追跡 記者のノートから“時間も夢も失った” 当事者語る大麻汚染~脳への深刻な影響も

2023年8月28日事件 社会

大学で目立っている学生がいて、その仲間に入りたいと思ったんです。

彼は大麻を使って遊んでいて、「やってみる?」と誘われたのがきっかけでした。

週に1回だったのが2回3回、そしてほぼ毎日に。

最後は精神的におかしくなって病院に入院しました。

「大麻で時間も夢も失った」と話す男性。経験者が語る乱用の実態と体の異変、脳への影響を研究する専門家からの警鐘です。

(社会部記者 初田直樹、小山志央理、林雄大)

大麻の誘い 「断ると一緒に遊べないかも」

大学生の19歳のときに大麻を使い始め、現在は薬物依存症の人たちの支援施設に入っている20代の男性が違法薬物の乱用防止につながればと取材に応じた。

大学に入り最初は真面目な学生とつきあっていましたが、仲間になりたいと思ういわゆる“目立っている”学生がいたんです。

「大麻を使用して遊んでいる」と聞いていましたが、薬物中毒者のイメージと違って様子は普通だったし、ヤバいという感覚は正直なかったです。

友人として話をするようになってしばらくすると、「やってみない?」と誘われました。

仲よくなりたいというのが大前提としてあったし、断ると一緒に遊べないのかなと思って。

お酒よりも軽いというし、まぁ別に大丈夫かな、1回くらいやってみようかな、そんな感じでした。

車がスローモーションに

最初に大麻を吸ったのは、大学の寮のベランダでした。

おなかのなかで空気が下にポコンと落ちるような感覚がして、だんだんと視界に入るものがゆっくりに見えました。
例えば80キロで走っている車が40キロで走っているようにスローモーションで見える感じです。

しらふだったら笑えないことも何だかわからないけどおもしろくて笑いが止まらなくなって。
音楽も小さな音がよく聞こえるようになり、研ぎ澄まされる感覚はありました。

1回使ってまた欲しくてたまらないとはならなかったものの、また吸えたらいいなとは思いました。

お酒のようにみんなで飲むなら飲もう、吸い始めた当初はそういう感覚でした。

SNSで検索 「10人なら1人600円」

最初がよかったのでもう1回やってみようかなという形で慣れていき、3か月ほどで自分で買うようになりました。

週に1回だったペースは2回3回と増えて、最後はほぼ毎日吸うように。

大麻を入手するときはSNSを利用しました。

ツイッター(当時)で「プッシャー」と呼ばれる売人を検索して連絡を取ったあと、「テレグラム」でやり取りしてコンビニの駐車場などで接触するんです。

自分が会った売人はいわゆる暴力団関係者のようなときもありましたが、女性や襟付きのシャツを着た会社員のような人もいてさまざまでした。

当時、乾燥大麻は1グラム3000円から買え、質のいいものだと6000円とか1万円とか。

1グラムあれば友人10人で回して遊べるので、1人あたり600円。
そう考えると安い遊びという感覚はあったと思います。

頭痛ひどくなり病院に

大麻をやめたのは、使い始めて2年がたった大学3年の終わりごろでした。

もともと偏頭痛に悩まされていたんですが、大麻のせいかわからないけど頭痛がひどくなったんです。

そこで市販の頭痛薬を過剰摂取するオーバードーズの状態に。
精神的におかしくなり、いろんな人に変なメールを送ったりするようになったみたいです。

親が迎えに来て精神科病院に入院することになりましたが、少しだけ覚えているのは部屋で暴れ回って、訳がわからない状態になった自分でした。

それをきっかけに薬物依存症の人たちを支援する施設につながってプログラムを受けることなり、大学は中退してしまいました。

大麻で失った“時間と将来の夢”

