追跡 記者のノートから【脅威】自動車盗の新手口 「CANインベーダー」とは

2022年2月25日事件

「防犯対策をとっていたのでまさかと思った」
買ってまもない愛車を盗まれた男性の言葉だ。

指紋認証も無効化するとされる新たな手口。
被害を防ぐ手立てはあるのか、新人記者の私は取材を始めた。

(さいたま放送局記者 海老原悠太)

盗まれたのはランクルばかり

記者

2021年11月中旬、記者クラブで仕事をしているとこんな情報が入ってきた。

「トヨタのランドクルーザーが3日間で9台盗まれた」

警察に取材すると、盗まれたのは埼玉県の春日部市や本庄市など5つの市。

これまでになかった新たな手口が使われたようだ。

どういう状況で盗まれたのか、被害者から直接話を聞こうと取材を始めた。

するとこの9台の所有者ではないが、10月に愛車を盗まれたという男性に話を聞かせてもらえることになった。

男性が盗まれたのもランドクルーザーで、1年ほど前におよそ500万円で買ったものだったという。

盗まれた男性

被害に遭った男性
「妻が朝、たまたま駐車場の前を通ったときに車がないことに気付いたんです。警察からは深夜の1時か2時ごろに盗まれたと後になって聞きました。防犯対策は取っていたのでびっくりしました」

「リレーアタック」 対策していたのに

男性が取っていたという防犯対策。
それはここ数年相次いでいた「リレーアタック」を防ぐためのものだった。

最近の車は「スマートキー」などの名前で呼ばれている鍵を持って近づけば、鍵穴に差し込まなくてもドアハンドルに触れるだけでロックが解除され、エンジンもかけられる。

スマートキーから一定の範囲で微弱な電波が出ていて、これを車が受信するとIDの照合が行われ、正しければ解除される仕組みだ。

これを悪用したのが「リレーアタック」。

玄関などに置かれたスマートキーから出ている微弱な電波を特殊な機器でキャッチし、リレーのように車まで中継することでロックを解除するという。

この「リレーアタック」を防ぐには、電波を遮断しやすいアルミの容器で保管するのが有効とされる。

実際に今回盗まれた男性も、ディーラーからアドバイスを受けて缶の中に鍵を入れて保管していた。

男性の鍵

フロント部分に異変が

ではなぜ男性の車は盗まれたのか。

警察の捜査で、車は盗まれた当日に県外で見つかった。

男性が戻ってきた車を確認すると、フロントの部分にある異変があったという。

フロントの左側の部分に外された痕跡があったのだ。

駐車場ではその部分を固定していたネジが見つかった。

警察はこれらの状況を踏まえ、新たな手口「CAN(きゃん)インベーダー」によって盗まれたとみている。

被害に遭った男性
「ネジが2つ下に落ちていました。警察からフロントの部分を開けられて電気系統に何かされたと聞きました」

「CANインベーダー」一部始終が防犯カメラに

クリックすると動画が再生します

取材を進めると、「CANインベーダー」によるとみられる被害の一部始終が写った映像が残されていることが分かった。

去年7月、千葉県内の駐車場を写した防犯カメラ。
傘をさしてフードをかぶった人物が車に近づいてくる。

その後、車と荷物を置いた場所を行ったり来たりしている様子が確認できる。

埼玉のケースと同じで、車のフロントの左側のあたりで何か作業しているようだ。

そのおよそ10分後。

その人物はドアを開けて車に乗り込み、そのまま走り去った。

「闇夜に紛れたあっというまの犯行」というのが動画を見た最初の印象だった。

実験してみると10分で…

「CANインベーダー」は具体的にどんな手口なのか。

警察への取材をもとに、車のセキュリティー機器を販売している会社が被害を少しでも減らすことにつながるならと実験してくれた。

会社の担当者は機材を準備したうえで、車のフロントの左前部分に歩み寄ると手をかけた。

ネジは事前に外してある。

力を込めて手前に引くと、きしむような音がして車体に隙間ができた。

そこからある配線を引っ張り出した。

車の通信システムに関するものだという。

特殊な装置と車から延びたコードをつなげる

引っ張り出したコードを、実験のために作ったという特殊な装置につなぐ。

そして装置のスイッチを押すと…。

「ピピッ」

ロックが解除され、サイドミラーが自動で開いた。

このとき通信システムに侵入して、ドアロックを解除するための信号を送ったのだという。

車の制御をつかさどる「CAN(きゃん)」という通信システムに侵入して“乗っ取る”ことから、「CANインベーダー」と呼ばれている。

取材に協力してくれたセキュリティー会社によると、車の知識があれば一連の作業には10分もかからないという。

指紋認証の機能も効かない?

被害を防ぐため、メーカーの中には防犯対策としてあらかじめ登録した指紋と一致しなければエンジンがかからない指紋認証を導入しているところもある。

しかしこのセキュリティー会社によると、「CANインベーダー」によって通信システムを乗っ取られると指紋認証の機能も効かず、実際に被害に遭ったケースもあるという。

取材を進めると、この手口に使われる機器はモバイルバッテリーほどの小さなものだった。

こんなもので車を乗っ取ることができるのかと怖さを感じた。

被害を防ぐには

警察によると、埼玉県内では去年1年間で被害は170台を超えたという。

狙われやすいのは海外でも人気の高い「ランドクルーザー」や「レクサス」など国産の高級車で、窃盗グループが組織的に盗んだあと海外に不正輸出されている疑いもある。

新たな手口から愛車を守る方法について、警察はこう指摘する。

埼玉県警生活安全総務課 小池優警部

埼玉県警生活安全総務課 小池優警部
「盗難対策としては、ハンドルロックやタイヤロックといった物理的に車を動かせなくする対策が有効です。窃盗グループが『盗みにくい』とか『盗むのに時間がかかるな』と思わせるような対策が効果的で、対策を1つだけではなく2つ3つと複数講じてほしい」

防犯用品の1つ

どのような防犯用品が売られているのか。
カー用品店を訪ねた。

店の一角にハンドルロックを陳列した棚があった。

いずれもハンドルに取り付けて物理的に動かすことをできなくするしくみだ。
専用の鍵がないと外せない。
無理に外そうとするとクラクションにあたって音が出るよう工夫されているなど、防犯対策が強化されたタイプだ。

また別の棚には、光で犯人を威嚇する機器が売られていた。
車の中で一定の間隔で点滅するもので、振動を感知すると点滅のしかたが変わって異変を知らせるという。

これらの商品は安いものでは2000円ほどで売られていた。

この店では取り扱っていなかったが、ほかにもGPSで位置を知らせてくれるものやタイヤをロックする機器などもある。

エンジンをかけたあと決められた操作をしないとエンジンが止まるように設定できる製品もある。

いずれも盗まれる危険性がゼロになるわけではないが、複数の自衛策を取ることが有効なのだ。

取材後記

去年10月にランドクルーザーを盗まれた男性は、被害のあとハンドルを固定する防犯対策をとるようになったという。

その後、被害はないが男性は次のように話した。

被害に遭った男性
「また盗まれてしまうんじゃないかと心配しています。何より身近なところで犯罪が行われたということで家族が怖がってしまっています」

技術の進歩とともに巧妙化する手口。

「CANインベーダー」の検挙事例はほとんどないので、窃盗グループの実態に迫る取材も継続していきたい。

  • さいたま放送局記者 海老原悠太 2021年入局
    県警と司法を担当し事件・事故を主に取材

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