追跡 記者のノートから【詳報】東名あおり運転裁判~遺族「家族の幸せを奪った」 被告は無罪主張

2022年4月1日司法 裁判 事件 事故

「有罪とか無罪とか言う前に人としてまず謝ってもらいたい」
亡くなった女性の父親は強い口調で思いを語りました。

あおり運転のすえに家族4人を死傷させた罪に問われている石橋和歩被告(30)に、検察は懲役18年を求刑。
一方、被告側は危険運転の罪について無罪を主張しました。

最後の審理が行われた裁判を詳報します。

↓ 初公判の詳細なやりとりを記した記事はこちらをご覧ください
【詳報】東名あおり運転裁判 やり直しなぜ 被告は無罪主張

2017年6月、神奈川県の東名高速道路で停車したワゴン車に後続のトラックが追突し、夫の萩山嘉久さん(45)と妻の友香さん(39)が死亡、長女(15)と次女(11)がけがをした。

“あおり運転”によって高速道路上に車を止めさせたことが原因だとして危険運転致死傷の罪に問われた被告に対し、横浜地裁は懲役18年を言い渡した。ところが2審の東京高裁は1審の手続きに違法な点があったとして審理をやりなおすよう命じた。

友香さんの父親「1日でも長く刑に服して」

-2022年3月30日 横浜地方裁判所101号法廷-

検察官の求刑の前に、遺族の意見陳述が行われました。
亡くなった友香さんの76歳の父親です。

友香さんの父親

友香たちが亡くなって、もうすぐ4年10か月がたとうとしています。

彼(被告)には、1日も早く刑に服して反省してもらいたいし友香たちに謝ってもらいたいと、事件の起きた日からずっと思ってきました。
有罪とか無罪とか言う前に、彼がこの事故のきっかけを作ったことは間違いないのだから、人としてまず謝ってもらいたいのです。

この裁判をずっと見てきましたが彼はいつも無表情のままで、私には自分のやったことについてどう思っているのかまったくわかりません。
弁護人たちの話はまるで友香たちが勝手に車を止め、勝手に車の外に出たから死んだと言われているようでやりきれません。

子どもたち(長女と次女)は私が引き取って育てています。
ふだんは平気そうにしていますが、本当はそんなことはないのだろうと思います。
今回2人とも裁判で話を聞かれましたが、めったに泣かない下の子が泣き出したり取り乱したりするのを見て、本当にかわいそうになりました。
あの子たちにとってこの事件がどれだけつらい体験だったのかについて、この裁判に関わる全員にわかってもらいたいです。

これから判決が出るわけですが、有罪となったのなら、自分のやったことが人の命を奪う危険な行為だったということや家族の幸せを奪ってしまったということについて、十分に反省し悔い改めてもらうため、1日でも早く1日でも長く刑に服してもらいたい。

そして朝夕に亡くなった2人のために祈ってください。
これが私の切なる願いです。

萩山友香さんと嘉久さん

長女「恐怖感を忘れることができない」

当時15歳だった長女の心情がつづられた文書も読み上げられました。

気がついたら、あの事件からもうすぐ5年がたとうとしています。

当時は何をするにもおっくうに感じながらも、学校で出される日々の課題やテストに追われ、報道関係の対応を迫られ、やらなくてはいけないことに押し潰されそうになりながら、なんとか自分が置かれている環境を受け入れてきました。

今、私は4年制大学に通って小学校教諭を目指しています。
恵まれた環境の中で楽しく充実した生活を送っていると感じていますが、片ときもこの事件のことを忘れた日はありません。
いくら考えても何の生産性もないことはわかっていますが、気が付けば「あんな事件が起きなければ」と考えている自分がいます。

今回、また裁判で証言することになり記憶を呼び起こしましたが、やはり詳しく思い出すと苦しい気持ちになりました。
つらくて誰かを頼りたいと思う一方で、私の大切な人たちを困らせたくないと考えてしまいますし、こんな重い話を聞かされても私だったら受け止めきれないと思うので、結局はどうすることもできないまま抱えていくしかないのだと思います。

でも頭から消えないことがとても悔しくつらいのですが、忘れたくないと思ってしまう自分もいます。
なぜならば、あのときが両親と過ごした最後の大切な時間だからです。

私は両親から、自由かつ責任感の大事さを学んだと感じています。
両親は少しでも時間に余裕ができると、日本中どこでも私たちが行きたいところに連れて行ってくれました。

「自分はなんて幸せなのだろう」と思い、こんな家族4人で過ごす幸せな時間が永遠に続くのだろうと信じていました。
そして私が大人になったら、同じように両親を旅行に連れて行ってあげたい、両親が教えてくれたたくさんの思いやりについて感謝の気持ちを伝えたいと考えていました。
でもこの願いは叶わぬものとなりました。

両親は今でもたびたび夢に出てきます。
夢の中の両親はいつもと変わらないのですが、もう両親はいないということがわかっている私は、夢の中で有名人と会ったかのように喜んでいるのです。
でも目が覚めた途端に現実に戻り、いつもなんとも言えない気持ちに陥ります。
大切な人を失うとこんなにも悲しくやりきれない思いが残るのだと思います。
 
この事件の発端は父の発言なのではないか、父のあのひと言さえなければこんなことにはならなかったのではないかと考えてしまうこともありました。
でもそれと同時にいつもは温厚な父が、あのときなぜあのような発言をしたのかと不思議でしかたありませんでした。

