アスリート×ことば

勝負をするからには楽しむ余裕なんてなかった

勝負をするからには楽しむ余裕なんてなかった

折茂武彦 バスケットボール

そのことばは、一つ一つに重みがあった。折茂武彦、49歳。2020年5月3日の引退会見は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によりテレビ会議形式で行われた。

「やり残したことはたくさんあるけど、いいバスケット人生だった。
どの試合も印象に残っている。特別な試合はなくて、毎年毎年一試合一試合全力で勝つためにやってきた」

中学校の時にバスケットボールを始め、埼玉栄高校、日本大学を経て1993年に当時のトヨタ自動車に入団。華麗なフォームからのロングシュートを武器にポイントゲッターとして活躍。日本代表では世界選手権(現在のワールドカップ)にも2度出場した。

「これまでいくつものタイトルをとってきたが、それだけでは満足できなくなり新しいチームで新たなチャレンジをしたくなった」

2007年、37歳の時に北海道に新天地を求め、プロチーム「レラカムイ北海道」に移籍。経営難によりチームはリーグから除名処分を受けたが、みずから運営会社を立ち上げ「レバンガ北海道」を設立。貯蓄を切り崩しながら選手兼社長としてスポンサー集めに奔走した。
2019年1月には日本選手としては初となる国内トップリーグ通算1万得点を達成。その年の10月、折茂は49歳で迎える新シーズンの開幕を前に、シーズン限りで現役を引退することを表明した。

しかし最後のシーズンは、新型コロナウイルスの感染拡大により途中で打ち切りに。それでも引退の決意は変えなかった。

「打ち切りが決まり、どんなに苦しくてもおろさなかった荷物をおろしてしまった。
プロである以上は結果を求められるのは当たり前。昨シーズンを振り返るとプロと呼べるようなパフォーマンスをお見せできなかった。一度おろした荷物を背負うのは重すぎた」

長く戦い続けてきた折茂を支えてきたのは何か。
会見で口にしたのは、勝利への思いと強い責任感だった。

「僕はバスケを始めてから基本的に楽しいと思ったことがないので、楽しくはなかったです。優勝したら、勝てばうれしいと思うが、おそらく負けた方が多いので、楽しくはなかったという思いしかない。勝負をするからには楽しむ余裕なんてなかったし、楽しむ必要が無い。それがプロの世界だと思っていたし、何しろ期待にこたえないといけないと思っていた」
「一番の心残りは北海道に来て上位に食い込めなかったし、やるからには優勝を目標にしてきたがまったく届かなかった。チームを勝たせることができなかったのも自分の責任だし後悔も悔いもある。だからこそ今後、チームを背負う選手にはそこを目指して頑張ってもらいたい」

そしてもう一つ。折茂を支えてきたことばがあった。

「『北海道に来てくれてありがとう』ということばが、いちばん心に響いた。そのことばがあったからこそここまで続けてこられたし、レバンガというクラブを立ち上げるきっかけになったかもしれない。僕にとっては人生を変えるぐらいのことばだった。
北海道に来てからは勝ちたい気持ちももちろん強かったが、それ以上に多くの人たちの応援に支えてもらって、コート上で(プレーが)できているという思いが非常に強くなった。勝つだけではだめだというものも教えてもらった。折茂武彦というプレーヤーに関わってくれた全ての方々に感謝申し上げたい」