夢のまた夢、テレビの中の話。これからもこつこつ頑張る

大栄翔

大相撲

令和3年初場所千秋楽の表彰式のあと、15日間見せ続けていた厳しい表情が一気に和らいだ。持ち味の突き押し相撲で初優勝を成し遂げた前頭筆頭の大栄翔。埼玉県朝霞市出身、強豪、埼玉栄高校から追手風部屋に入門した。
今では強烈な突き押しが得意だがもともとは四つ相撲。身長は1m82cm、角界では決して大きくなかったことから、入門後、師匠の追手風親方の助言もあり、今の相撲に転換した。

「入門してすぐはなかなか難しくて…。でも親方からは毎日のように『突きに徹しろ』、『まわしを取るな、差すな』と言われた。それを信じてやってきた」

地道な稽古で力をつけ、令和2年の初場所で新三役の小結に昇進。秋場所には自己最高位の関脇まで番付を上げた。ところが、この秋場所で10敗と大きく負け越し、関脇から平幕に番付を下げた。
原因は右ひじの遊離軟骨だった。痛みで力強い突き押しができず、場所後に手術を受けた。大栄翔はリハビリで自分を見つめ直す時間を持てたという。改めて意識したのが『リズム』と『回転』、それに『前に出ること』。自分の突き押しの持ち味だった。

「いい突きができるよう稽古してきた」

リハビリが順調に進み、稽古も積んで臨んだ初場所。序盤戦から持ち味の突き押しで快進撃を見せた。初日の朝乃山に続いて貴景勝、3日目には正代と三大関を破り、そのまま三役力士全員から白星を挙げるなど中日で勝ち越し。星の差2つで単独トップに立ち、一躍場所の主役に。安定した相撲内容から早くも優勝の可能性がささやかれた。

「自分の中ではまだまだ先が長いという考えだったが、周りの方々から“優勝”と言ってもらい期待してもらえることはありがたかった。8日目くらいから考えないようにしていたが、頭の中には少しは(優勝への意識が)あった」

周囲のことばで、優勝を意識せざるを得なくなった大栄翔。余計な情報が入ってこないようにテレビや新聞を遠ざけた。布団に入っても寝付けない日もあった。初めて経験するプレッシャーは、相当なものだった。

「自分ではわからなかったが、周りから硬くなっていると言われた」

9日目に初黒星、11日目には2敗目を喫し正代にトップに並ばれた。それでも心に迷いはなかった。

「自分の相撲を信じ、集中できたと思う」

最後まで“自分の相撲”を貫いて初優勝を決めた。

次の場所は三役復帰が期待される。周囲は早くも、春場所で土俵を盛り上げる存在に、と期待する。場所前の大栄翔なら知らず知らずのうちに硬くなったかもしれないが…。

「優勝は夢のまた夢、テレビの中の話。うれしいが気を抜かず来場所に向けてやっていきたい。ひとつずつ地道に、これからもしっかりとこつこつ頑張る」

淡々と語る短いことばに期待や重圧、すべてを受け止めて臨む覚悟がかいま見えた。

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