追跡 記者のノートから6歳になったばかりだった〜なぜ命を守れなかったのか

2023年8月10日事件 社会

つぶらな瞳に、屈託のない笑顔。

6歳の誕生日を迎えてまもなく、男の子は命を絶たれた。

遺体は神戸市郊外の草むらで見つかり、一緒に暮らしていた母親や叔父ら4人が殺人の容疑などで逮捕された。

仲がよいように見えたという親子の間に、何があったのか。

(神戸放送局 取材班)

※2024年4月9日追記

“息子のところまで案内できます”

ことし6月22日の午後3時ごろ、男の子の母親の姿は神戸市・三宮の繁華街にあった。

「あなたの息子さん、どこにいますか?」

男の子の居場所を兵庫県警の捜査員が尋ねると、母親は特に動揺した様子もなく静かに応じた。

「息子のところまで案内できます」

遺棄された現場

母親の誘導で向かったのは、神戸市西区にあるため池近くの空き地。

周辺には田畑や農業用ハウスが広がり、人けは少ない。

母親が指をさし示した方向に捜査員が近づくと、そこには銀色のスーツケースが置かれていた。

大きさは縦60センチ、横45センチ、幅25センチほど。
捜査員が慎重にファスナーを開けると、中には男の子が入っていた。
シャツとズボンを身につけ、靴下をはいていたが、靴ははいていない。

時刻は午後6時7分。
あたりが薄暗くなりはじめていたが、捜査員は一見して亡くなっていることがわかったという。

母親は警察の調べに対しこう話した。

「息子をスーツケースに入れて4人で運びました」

スーツケースを引く4人が写る防犯カメラの映像。

警察は周辺の複数の防犯カメラを分析。母親と叔父らきょうだい4人が、男の子の遺体を入れたスーツケースを自宅から運び、草むらに遺棄したとみている。

その様子は、近くの住民にも目撃されていた。

近くに住む女性
「男の子の遺体が見つかる数日前、自宅から黒っぽい服の男女4人がフードをかぶって大きいスーツケースを持って出ていくのを見たんです。いま考えるとぞっとします。人なつっこい性格の男の子でしたが、こんなことになって本当にかわいそうです」

6歳の誕生日を迎えたばかりで…

遺体で見つかったのは、穂坂修(なお)くん。

6月2日に6歳の誕生日を迎えたばかりだった。

自宅近くの住人によると、会えば笑顔であいさつをする人なつっこい性格だったという。

ふだんから家族と一緒に出かけたり、元気に走り回ったりする様子も見られていた。

そんな男の子にいったい何が起きたのか。

修くんの自宅は住宅街にあるメゾネットタイプの2階建て集合住宅。不動産会社の情報サイトによると、築40年ほどの3LDK。家賃は6万円ほどだ。

外側から見える部屋の窓はカーテンが閉まったままで、1階にある裏庭には粘着テープが貼られた冷蔵庫が横倒しになっていた。
自宅内の様子を見た捜査員によると、部屋には物やゴミが散乱していたという。

修くんはそこで母親の穂坂沙喜容疑者(34歳)と、叔父の穂坂大地容疑者(32歳)、双子の叔母2人(30歳)、そして祖母(57歳)の計6人で一緒に生活していた。

家族のうち、事件に関与したとみられるのが、修くんの母親と叔父、そして双子の叔母2人の計4人だ。

捜査関係者によるといずれも無職で、一家は生活保護を受給するなどして、この家で暮らしていたという。

遺体が見つかった翌日、修くんが通っていた自宅近くの保育園では、ふだんどおりに子どもを送り届ける保護者の姿が見られた。

家族を知る人からは、本当に驚いたという声が多く聞かれた。

子どもが同じ保育園に通う女性
「秋の運動会では母親が『修くん、修くん』と応援しているのを見たことがあって、仲のよい普通の親子だなと思っていました。だから、こんな事件があったと聞いて信じられません」

母親や叔父らが逮捕

遺体が見つかった日、4人はみずからの母親である修くんの祖母を殴ってけがをさせたなどとして傷害と監禁の容疑で逮捕された。

その後の捜査の結果、修くんの遺体を遺棄した容疑と、鉄パイプのようなもので殴るなどして殺害したという殺人の容疑でも4人は再逮捕された。

遺体を詳しく調べた結果、外傷性ショックによって6月19日ごろに死亡したとみられている。遺体の背中の広い範囲には多数の打撲の痕があり、腕や足にも殴られたような痕が見つかった。