男性を取材する記者

大麻を始めてからやめるまでの経緯を語った男性。
大麻で失ったものは何か尋ねると、返ってきたのは「時間です」という答えだった。

大麻経験者の男性
「大学卒業後に理容師になって世界を回ってみたいという夢がありました。大麻を使ったことというか、そういう生き方をして両親の期待を裏切ったことは申し訳ないと思っています。大学時代に描いていた将来の目標からは大きくそれていますし、人生の底で今は生き方を見直す時間、軌道修正する時間だと考えています」

現在、飲食店でアルバイトしている男性は、料理人になって自分の店を持つことが新たな目標だという。

大麻経験者の男性
「今は大麻で得る幸せではなく、自分で努力して得る幸せを感じて生きていきたい。当時、自分が思っていたかっこいい生き方と、今思うかっこいい生き方は違う。そこに大麻はないので、もう吸いません」

SNSが売買助長

こちらは警視庁が実際に摘発した密売人がSNSに投稿していた文面だ。

摘発された密売人の投稿文

大麻を示す隠語として知られるブロッコリーの絵文字を使い、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」の連絡先が記されていた。

テレグラムのやり取りでは、人通りの少ない場所を指定し、「菓子箱にステルス梱包してのお渡し」などと説明していたという。

こうしたSNSに加え、ネットの情報が供給量を増やす要因にもなっているという分析もある。

警察庁が去年、大麻を所持したとして検挙された900人余りに調査を行ったところ、20代以下では3割以上がインターネットの情報から「大麻は危険ではない」と認識していたというのだ。

大麻の密売人とつながったきっかけについては、ネット経由がすべての年齢では30%だったのに対し、20歳未満では42%と大幅に多かった。

専門家 「脳の神経回路が削り取られる」

大麻を使用すると脳にどのような影響があるのか、神経科学が専門の滋慶医療科学大学の木村文隆教授に話を聞いた。

滋慶医療科学大学 木村文隆教授

木村教授によると、脳は正しい神経回路があって初めて働くもので、例えば大脳皮質では感覚野(視覚や聴覚、触覚など)、運動野(運動のコントロール)、連合野(思考や判断力、人格形成など)があり、神経回路が働かないとそれらを正しく処理できなくなるおそれがあるという。

正常な状態では、脳の神経回路を形成する際に必要のない神経回路が取り除かれて精密な回路が作られるが、大麻に含まれる「カンナビノイド(有害成分THCテトラヒドロカンナビノール)」という物質は脳全体に作用するため、必要な神経回路まで削り取ってしまったり、神経細胞から次の神経細胞に情報を伝達するのを抑えたりしてしまう。

その結果、▽記憶障害▽視覚や聴覚がゆがむなどの影響が出てしまうのだ。

こちらは、木村教授が参加した研究グループが2016年に発表した画像。

マウスに「カンナビノイド」を投与したところ(下の画像)、投与していないマウス(上の画像)と比べて大脳皮質の神経回路が削り取られて、数字が書かれた白い陰の部分が薄くなっているのがわかる。

正常なマウスの大脳皮質
カンナビノイド投与 神経回路が削られている

若い世代への影響については、次のように指摘した。

滋慶医療科学大学 木村文隆教授
「人格を形成する前頭葉の神経回路は20歳ぐらいまでにできあがると言われているので、若年層が大麻を使用すると成長するための回路ができずに人格がきちんと形成されないということが考えられるので特に危険です。

海外では大麻を1、2回しか使用していない14歳の子どもについても、大脳皮質が正常な形をしていなかったという研究結果が出ています。カンナビノイドの作用にはまだわからないことも多く1、2回ならいいんじゃないかと思うかもしれないが十分に影響はあります。依存性がないと思っている人も多いが、覚醒剤と同じような働きをするので軽く考えないほうがいいと思います」

大麻検挙者 20代以下が70%

警察庁によると去年、大麻の所持や栽培などで全国の警察に検挙されたのは5342人で、過去最多だった2021年の5482人に次いで過去2番目に多くなった。
年代別にみると、20代以下の若年層が全体の70パーセントを占めている。

