2024年2月5日
習近平国家主席 台湾 中国 中国・台湾

中国共産党による“浸透工作” 台湾の新総統を待ち受ける試練

トラブルメーカー、独立派…。中国からそう呼ばれ、非難されてきた台湾の与党・民進党の頼清徳氏が1月の選挙で勝ち、次の総統になることが決まりました。

その台湾が今、警戒を強めているのは、中国による軍事的圧力だけではなく、教育などを通じて中国の影響力拡大を図る“浸透工作”です。

台湾の専門家は「今後ますます台湾の人の政治や社会に関する価値観をコントロールしようとする動きが活発になるだろう」と指摘します。

台湾の新総統を待ち受ける中国共産党の“浸透工作”の実態とは。

(中国総局 中村源太・石川慎介)

台湾の学生に好待遇 入学時の成績は優遇

「中国大陸なら低い点数でもよい大学に出願できます。台湾の学生には優遇制度がありますから」

そう話すのは中国内陸部、湖南省の大学で学ぶしょう亦婷えきていさんです。蕭さんは台湾の出身で、中国の大学に進学して1年あまりになります。

中国で学ぶ台湾出身の学生 しょう亦婷えきていさん

もともと台湾の大学を目指していた蕭さん。中国への進学を決めたのは台湾で「学測」と呼ばれる、日本の大学入学共通テストに相当する統一試験を受けた直後。満足のいく結果が出せず、台湾の志望校に出願できないことが分かったのです。

蕭さん
「そんなとき、大陸の大学に出願したらいいのではないかと思いついたのです。優遇制度の目的が何であれ、私たちは実際に恩恵を受けているし、それに感謝しています。みんなこのチャンスをつかんだらいいと思います」

400校で優遇措置 台湾出身の学生は1万人?

中国に親近感を抱く台湾の若者を増やしたい習近平指導部は、こうした台湾の学生の受け入れにも力を入れています。

アモイ大学のキャンパス

現在、中国国内の400を超える大学で、台湾で受けた「学測」の成績結果を提出すれば試験を免除する制度を設けています。さらに台湾出身の学生だけを対象にした奨学金制度を設けるなど、中国大陸への進学を積極的に支援しています。

実態は分かっていませんが、中国メディアは中国で学ぶ台湾の学生は1万人を超えると伝えています。ただ台湾当局は「その大半が仕事で中国に行った台湾企業関係者の家庭の子どもだ」と主張。中国では毎年数千人が入学するとも伝えられていますが、台湾の高校から中国の大学を選んで進学する学生の数は「1けた少ない」としています。

台湾の専門家は「中国に学びに行く台湾の若者というのは当然、中国共産党からすれば、台湾に対する宣伝において重要な『モデル』になる」と指摘しています。

「あなたは台湾人か、中国人か」“踏み絵”を迫るような動きも…

ただ、一部の大学では学生に中国側の立場に従うようしむけるような動きがあることも見えてきました。

これは中国のある大学が去年、台湾出身の学生に対して実施したとされるアンケート調査です。質問の多くが中国政府の立場に同意するか、いわば「踏み絵」を踏ませるような内容となっていました。

・自分は台湾人か、中国の台湾人か、あるいは中国人か。
・機会があれば中国共産党に入党してみたいか。
・「一国二制度」が未来の最もよい選択だと思うか。

これらの問いに「同意するかどうか」を5段階で選ぶようになっています。

本心で答えていいの? 学生は当局からの呼び出しを警戒

アンケートに答えた学生に匿名を条件に話を聞くことができました。学生は本心で答えていいものか心配になったと言います。

台湾出身の学生

台湾出身の学生
「お茶を飲みに呼び出されるのではないかと心配でした。それに学業に影響するかもしれないという思いもありました。学業は政治的緊張から離れて中立を保つべきです。もっと寛容なやり方で受け入れるとともに文化と学業の交流に力を入れるべきだと思います」

※「お茶を飲む」=当局に呼び出されて事情聴取を受けることを指す中国の隠語。

さらに取材を進めると、入学する台湾の学生に対し、大学出願時点の要件として、台湾と中国大陸との統一を支持することを盛り込んでいる学校もありました。

アモイ大学 台湾の学生に対する受験要項

「渡航費負担するから台湾の選挙に行って」総統選挙でも影響力を行使

実は、こうした中国で学ぶ台湾出身の学生を通して、中国側は総統選挙の結果に影響を及ぼそうともしていました。
取材に応じた別の学生によると、中国の大学から台湾に戻る費用を一部負担するので台湾総統選挙に投票に行くよう言われた人もいるということです。

特定の候補に投票するよう指示があったわけではないということですが、話を聞いた学生は「(中国が敵視する)民進党の候補に投票するためにわざわざ私たちを帰らせるはずがない」と話していて、中国との対話に前向きな国民党への事実上の側面支援だと感じたと言います。