警察は、逮捕した4人の供述などから一連の事件は叔父が主導的な立場だったとみて調べている。

叔父は、修くんの背中を踏みつけたり、スーツケースを用意するようきょうだいに指示したりしていた疑いがあることも捜査からわかってきた。

しかし、具体的な動機や経緯は明らかになっていない。

4人には供述の内容に整合性がない部分もあると警察幹部は話す。

こうしたことを踏まえ、検察は4人の責任能力を調べるための「鑑定留置」を始めた。専門家による精神鑑定によって、当時の精神状態などが調べられる。

(※2024年4月9日追記)
精神鑑定などの結果、検察は4人について、刑事責任を問えるとした一方、殺意があったとは認定せず、9日、いずれも傷害致死と死体遺棄の罪で起訴した。
修くんの祖母に対する傷害と監禁の疑いについては、4人を不起訴にした。

母親 職を転々…シングルマザーに

「修くんはかわいくて、やんちゃな子でした。お母さんも変わった様子はありませんでした」

自宅の前に花を手向けた40代の女性は、1年ほど前に修くんと母親を交えて一緒に遊んだことがあるという。

周囲が「普通だった」と語る親子。母親はいったいどんな人物なのか。

母親の知人によると、母親は小さいころ別の市営住宅で暮らしていたという。

当時、この住宅の近くに住んでいた人は「家からは、きょうだいがどなられている声が頻繁に聞こえていて、地域の中では目立っていた」と話す。

母親は地元の中学を卒業後、県内の高校へ入学した。

同じ高校に通っていたという知人によると、母親は子どもの頃からきょうだいの面倒を見ていたという。

母親を知る女性
「家に帰ると弟を風呂に入れたり、ごはんを作ったり、家事などすべてをやらなきゃいけないから、自宅に帰っても友だちと遊ぶ暇もない。自分の時間がなくて大変だと、よく悩みを漏らしていました」

一家の経済状況は厳しく、家計を支えていたのもまた母親だった。

高校を卒業後、梱包作業の仕事や飲食店など職を転々とし、当時、交際していた男性と同居しているときに修くんを妊娠した。

しかし、男性との結婚を母親(修くんの祖母)に反対されたため、シングルマザーにならざるをえなかったという。
神戸市によると、妊娠中から養育に手助けが必要とされる「特定妊婦」として、行政の支援を受けていた。

市からは保育園に預けるよう促され、修くんは0歳児で入園。
通園や発育状態に問題がないとして、1歳ごろに支援は終了していた。

“修くんがいればそれでいい”

「会うたびに『お金がない』ということはよく言っていました」

母親とのかつての会話を振り返るのは修くんが生まれる前から交流があったという知人だ。

修くんが生まれて以降も一家の苦しい生活状況は変わらなかった。毎日、食卓用のIHクッキングヒーターで湯を沸かし、タオルで修くんの体を拭いていたことも明かしていたという。

母親の長年の知人
「生活は厳しかったようです。それでも『部屋にクーラーがないので、自分は汗だくになりながら修くんに扇風機をあてて過ごしているんです』なんて話していて、修くんを大切にしている印象でした。
新しいパートナーは欲しくないのかと聞いた時も、『結婚願望はありません。修くんがいればそれでいいです』と話していたほどでしたから」

新型コロナの感染拡大以降、直接会うことはしだいに減っていったが、それでも、たびたびSNSで近況を共有してくれていたという。

母親の長年の知人
「修くんのために毛糸の帽子を編んでいることや、アンパンマンミュージアムに一緒に遊びに出かけたことを写真とあわせてメッセージを送ってくれていたので、コロナ禍でもしっかり育児を頑張っているんだなと思っていました。
私には何でも話してくれていましたが、家庭の複雑な部分は話できなかったのかな。私も修くんについてもっと聞いていれば良かった。どうしてこんな事件が起きてしまったのか今もわからないです」

別居する長男 “弟を迎え入れたことが原因では”