さらにことし6月までの半年間の検挙者は2837人で、去年の同じ時期より451人増えて、半年間としてはこれまでで最も多くなった。

一方、覚醒剤事件で検挙したのは2470人で、初めて大麻の検挙人数が覚醒剤を上回ることになった。

警視庁幹部に聞く “密売の実態”

警視庁薬物銃器対策課 髙橋雅代課長

「検挙人数が非常に多いので、大麻の供給量は増加していると考えています」
こう話すのは、警視庁薬物銃器対策課の髙橋雅代課長だ。

違法薬物の密売人は暴力団関係者や不良外国人が多かったが、大麻については末端乱用者の一般人が密売人になるケースが増えているという。

実際に検挙したなかでも、普通の大学生が興味本位で大麻に手を出し、数か月後には密売を始めたという事件もあった。

違法薬物は海外から密輸されて国内に持ち込まれるケースがほとんどだったが、大麻は近年、国内で栽培されることが増えている。

警視庁薬物銃器対策課 髙橋雅代課長
「海外から大麻の種を取り寄せて栽培に使う器具もネットで入手できるし、栽培方法も調べると出てきてしまいます。最近も個人がマンションや戸建て住宅で栽培したり、数人がかりのグループが別荘や地方都市の空き倉庫で大量に栽培したりするケースが確認されています」

こうした若者に蔓延している背景にあるとされるのが、合法化している国もあるという認識だ。

ただカナダやウルグアイ、アメリカの一部の州など大麻の使用が合法化されている国もあるが、警視庁によると、背景には違法薬物を使用したことがある国民の割合が高く、あえて国の管理下に置くことで乱用や密売などを防ぎ、「闇市場」を壊滅させる狙いがあるとみられ、大麻の危険性が否定されているわけではないとしている。

若者に呼びかけたい3つのこと

警視庁が今回、若者に呼びかけたいことが3つある。

①友人に誘われてもきっぱり断る

大麻を使用したきっかけは、若い世代ほど友人から誘われるという割合が高い。
どんなに仲のいい友人から誘われても、「私はやらない」ときっぱりと断ることが大切だ。

どうしても断れない場合は、例えば「ちょっとトイレに行ってくる」などと言ってその場から離れるのも1つの手段になる。

②ネットの誤った情報に振り回されない

大麻は危険性が低いといった誤った情報が氾濫しているが、実際には知覚の変化や学習能力の低下、使い続けることで記憶障害や薬物依存になることもある。

自分にとって都合のいい情報だけを見るのではなく、正しい知識を持ってほしい。

③大麻は犯罪

安易な気持ちで手を出せば進学や就職、学校生活などに大きな影響が出る。

結果として家族や知人、友人にも迷惑をかけるということを忘れないでほしい。

警視庁が開いた薬物乱用防止セミナー

警視庁は大学などを回って薬物乱用防止を呼びかけるセミナーを開催していて、ことし8月に東京・町田市の大学で行った際には、運動部の学生など430人が参加した。

若者に広がる“大麻汚染”とも言える事態。
警視庁薬物銃器対策課の髙橋課長はこう力を込めた。

「SNSの普及、ネット上の誤った情報、身近な友人から誘われて断り切れずに手を出す、そしていったん手を出してしまった結果、心理的なハードルが低くなり乱用を続けてしまうのではないかと考えています。引き続き取締りを強化し、対策を強力に推進していきます」

  • 社会部 記者 初田 直樹 新聞社勤務を経て2017年入局
    盛岡局と神戸局で勤務したのち
    2022年から社会部で事件担当

  • 社会部 記者 小山 志央理 2017年入局
    京都局を経て2022年から社会部・警視庁クラブに所属。知能犯事件や外国人が関わる国際犯罪事件を担当。

  • 社会部 記者 林 雄大 2018年入局
    名古屋局を経て2023年から社会部・警視庁クラブ担当