追跡 記者のノートからお母さんごめんなさい~私は脅されて誘拐を“自作自演”しました

2023年11月10日事件 社会

足をロープで縛られ、床に座らされた画像。

これは私自身が誘拐事件を偽装するために撮影したものです。

犯罪グループに脅されていた私は、両親にお金を支払ってもらうため言われるがまま母親に画像を送信しました。

自分の顔写真が載った逮捕状を示されて怖くなり、だまされていることに2週間以上気付かなかったのです。

ことし都内で相次いでいる“偽装誘拐”詐欺。警視庁は警戒を強化しています。
同じ被害に遭ってほしくないと、中国人留学生の20代の女性が自身の体験を語ってくれました。

「あなたの番号が詐欺に利用された」

私(中国人留学生の20代の女性)

スマートフォンに電話がかかってきたのは、ことし7月でした。

携帯電話会社の社員を名乗る男が、中国語で「あなたの名前で契約された番号が中国で詐欺に利用されている」と言うのです。

続いて電話は公安当局の警察官を名乗る男に替わります。
「これからオフィスに戻るのでインターネットで警察の番号を検索して、その番号にかけ直してほしい」

言われたとおりに検索して表示された番号に電話するとその男が出たので、本物の警察官だと思い込みました。

いま考えると、うその電話番号が掲載された「偽サイト」に誘導されたのかもしれません。

続いてビデオ通話をつなぐと、警察の青い制服を着た男がオフィスにいる様子が写ったものの、ビデオ通話は禁止されているとして画面はすぐにオフに。

男は、私が日本にいて中国の警察署に来ることができないため、通信アプリの「テレグラム」を使うよう指示してきました。

そしてやりとりを続けると、今度は私名義のキャッシュカードが詐欺に使われたとして、「あなたは事件の容疑者になった」と告げられました。

もちろん身に覚えはありませんでしたが、「容疑者になった」と聞いてショックでした。

ただ警察官を名乗る男は「あなたは事件に関わっていないと思っている。捜査を進めて真実を明らかにする」と言ってくれたので、自分の味方だと思ってその言葉を信じてしまいました。

ホテルの部屋で外部と“遮断”

このあと極秘の捜査をする必要があるとして、1人でホテルに行くよう指示を受けます。

私はほかの留学生と共同生活をしていましたが、「知り合いの家に泊まる」とうそをついて都内の駅の近くにあるビジネスホテルにチェックインしました。

事件のことをもし家族や友だちに話したらその人たちも巻き込まれると脅されたからです。

すると男はSNSである書類を送ってきました。

秘密保持を求める文書

それは「国家保密局」と大きく書かれた文書で、「事件のことを誰かに伝えると、国家機密漏洩罪違反で3年以上7年以下の懲役に罰せられる」とか「捜査期間中は携帯電話や通信ソフトは合法的に傍受を受ける」などと書かれていて、サインをして送り返すように命じられました。

ホテルにいる間は、男に言われたとおりビデオ通話をつなぎ、カメラで自分の姿が見られる状態でした。

私は“容疑者”だから監視されていてもしかたない。
自分にかかっている疑いを晴らすため、必死で捜査に協力しないといけない。
そう思い込んでいたのです。

顔写真入りの“逮捕状”

そうした中で私にとって決定的なものが送られてきました。

自分の名前や顔写真が掲載された「逮捕状」です。
検察官の印鑑も押されていました。

自分が送っていない顔写真が載っていたことにまず驚きました。

警察官を名乗る男は、「容疑者はおよそ300人いて、中国に強制送還されたら調査に1年くらいかかる。あなたが無実だとしても逮捕されたくなければ保釈金を支払う必要がある」とお金を支払うよう迫ってきました。

せっかく日本の大学院に行くため来日したのに中国に強制送還されたくない。
2週間後には試験も控えている。

誰にも相談できずに困り果てた私は、両親に理由を隠して頼み込み、2回に分けておよそ2400万円を指定された口座に振り込んでしまいました。

「誘拐されたふりをしろ」

ところが警察官を名乗る男は、被害者がまだ納得していないとしてさらに現金を要求してきます。

「両親はもうお金を出してくれない」と伝えると、こう言い放ちました。

「誘拐されたふりをして、親に身代金を支払わせればいい。最後にこれをやればすべての事件を終わりにできる」

ホテルにずっと1人で、ずっと不安で怖くて。
精神的にまいっていた私はこれで終わりにできると思いました。

男の指示どおりに100円ショップで購入した絵の具などを使って、暴行を受けて額や口元から血が出ているように装いました。

そしてスマートフォンをセットして、足をロープで縛り、床に座って手を後ろに回した姿を撮影。
中国にいる母親に送信しました。

母親に送った画像

このとき警察官を名乗る男からリアルタイムで指示を受けていて、犯人になりすまして現金を要求するメッセージも母親に送っていました。

これは、そのときのやりとりです。

母親とのやりとりの一部
母親

どうか子どもに危害を加えないでください

まずはスマートフォンで残高のスクリーンショットをこちらに送りなさい

私(犯人役)
母親

見つかりません。お待ちください

安心しろ。金が欲しいだけだ。命は取らない

私(犯人役)
母親

いまお金を準備しています。無事でいる子どもの様子を見せてください。1分で結構です。会話をさせてください。お願いします

金もないのに要求するのか

私(犯人役)
母親

お金は渡しますが、私と夫は娘の安否を確認する必要があります。お願いします。どうか親の気持ちを理解してほしい

画像を見た母親は私の身の安全を心配して、知人を通じて日本の警視庁に通報。

携帯電話の通信記録などをもとに私が滞在していたホテルを特定した捜査員から「あなたはだまされています」と言われたことで、初めて詐欺の被害に遭ったのだとわかりました。