母親は5人きょうだいの長女で、逮捕されたきょうだい3人とは別にもうひとり弟がいる。

きょうだいの中では長男にあたるこの男性。現在、一家とは別の場所で静かに暮らしている。

記者が自宅を訪ねると、本人が取材に応じた。

家族に異変をもたらした大きな原因として男性は、去年12月から同居を始めた弟(修くんの叔父)の存在をあげた。
幼いころに自分の母親から受けた暴力が影響してしまったのではないかと語った。

長男
「自分も小学6年生まで、自分の母親やその恋人から殴られるなどの虐待を受けていて、何度も生死の境をさまよったかな。当時のことを思い出したくない。思い出すと今でもその時の傷が痛むから。
修くんが亡くなったのは、家族が弟を自宅に迎え入れたことが原因なんじゃないか。今回の事件は、過去に受けた虐待をまねしたのかな…」

かつて、自分の母親からの暴力はほかのきょうだいにも向けられていたという。
一方で具体的な内容については明かさなかった。

家族には住所を伝えず離れて暮らしていたと語る男性。

しかし以前、自宅に一家が訪ねてきたことがあり、修くんが弟に殴られている様子を見たこともあったと言う。

長男
「修くんには5回ほど会ったことがあるけど、よく走り回る元気な子だなという印象。ただ、弟が修くんを素手でかなり強く殴っていたのは目撃していたかな。あまりにひどいので止めたけど、周囲にいたほかのきょうだいは誰も止めようとせず、修くんは殴られても我慢している様子だった」

警察はきょうだいの供述の真実性について確かめるため、この男性から参考人として話を聞いていて、修くんが日常的に家族から虐待を受けていた疑いもあるとみて調べている。

見過ごされた“異変”

この事件は防ぐことはできなかったのだろうか。

逮捕された叔父が一家と同居するようになった去年の12月以降、近くの住民は異変を感じていた。

近くに住む女性
「家からはどなられている声がよく聞こえてきました。数か月前には、2階のベランダに閉め出されて助けを求めていましたが、どうやら鍵をかけられていたみたいなんです。それ以来、あまり見かけなくなっていました」

行政は一家の異変を正確に把握できていなかった。

神戸市によると、修くんは毎日のように通っていた保育園をことし2月に入ってから休みがちに。

3月は5日間しか登園しなかったが、保育園は、区役所や児童相談所に通報していなかった。

神戸市や警察などへの取材による

久しぶりに登園した4月20日。

保育園の職員が尻と右肩にあざがあるのを見つけ、修くんは「誰かからされた」と話していたという。

その4日後の24日、保育園は初めて区に通報。家庭訪問した区の職員に対し、母親と祖母は「心当たりがない」と答えたという。

区は修くんを、緊急性の高い場合は一時保護の対象となる「要保護児童」に指定した。

国の「子ども虐待対応の手引き」より

しかし、あざの場所から、虐待のリスクや重さを5段階のうち、下から2番目にとどめ、さらに通報から原則48時間以内に子どもと面会するという国の指針通りに対応できていなかったことも明らかになった。

繰り返し訪問はしたという神戸市。
対応に問題はなかったのか。

神戸市こども家庭局 丸山佳子副局長
「結果的に48時間以内にはお会いできなかったということですが、修くんと会えなくても親御さんから養育状況を聞けたということなどが一方であったので、それを踏まえて様子を見ながら会う努力を続けるという判断だったように聞いています」

修くんは保育園であざが確認された翌日の4月21日を最後に保育園には通わなくなっていた。

一時保護の予定が

職員が修くん本人に会えたのは通報から7日後の5月1日のこと。
あざは確認できず、虐待があったかどうかはわからなかったという。

同じ日、母親から「育てにくさがある」とみずから申し出があり、児童相談所が翌日に一時保護する予定になっていた。

しかし、祖母から「家族で見ているので不要です」などと話があり、一時保護には至らなかった。

そして6月1日にも、区の職員が家庭訪問。

その際にも、祖母から「家族で見るので一時保護は必要ない」と話があり、児童相談所は一時保護の依頼がなくなったとして、この相談を終結する判断をした。

修くんが遺体で見つかったのはその3週間後だった。

保護できる機会があったものの、生かせなかった神戸市。

その後も情報収集を進め支援を続ける方針だったとし、対応に難しさがあったと話す。

神戸市こども家庭局 丸山佳子副局長
「養育家庭を支えることと、厳しい目で虐待のリスクを判断して職権的に介入することを並行することには難しさもあるのではないかと思います。
今後、そうした市の判断の仕組みについて、もう少し踏み込んで考えなければいけないと考えています」