周りの人はそんな必要はないと言ってくれますが、私は父の発言について家族として責任を感じ苦しく思ったこともありました。
でも被告が父の言葉に逆上して様々な行為をしてきたことは事実だし、許すことができません。

私は自分の親が今まで見たこともない弱々しい態度で謝っている姿を、それでも続く被告の罵倒や威圧的な態度を、どうしたらいいかわからず混乱した様子の母を、あのとき感じた恐怖感を、忘れることができません。

萩山さんたちが乗っていた車

法律のことや裁判のことはわかりませんが、そもそも駐車場以外の場所に車を止めたり、高速道路上で無理に割り込んだり、必要もないのにスピードを落としたりして人に迷惑をかけたり、車を停止させること自体ありえない、おかしいと思います。

被告からはそういう運転をしたことについて反省しているとか、改めようという姿勢が感じられないし、自分の行動がきっかけで事故が起きたのに罪悪感や自分の行動についての責任感など何も感じられないことがとても残念です。

争点は「危険運転」が成立するかどうか

横浜地方裁判所

裁判の争点は、「危険運転致死傷罪」が成立するかどうかです。

<危険運転致死傷罪の妨害運転>
車の通行を妨害する目的で、走行中の車の直前に進入し、その他通行中の車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為。
(2020年の法改正で走行中の車の前で停止したり、高速道路で停車するなどの方法で走行中の車を停止または徐行させたりする行為が処罰対象に追加された)

被告に危険運転致死傷罪を適用する場合、「妨害運転」によって「家族4人が死傷した」という実行行為と結果を結びつける因果関係を立証する必要があります。

被告の運転が「妨害運転」にあたるのか。
そして「因果関係」があるのかが争われます。

検察「4回の妨害運転は明らか」

検察官(左)と被告(右)

遺族陳述のあとに行われた検察による論告。

被告の車のGPSデータなどをもとに危険な妨害運転があったと主張しました。
着目したのは速度変化です。

検察官

当時、現場付近では渋滞などはなく、ほぼ直線の道路だったのに減速や加速を不自然に繰り返している。

速度が急に落ちた箇所では、被告の車を被害者の車の前に出して接近させるために急に減速したと考えられる。

長女や目撃者の証言とも合致していて、4回にわたって妨害運転をしたのは明らか

検察官

被告の妨害運転は、夫妻を冷静な判断ができない状態にしたうえ、「妨害運転から逃れるためには車を止めるしかない」との判断に追い込む危険性があった。

被告の妨害運転によって高速道路上で車の停止を余儀なくさせられ、事故が発生しているので因果関係は認められる

検察「理不尽で身勝手」懲役18年を求刑

検察官

死亡した夫妻はいきなり人生を断ち切られた。
被告の理不尽な行動により受けた恐怖、子どもたちの行く末を見守ることもできずに亡くなった無念の思いは計り知れない

被告はパーキングエリアの駐車スペースではないところに駐車したことを注意されたことに腹を立て、何としても被害者の車両を停止させて文句を言おうと考えて犯行に及んだ。
理不尽で身勝手な動機であり、酌量の余地は一切ない

検察官

懲役18年を求刑する

被告は表情を変えることなく、前を向いてじっと聞いていました。

(※4年前の最初の裁判で横浜地裁は検察の懲役23年の求刑に対し、18年の判決を言い渡した。検察が控訴しなかったため、裁判所は懲役18年よりも重い判決を出すことはできないとされる)

弁護士「妨害運転があったとは言えない」

被告の弁護士

一方、被告の弁護士はGPSデータによる被告の車の位置情報などに着目し、検察の主張には矛盾があると主張しました。

4回の妨害運転が行われたとすると、時速100キロ以上で運転しながらわずか3秒ほどの間に2回の車線変更を行うことになり、ありえない。

長女や目撃者の証言は1回目の裁判の時と内容が変わっていて、記憶が変容している可能性がある

弁護士

被告は「相手の車を追い越して前に出たあと、相手が減速して遠ざかっていくのが見えたので自分も減速した。相手が止まったので自分もその前にとめた」と証言していて、GPSの記録とも合致する。

夫妻の車が減速して止まったのは自主的な意思によるもので、被告の運転によって余儀なくされたわけではない

弁護士「追突したトラックが原因 被告は無罪」

追突した大型トラックは速度違反をしていた上、前の車との車間距離を20メートルしか取っていなかった。前の車のハザードランプも見落としていて無謀な運転だった。
死傷事故はトラック運転手のルール無視のため起きた

弁護士

少しでも疑問が残るなら、有罪にしてはいけない。
危険運転致死傷の罪について被告は無罪だ

被告

最後に、被告の意見陳述が行われました。

裁判長

以上で審理を終えます。被告は述べたいことを

自分は事故になるような危険な運転はしていません

被告

これまでの主張をひと言だけ繰り返しました。

異例の裁判 審理で不適切な進行

裁判所の手続きに違法な点があったとしてやり直しになった今回の裁判。

当初は3月半ばに判決が言い渡される予定でした。

ところが長女などに対する弁護側の証人尋問について、裁判所が不適切に制限したとして改めてやり直しとなる異例の展開をたどっています。

判決は6月6日に言い渡されます。

  • 横浜放送局記者 笹谷岳史 平成17年入局
    警視庁担当などを経て、横浜局で県警や司法を担当