1000分の1秒での明暗。非情であり、ドラマチックでもあり

山縣亮太

陸上

陸上男子100mで「未踏の地」に立った29歳、山縣亮太。彼はとにかく考え、考え、考える。
9秒95の日本新記録を出しても、考える。日本選手権で3位に入り、代表に内定して一夜明けたこの日も考えていた。

「史上最強の争い」となった前日の日本選手権。
東京オリンピックの代表枠「3」を巡って9秒台から10秒台前半の自己ベストを持つ「6強」が“一発勝負”に臨んだ。ケンブリッジ飛鳥が準決勝で姿を消し、決勝。
山縣はスタートこそ、まずまずの飛び出しを見せたものの、後半失速。足がもつれた。「気合いが空回りした」という山縣。
ふだんの冷静さを失うほど、緊張感に包まれていた。

結果は3位で代表に内定。タイムは4位の小池祐貴と同じ10秒27。
5位の桐生祥秀は10秒28、6位のサニブラウン アブデル・ハキームは10秒29。0秒02の間に「6強」のうち4人がひしめく大混戦だった。

同タイムであれば、1000分の1秒単位のタイムで順位が決まる。
このとき山縣は10秒264、小池は10秒265だった。
わずか1000分の1秒差、距離にすればわずか1センチの差だ。 翌日のインタビュー、記者は「1センチの勝負」について聞いた。

「あらためてこの競技の“過酷さ”というか、自分がそういう場所にいるんだなっていうことを感じました」

10秒足らずの0秒01、0秒001の勝負にすべてをかける選手たち。山縣は、考えながら、ことばを紡いだ。

「非情であり、ドラマチックでもあり」
「1000分の1秒でその明暗が分かれてしまうというように、ふと考えた時“なんて競技だ”と思いますけれども、それも競技の魅力のひとつかなと思います」

日本選手権で勝負が決まった直後、常に周囲に気を配る「山縣らしさ」を感じた「一コマ」があった。選手たちが競技直後に取材を受けるミックスゾーン。勝ったもの、敗れたもの、その明暗が特に色濃く分かれやすい場所だ。
記者が待ち受ける中、ミックスゾーンに近づいてきた山縣。
2年間のブランクを経てつかんだオリンピックへの切符だったのだから、笑顔で現れると思った。でも違った。
はしゃぐ様子がないのはもちろん、むしろ固い表情に見えたのだ。翌日、その理由を尋ねた。

「複雑な心境は確かにありました。喜べばいいと思うんですけど。3位以下のタイムがあまりにも接戦で自分は運良く3位に入れたけれど、僅差で逃した選手たちの気持ちもあるなと」

何よりあったのは、ともに戦い、わずかの差で敗れたものへの「敬意」だった。特に、長年ライバルとして争い、100メートルでの代表を逃した桐生への思いは特別だ。

桐生はこの大会、アキレス腱の痛みで歩くのもやっとだった。
でもギリギリまで勝負に挑んだ。決勝直後は、ミックスゾーンの脇の人目につかない場所で、目元を抑えていた。山縣は、心中をおもんぱかった。

「相当悔しいと勝手ながら思っています。彼は足のことがあったが、その中でも弱音をはかずに決勝1本にかけて走った。そういった彼の姿に僕は本当に尊敬の気持ちがあります。
特に声をかけることはなかったし、彼が何を考えているかはわからないけど。でも、彼は強い気持ちを持った選手。きっともうすぐ前を向くんだろうなと思っています」

2年間ケガで思うような走りが出来なかった山縣だからこそ、感じ取れる桐生の胸の内。山縣と桐生は、400メートルリレーのメンバーとしてともに金メダルを目指す。

「選手団主将」という大役についた山縣。名実ともに陸上界の「顔」から日本スポーツ界の「顔」となった。
これまで2回のオリンピックでは100メートルで自己ベストを更新、今回自己ベストを更新すれば、目標としてきた決勝進出が現実となる。
山縣がどんな景色を見て、何を考え、どんな「ことば」を発するのか、その時が今から待ち遠しい。

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