こうした経緯について自治体トップの市長はどう受け止めているのか。
定例の記者会見で、次のように語った。

神戸市 久元喜造市長
「区役所と児童相談所との間で必要な情報共有が行われ、家族ともコミュニケーションがとれて対応ができていました。
一方で、本来、児童相談所に来るはずだったのが来てくれなかったり、訪問しても会えなかったりと、コミュニケーションがとれなかったというようなこともあったというふうに承知しています。結果的には6歳の男の子が亡くなった非常に重大な事案が発生し、これまでの対応の経緯や、当時ほかに取り得る方法がなかったかも含めて、警察に捜査結果を教えてもらいながら検証したいと思っています」

今後、神戸市は修くんの一時保護を見送るなどした一連の対応に問題がなかったかを詳しく調査するため、外部の有識者を交えた第三者委員会で検証を進める。

虐待ケース “リアルタイムで共有を”

どうすれば虐待のリスクを適切に捉え、未然に防ぐことができるのか。

全国の児童相談所が児童虐待の相談を受けて対応した件数は、過去最多を更新し20万7000件あまり(2021年度)にのぼっていて、政府は児童相談所の人員体制を強化するとしている。

7月4日、児童虐待の防止に取り組むNPO法人が、児童相談所と警察の連携強化を求める要望書を神戸市に提出した。

要望したのは、NPO法人「シンクキッズ」代表理事の後藤啓二弁護士。
元警察官僚で、児童虐待やDVの防止対策などに取り組んできた経歴を持つ。

要望書では、以下のことを求めた。

▽児童相談所と警察が把握した虐待の疑いがある事案の最新情報をリアルタイムで共有
▽児童相談所が子どもの安否を直接確認できない場合、警察と連携して安否確認を行う など

神戸市は児童相談所で受けた虐待相談を月に一度、兵庫県警に報告している。

今回、虐待の相談を受けたのは区で、児童相談所は母親からの「育てにくさ」という子育てに関する相談として対応していたため、児童相談所から県警への共有はなされていなかった。

このためNPO法人は、関係機関による連携強化を急ぐべきだと訴える。

NPO法人代表理事 後藤啓二弁護士
「今回のケースは虐待が疑われる危険な兆候が事件の前に確認されていただけに、このような悲惨な結果になったことは残念でなりません。権限の限られる児童相談所が、わずかな情報だけで虐待があるかないか判断するべきではありません。児童相談所や市町村が、虐待が疑われる事例の情報を警察やほかの機関と共有し、子どもの安全を確保するためのベストな体制をいち早く構築するべきだと思います」

後藤弁護士によると、児童相談所と警察が虐待の情報をリアルタイムで共有するシステムはすでに埼玉県、千葉県、三重県など一部の自治体で運用されているという。

NPO法人代表理事 後藤啓二弁護士
「このようなシステムが整備されれば、常時、最新の状況を共有でき、危険な状況にある子どもを警察がすぐに把握することが可能になります。そうすれば児童相談所と警察の連携強化がさらに期待できますし、情報共有のための業務負担も軽減されると思います」

一方、虐待相談などに対応している現場の職員の中には導入に向けては関係機関や専門家による議論が必要だという慎重な意見もある。

虐待について相談する家族の中には、警察に情報を共有されることに抵抗感を持つ人も少なくなく、相談をとりやめるおそれもあるという。

悲劇が繰り返されないために

来年の春には小学校に進学する予定だった修くん。

母親の知人によると、修くんに似合うランドセルの色について母親とも話していたという。

そんな母親が、わが子の遺体を入れたスーツケースを草むらに遺棄したとして逮捕された。

事件の全容解明はこれからだ。

しかし、失われた幼い命は戻って来ない。

異変をうかがわせる兆候はいくつもあったはずだ。

保育園であざが確認され、「誰かからされた」とみずから話していた。

自宅のベランダに放置され、「助けてください」と訴える姿が近所の人に目撃されていた。

勇気を振り絞って声を上げた修くんを、なぜ救うことができなかったのか。

虐待は身近なところにも潜んでいる。

幼い子どもの命が失われる悲劇を繰り返さないために、何ができるのか。

その問いは私たちに向けられている。

児童虐待に関する無料専用ダイヤル
「189」(近くの児童相談所につながります)