土俵人生に一片の悔いなし

稀勢の里

大相撲

2019年1月16日。横綱、稀勢の里が土俵人生を締めくくった。

「土俵人生に一片の悔いもございません」

それは、漫画「北斗の拳」のキャラクター、ラオウのことばだった。
ラオウは、暴力が支配する世紀末を舞台にした漫画の中で、孤独な戦いを続ける最強の男。
しかし最後の決戦で、主人公のケンシロウに敗れてしまう。
絶命する前に叫ぶことばが“わが生涯に一片の悔いなし”だった。
師匠の先代、鳴戸親方から「孤独にならないと強くならない」と教えられたという稀勢の里。かつては、ラオウがデザインされた化粧まわしを付けて土俵入りしたこともあった。
大相撲で横綱になってから続いた試練の日々があったからこそ、稀勢の里はラオウに思いを重ねたのかもしれない。

稀勢の里は、日本出身力士で19年ぶりに横綱に上り詰めた。
横綱として最初の場所は、平成29年春場所。13日目の横綱・日馬富士戦だった。
相手の寄り倒しを受けて土俵下に転落、左胸などに大けがをしてしまう。
それでも稀勢の里は土俵に立ち続けた。
千秋楽、照ノ富士との優勝決定戦。相手のもろ手突きに耐え、土俵際で体を入れ替えて小手投げ。両者とも土俵下に落ちたが軍配は、稀勢の里。
新横綱の場所で2度目の優勝を果たし、表彰式では大粒の涙を流した。

しかし、ケガの影響はあまりにも大きかった。
その後は8場所連続の休場。復活を目指し、もがきつづける日々が続いた。

「毎日葛藤するものがあった。
このまま引退するか、それとも頑張るか。
毎日葛藤しながらやっていた」

進退がかかった、2019年初場所。稀勢の里は初日から3連敗を喫し引退を決断。
17年間の土俵人生に別れをつげた。

「ファンの人たちに、もう一度いい姿を見せたい」

その願いは叶わずとも、“一片の悔いもない”と言い切ったのは、横綱としての潔さだった。

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