いつもどおりにやらないことだけを心がける

長島圭一郎

ショートトラック

そのことばには、いつもウラがある。
オリンピック開幕を間近に控えた2022年1月、長野県で行われていたスケート、ショートトラック代表の合宿でのことだ。
「全力で…」「いつもどおり」「期待に応えたい」と北京への切符を手にした選手たちがそれぞれ決意や意気込みを述べた。
少し硬い表情で語る選手のあとに、コーチの長島圭一郎にマイクを向けた。オリンピックへの心構えを聞くと意外なことばが返ってきた。

「いつもどおりやらないことだけを心がける」

どういうことだろう-。報道陣に一瞬、空白の時間が流れた。

かつてスピードスケートの男子500メートルで銀メダルを手にしたトップスケーターはいま、畑違いのショートトラックで指導者としての道を歩んでいる。現役時代から、その発言は少しとがって聞こえた。

「天才ではないので、使えるものすべて使わないと勝負にならない」
「ダサいスケーティングをして勝つくらいなら、辞める」

これらのことばには、恵まれた体格ではなくても練習を積み重ねて世界トップレベルにまでたどり着いたという自負。そして、”世界一美しい”とまで称される域に達した、自らの滑りに対する自信が織り込まれていた。

「ショートトラック界の常識や固定概念を無くす」

そう宣言してコーチに就任。まずはショートトラックについて一から学び直した。ルールを読み込み、過去の映像を見て競技の歴史や特徴をたたき込んだ。

常識や固定概念を無くすために、基本に立ち返る。現役時代と変わらない姿がそこにはあった。
オリンピックに向けた「いつもどおりにやらないことだけを心がける」という心構えもルーツは現役時代にある。

2010年、バンクーバー大会の男子500メートル。
当時は2回のレースの結果で順位が決まるルールだったが、その1回目。氷の表面を整える整氷車のトラブルでレースが1時間以上遅れる異例の事態に巻き込まれたのだ。極限まで集中を高めてスタートを待っていた長島は6位と出遅れた。
2回目。フィニッシュを全力で滑り抜けた長島は転倒しながら、強く握った拳を突き上げた。逆転の銀メダルを手にした瞬間だった。

「生まれてきて思いどおりにいった試しがない。常にその時その時の環境や状況に合わせていかないといけない。向こうからは合わせてくれない」

あれから12年。長島は指導者として選手たちを見守る。

「オリンピックにびびっている選手がまだいる。そういう選手に声をかけて雰囲気を上げるのがぼくの仕事。どのように声をかけるかはここでは言いません」

なぜかー。

「テレビで放送されて、選手の目や耳にに入ったら別のことばを考えるのが面倒なので」

いまも、長島のことばにはウラがある。

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