カッコつけず、前に進む

萩野公介

競泳

2020年3月。萩野公介は、高地トレーニングのため合宿していたスペインで静かに語った。

「カッコつけずに、できないことをできない、つらいことをつらい、苦手なことを苦手と言ったとしても、それでも立ち止まらないで、前に進む」

本来ならば東京オリンピックの代表選考会として4月に東京アクアティクスセンターで行われるはずだった日本選手権。その大会の持つ重みをかみしめるように萩野はこう続けた。

「悔しい、嬉しい、楽しい、全部、大事な感情。
そのすべてをひっくるめて、1つのレースにかけたい」

2016年のリオデジャネイロオリンピックで金メダルを手に入れた萩野。
しかしその後『キング・オブ・スイマー』に待っていたのは、暗く長いトンネルだった。
古傷の右ひじの手術をきっかけに自分の泳ぎを見失ったのだ。

当時を振り返る時も、萩野の表情は変わらなかった。

「投げ出したら楽だったとは思う。現に僕は1回、それをした。
そして、それは、自分がしたいことではないと気づいた。
逃げずにチャレンジして、その先を見てみたい」

萩野が、“休養”という異例の選択を経てプールに戻ってきた理由の1つを明かしたことがある。それは、金メダルを手にした4年前のレースにあった。リオデジャネイロオリンピック、男子400m個人メドレー決勝。背泳ぎの後半で予定よりもペースを落とした。
あのレースは萩野にとってベストではなかったと言うのだ。

「自分が決めたことを100%やりきって、力を出し切ったと思えるレースをしたい」

東京オリンピックの延期と、取り戻せないみずからの泳ぎ。
変化する周囲の状況と、ぬぐい去れない不安はつきまとう。
それでも1人のスイマーとして、ありのままの自分を認め、向き合った時間は無駄ではなかった。
萩野のその確信が揺らぐことはない。

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