50代の今が一番強い

松本義和

パラ柔道

東京パラリンピックの柔道男子100キロ級の代表に内定した松本義和。内定選手の中では最年長の58歳だが「50代の今が一番強い」と笑顔で語る。

自身のことを、冗談交じりに「おっさん」と呼ぶ松本は、20歳のときに全盲になった。当時は「もう生きていけない」と塞ぎ込んだが、柔道と出会い、技などは体で覚えた。
そして、2000年、38歳で出場したシドニーパラリンピックで銅メダルを獲得。4年後のアテネ大会にも出場し、日本選手団の旗手を務めた。
しかし、その後は若手の台頭もあり、3大会連続でパラリンピックの代表を逃した。それでも挑戦し続ける原動力となったのはこどもの存在だ。松本には高校1年生の娘と中学2年生の息子がいる。
まだ、パラリンピックで活躍する姿を見せたことはない。

「目が見えないことで『ふつうのお父さん』と違い、子どもたちにしてあげられなかったことがたくさんある。息子にはキャッチボールすらしてあげられなかった。お父さんは障害があるけど頑張っているという姿を見てほしい」

還暦を前にして再び代表を手にしたスーパーアスリートといえども、年齢による体力低下からは逃れられない。立ったまま、手をひざにつき、息を切らしている姿もたびたび目にする。
特に、2020年は、新型コロナウイルスの影響で道場で練習できない期間もあった。ただ、そのときは近所の公園に行って、子どもが使う高さの鉄棒を活用して、腕の筋肉を鍛えたり、体力づくりに励んだりするなど、少しの時間も惜しむことなく費やした。

身長1m86cmの大男が懸垂や逆上がり、スクワットなどをこなしている姿は「怪しいおっさん以外の何ものでもない」と笑う。
松本に、このご時世ならではの不自由さをたずねた。

「その時々をどう生きるか。与えられた環境の中でどれだけ柔道の練習をするか。それは柔道だけじゃない。視覚障害者として自分に与えられた環境の中でどう生きるか。それは僕の人生そのもの」

その生き様には多くのことを学べる。

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