2400万円の被害 両親にごめんなさい

記者にみずからの体験を語ってくれた中国人留学生の女性。
日本の大学院で経済を勉強するため去年の夏に来日し、日本語学校に通うなかで被害に遭いました。

警察官だと信じ込ませたうえで、家族や友人から隔離して情報を遮断。
偽造した「逮捕状」で“ダメ押し”をしてコントロール下に置く
という巧妙な手口で、警視庁は中国人の犯罪組織が関与している疑いがあるとみています。

捜査員に発見されたとき、ホテルにチェックインしてから2週間以上がたっていました。
無事だとわかって母親は安心し、女性のことは責めなかったそうです。

一方でだまし取られたのは両親が用意してくれた留学のための大切な資金で、女性はいまも自分を責める気持ちが消えないと、涙ぐみながら次のように語りました。

女性
「詐欺だとわかったときにはこの世界には本当にこういうことがあるのかととてもショックで信じられませんでした。自分で解決できると思ったけどできなかった。誰にも相談できなくてすごく不安で怖かった。私を信じてお金を支払ってくれた両親に対しては、本当にごめんなさいという気持ちです」

中国での取り締まり強化 ミャンマーでは1200人拘束

警視庁によると、こうした日本の中国人留学生を狙って誘拐を偽装させる手口の詐欺事件は、ことし都内で10件以上発生。

中国の公安当局や警察、大使館などの公的機関を名乗って不審な電話がかかってきたという相談は100件以上寄せられていて、被害届は30件ほど提出され、被害総額は数億円に上るということです。

背景にあるとみられるのが、中国で社会問題になっている「電信詐欺」と呼ばれる特殊詐欺に対する取り締まりの強化です。

中国公安省の発表によると、ことし9月には、中国国内を標的にした特殊詐欺に関わった疑いがあるとして、ミャンマーで拘束された容疑者1200人余りが中国に移送されています。

移送される容疑者

中国の犯罪事情に詳しい専門家は、同じような手口の事件はアメリカやカナダ、ヨーロッパにいる中国人留学生などにも広がっているといい、中国国内の取り締まりの強化にともなって、国外にいる中国人にターゲットを移している可能性があると指摘します。

一橋大学大学院法学研究科 王雲海 教授
「中国国内での詐欺がだんだん難しくなっていて、国外にいる中国人を新たにターゲットにするようになりました。電話やメッセージだけではお金を取れなくなり、誘拐事件を偽装させるケースが増えているのではないか。
詐欺グループは家族を大事に思う気持ちを悪用します。中国国内であれば本当かどうか簡単に確かめることができるが、外国だと確かめる方法も少ないので、グループにとってはよりだましやすい環境だと言えます」

対策は?日本の治安にも悪影響も

日本の中国人留学生の数は、昨年度およそ10万4000人。
政府は10年後までに外国人留学生を年間40万人に増やすことを目指すとしていて、今後も留学生は増える見通しです。

警視庁は被害が相次いでいることを受けて都内の大学や日本語学校などを訪問していて、東京外国語大学では、警察や大使館などの職員が金銭を要求することは絶対にないとしたうえで、身に覚えのない電話には応対せずに日本の警察にすぐに相談してほしいと呼びかけました。

東京外国語大学での防犯講話

一方、大学側も留学生が安心した環境で勉強できるようサポートすることが重要だと考えています。

東京外国語大学では、日本人の学生や先輩の留学生を新たに入ってきた留学生の「バディ」として登録し、生活の困りごとを含めて相談できる環境整備を整えています。

東京外国語大学 春名展生 副学長
「特に中国人留学生は短期の交換留学ではなく、正規生として4年間過ごす学生がとても多い。その分、家族から離れている状況になるので狙われやすいのが実情です。頼れるコミュニティーがない留学生が犯罪に巻き込まれるケースについては特に大学が深く関わらなければいけないと考えていて、可能な限りサポートをしたい。自分だけで解決しようとすると被害に遭いやすくなるので、大学が助けを求められる人間関係を作ってあげることが大切だと考えています」

警視庁の担当者は、中国人留学生を狙った詐欺の増加が日本の治安にも悪影響を与えると警戒感を強めています。

警視庁 国際犯罪対策課 田中宏典管理官
「被害に遭っているのは真面目な留学生たちです。本当に逮捕されてしまうと思い込んでいて、警察が介入して説明してもなかなか信じてもらえません。模倣犯を生んだり、被害者の身に危険が及んだりする可能性も否定できないので、適切に対応しなければ日本社会の治安の悪化に大きな影響を与えるものと考えています。日本に住む外国人が安心して生活できるように海外の関係当局とも情報共有を図りながら捜査を進めていきたい」

取材後記

被害に遭った体験を語ってくれた中国人留学生の女性は、当時のことを思い出しながら勉強中だという日本語で丁寧に取材に応じてくれました。

島国の日本の景色や街並みが好きで、とにかく真面目な学生という印象の彼女。
事件のあと無事に大学院試験に合格し、将来は日本企業で働くのが目標です。

警視庁は同じような被害が少しでも減るように、海外の捜査機関とも連携して捜査を進めていくとしています。

海外を拠点にした日本の詐欺グループの摘発が相次ぎ、日本の治安への影響も懸念されるため、彼女のケースは日本人にとっても決してひと事ではないと感じました。

※2023年10月13日にニュースウォッチ9で放送

  • 社会部 記者 小山 志央理 2017年入局
    京都局を経て2022年から社会部・警視庁クラブに所属。知能犯事件や外国人が関わる国際犯罪事件を担当。