アスリート×ことば

プラス1年をボーナス1年に

プラス1年をボーナス1年に

三宅宏実 ウエイトリフティング

かつてない「オリンピック1年延期」という事態に34歳の心は大きく揺れた。
ウエイトリフティング女子のトップ選手では、日本はもちろん世界的にも最年長といわれる三宅宏実。20年積み重ねてきた競技生活を経たうえで、「あと1年」を歩むことはたやすいことではない。

「酷使して日々痛みとの戦いがあったので
 “あともうちょっと、もうちょっと”と思いながら、気を張ってきた。
 でも今、ちょっと糸が切れたかな」

今の三宅を一言で表すとすれば、「満身創痍」だ。
全身で痛めていないところはない、と平然と話す現状は、長年のハードトレーニングの「対価」とも言える。

リオ五輪

2大会連続のメダルとなる銅メダルを獲得した4年前のリオデジャネイロ大会は腰に痛み止めの注射を打ちながらなんとか表彰台に上った。
その後、競技人生で初めて4か月の休養を経験。復帰したのは、すべて、自国開催の「2020年」があるからだった。
“最後”そして“集大成”となる大舞台だ。

彼女の階級、49キロ級の競技が行われるはずだった2020年7月25日まであと4か月。
まさに「あとちょっと」のタイミングで決まったのが、史上初の延期だった。
今回インタビューしたのは「1年程度」の延期が決まった翌日午前。
練習を終えて私たちの前に現れた三宅は、偽りのない胸の内を口にした。

「私にとって1年は本当に長く、重く…」
「ちょっと、“ずーん”と来たかなと」

そう切り出すと-
「ちょっといいんですかね、正直に言っちゃっても」と続けたあと
「こころ的には落ち込みましたね」

前向きな言葉が出てこないか、質問で探っていったが、なかなか聞かれない。
ただ、迷いながら明かしてくれたことがあった。
父であり所属先の監督である義行さんとのやりとりだ。
15歳から二人三脚、スタートは自宅の居間でのトレーニングだった。
それからおよそ20年。親子でメダリストになった今も、そばにはいつも父の姿がある。

リオ五輪

インタビューした日の練習前、三宅は父に切り出した。

「ちょっとお休みしたい」

だが、父は応じなかった。

「ちゃんと練習しないとダメだ」

背中を押された三宅。バーベルをさわった。
そして、改めて感じた。やっぱりウエイトリフティングが好きだと。

「プラス1年をボーナス1年に」

三宅が日頃、大事にするのは目の前の1日を一生のように生きるという
「一日一生」という言葉だ。
あした、そして、またあした…。
その先にたどりつくのが、再び表彰台であれば、と願う。