスリーマイル島原発も、デブリの一部は原子炉に残されたまま監視が続けられてきました。
事故から40年となった2019年に、さらに30年間かけて廃炉を目指すことが発表されています。
事故から70年後の廃炉を目指すということですね。
そうですね。この2つのケースを見れば、ひとたび原発で燃料が溶けるなどの事故が起きたら、完全な廃炉は数十年で完了できる話ではなく、かなりの長期戦になるということがわかります。
事故の発生から12年半がたち、水野さんがいま必要だと考えることは何ですか。
「廃炉の最終形」についての議論です。
政府と東京電力は2051年までには廃炉を完了と言っていますが、これは原発事故の直後のまだ状況がよくわかっていない段階で立てた計画です。
これまで使用済み核燃料の取り出しも最大で11年遅れ、燃料デブリの取り出し開始もすでに2年遅れとなっています。しかし、政府と東京電力は2051年というゴールだけは変えようとしていません。
福島の人たちに示した約束なので守りたい気持ちはわかりますが、そろそろ燃料デブリをすべて取り出すのか、海外のように一部を取り出して残りを長期保管するのか、「廃炉の最終形」についても考え、そこに向けた技術開発を進めていく時期に来ていると思います。
そして「廃炉の最終形」についての議論では、処理水の海洋放出での教訓を生かさなければなりません。
今回、処理水の海洋放出では、意思決定のプロセスの段階で、地元の人たちの意見が十分に反映されませんでした。「廃炉の最終形」を決めるにあたっては、早い段階からしっかり地元の人を交えた議論が求められます。
比較するのは難しいですが、例えば広島に原爆が投下された8月6日、みなさん平和への思いをはせますよね。戦後80年近くたちますが、広島に原爆ドームが残されたことで、核なき世界へのメッセージになっています。
原爆ドームはいつの間にか残ったのではありません。悲惨な思い出につながると取り壊しを望む声もあった中で、広島の人たちがみんなで議論して保存すると決めたんです。
原爆ドームが残されたことで、今は多くの人が訪れて平和を考える場所になっています。
専門家の中には、事故の教訓を思い起こすために福島第一原発の原子炉建屋などの一部などを残してはどうかという人もいます。
ただ、あれだけの被害を受けた地元の人たちを中心に「解体してほしい」という意見が強いことも当然だと思います。
廃炉の最終形をどうするのかという議論は難しく、時間がかかると思います。だからこそ、早い時期から「地元の人を交えて」議論することが大切だと感じます。
ありがとうございました。
撮影:豊田俊斗 編集:林久美子
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