中国側の狙いは?台湾の専門家に聞く

中国の教育現場におけるこうした“浸透工作”。
台湾の専門家は、台湾出身の学生に中国側の立場に従うようしむけたり、アンケート調査を実施したりする中国側の狙いについて次のように指摘しています。

台湾のシンクタンク 中国問題研究センター 呉瑟致主任

台湾のシンクタンク 中国問題研究センター 呉瑟致主任
「調査を通して台湾の若者に中国共産党が考える政治的に“正しい”選択肢を選ばせ、中国共産党としての『よりどころ』を得ようとしている。中国共産党が統一を推し進める上での宣伝の道具にしたいのだろう」

中国に”もっとも”近い離島・金門島

“浸透工作”に加えて、物理的にも中国の経済圏に取り込もうという動きも出ています。

大陸と金門島の位置関係の地図 画面右下が金門島

中国大陸に近い台湾の離島・金門島は、福建省の大都市アモイから沖合わずか数キロの場所にあります。

船でわずか30分

アモイ港から金門島に向かう高速船

中国大陸からのアクセスは驚くほど便利です。アモイと金門島を結ぶ高速船は現在、1日8往復、運航されています。アモイ側の埠頭には、空港のようなターミナルビルが建設され、パスポートコントロール、税関、免税店までそろっています。

乗船券は、片道159元(およそ3200円)。中国側と台湾側それぞれの高速船で運航されています。取材に訪れたこの日は、船に乗り込むと、乗客のほとんどは台湾の人たちでした。新型コロナで停止していた船の運航は、去年1月から再開されましたが、中国大陸からの旅行者の訪問は制限されたままです。

出港して10分もすれば金門島がはっきりと見えてきました。金門島とその近くにある離島・小金門島の間におととし建設された橋の下をくぐり、わずか30分で到着。台湾側のパスポートコントロールと税関で手続きを行います。離島の風情がただようターミナルビルはコンパクトで便利ですが、アモイ側と比べると見劣りするのは否めません。

平和と交流 望む声

金門島・金城の商店街

島の中心地・金城には、かつて共産党との内戦に敗れて台湾に逃れた国民党の蒋介石の像がありました。

新型コロナ禍の前は中国大陸からの観光客でにぎわっていたという商店街は、週末にもかかわらず閑散としていました。土産物店や飲食店で話を聞くと、中国との交流や平和を求める声が多く聞かれました。タクシーで橋を渡り小金門島の海岸に行くと、中国軍の上陸を阻止するための障害物が並べられていますが、間近にアモイの高層ビル群が見えます。運転手の男性は、「こんなに近いのだから、交流が制限されるのは不自然だ」と話していました。1月13日に行われた総統選挙では、金門島の選挙区で、中国との交流拡大を訴える最大野党・国民党の侯友宜氏が6割を超える票を獲得しました。

攻勢かける中国 島のすぐそばに中国の新空港を建設

金門島から見るアモイの高層ビル群

中国側は、豊富な資金力を武器に、アモイを中心とする経済圏への取り込みをはかっています。

金門島との間に長さ16キロの海底パイプラインが設置され、生活用水のほぼすべてを供給しています。さらに中国がかつて金門島に向けて宣伝放送用の巨大なスピーカーを設置していた沿岸では、いま急ピッチで埋め立てが行われ、2026年の開港をめざして、巨大空港の建設が進められています。

中国側は、新空港と金門島を橋で結び、人やモノの流れを活発化させることを呼びかけています。

頼総統を待ち受ける中国のアメとムチ

総統選挙の勝利を喜ぶ 頼清徳氏と蔡英文総統(2024年1月)

先の総統選挙では、中国の圧力に対抗する姿勢を示す与党・民進党の頼清徳氏が当選しました。台湾で総統の直接選挙が始まってから初めて3期連続で同じ政党が政権を担うことになりました。

しかし、選挙の2日後、さっそく冷や水を浴びせられる出来事がありました。台湾と外交関係のあった南太平洋の島国・ナウルが、台湾と断交し、中国と国交を結ぶと発表したのです。台湾と外交関係がある国の数は、8年前に蔡英文政権が誕生した時に22か国だったのに対して、現在は12か国と、その数を減らしています。今後も中国の外交攻勢が続くのは確実です。

選挙後に中国軍による大規模な軍事演習の発表はありませんが、軍事的な圧力も弱まることはないとみられます。

台湾の内政を見ても、議会・立法院では国民党が第1党となり、いわゆる「ねじれ」の状態です。中国側はこうした状況も利用して、台湾の人たちを取り込もうと、揺さぶりをかけ続けるものと見られます。

頼氏が総統に就任するのはことし5月。台湾統一への執念を見せる習近平指導部のアメとムチと向き合うことになりそうです。

(1月12日 おはよう日本などで放送)

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る