自分は器用ではない 自分の武器、それだけをずっとやってきた

村上哲彦

剣道 #迷っているとき

剣道日本一を決める全日本選手権。この大会を制したのは愛媛代表の30歳、村上哲彦だった。

初出場だった前回大会はベスト8、2回目の出場となった今大会、初めて進んだ決勝の舞台では磨いてきた自分の剣道を貫き得意の「面」を二本決めて初優勝を果たした。

「去年のことは気にすることなく、目の前の課題に取り組み、ひたすら稽古に励んだ。
決勝はやってもあと1回なので、負けを恐れず胸を借りるつもりでいった。もともと遠間で仕掛けるというところを練習してきたので自分のいいところを出すことができた」

ことし70回を迎えたこの大会で愛媛県勢の優勝は初の快挙だった。
「剣道始めたころから中学、高校、大学と愛媛でやってきて愛媛出身として、この舞台で必ず優勝したいという強い気持ちがあったので頑張れた」

警察官で剣道をしていた父の背中を見て4歳から剣道を始めた村上。兄と弟とともに生まれ育った愛媛で稽古に励んできた。中学時代は剣道部がなかったため陸上部で走り高跳びなども経験した。関東や関西の強豪校へは進学せず、高校、大学、そして社会人になっても地元で剣の道を追い求めた。

しかし、愛媛県警に入って1年目。剣道人生において大きな転機があった。剣道において極めて大切とされる左手首の骨がえ死する病気を発症したのだ。骨を移植する手術を受け動かすことができるようになったが、握力は一時5キロほどにまで落ち、竹刀も握ることができなくなった。選手生命を揺るがす危機にも村上は決して諦めなかった。周りの人の支えを受けながら目標であった全日本選手権で活躍する日を夢見て、リハビリに励み、再び竹刀を握った。

「けがをしてもマイナスに考えるのではなくて、けがをしてよかったと言ってもらえるような復帰をしたいと思っていた。剣道できるのが当たり前ではないと感じたし、復帰して剣道ができること自体が幸せなことだと感じた。せっかくなら高い目標をもって剣道がしたいという気持ちになった」

手術から2年後、地元、愛媛で行われた国体に成年男子の団体戦メンバーとして出場し、チームの初優勝に大きく貢献した。さらなる高みを目指して、村上は得意の「面」に磨きをかける。

背筋が伸びた正しい姿勢で遠い間合いから仕掛け、持ち味の脚力をいかした伸びのある「面」。理想を追い求めて稽古に励み、その「面」は武器となった。
「自分は器用ではないので、いろんな技を打てるわけでもない。自分の武器は思い切って遠間から勝負すること。それだけをずっとやってきた」

迎えた11月3日、全日本選手権。

村上は1回戦から得意の「面」を中心に勝ち進み初の決勝へ。相手は世界選手権で優勝の実績がある安藤。実力者相手にも村上は自分の剣道を貫くことに徹した。

開始1分20秒すぎ、村上は遠い間合いから思い切って飛び込んだ。
「面あり」
さらに4分すぎにも再び飛び込んだ。
「面あり、勝負あり」

得意の「面」、二本で勝負を決めた村上。日本一を手にしても理想の剣道を目指して剣の道の探求は続く。

「自分のやるべきことは今後も変わらないと思う。慢心することなく、私を見てくれる人がすばらしいと思ってもらえるような人間になれるように、これからも精進していきたい」

剣道 #迷っているとき