普通ではないことを普通にやっていかなければいけない

内村航平

体操

2020年11月8日、新型コロナウイルスの感染拡大のあと、オリンピックの実施競技としては初めて国内で行われた体操の国際大会。その開会式であいさつに立った内村航平は、こう宣言した。

「選手たちにとって人に夢や希望を与えることは、使命」

その言葉通り、内村は輝きを放った。

大会で最初に臨んだ種目は「跳馬」。東京オリンピックの代表を目指し、みずからの競技を種目別の「鉄棒」に絞ってからは、人前で見せることのなかった種目だ。世界から集まった選手の中でも、ひときわ美しい姿勢で跳躍し、着地までピタリと決めると、およそ2000人の観客は大きな拍手を送った。久しぶりの大会に、内村は多くのガッツポーズと笑顔を見せ、少年のように楽しんでいるように見えた。

「めちゃくちゃ楽しかった」

しかし、大会の開催までは内村の言葉を借りると、まさに「イレギュラーの連続」だった。
大会およそ10日前のPCR検査で、いったん陽性と判定され、あらためて行われた検査で陰性となった。国際体操連盟と検査した病院は、「偽陽性」だったと結論付けたものの、内村は動揺した。

「陽性と判定されたことのある人間にしかわからないと思う。陽性が出ました、偽陽性になりましたというこの気持ちは。やばいことをやってしまったな、みたいな」

この経験を通じ、内村がより切迫感を持って感じたことがあった。国際大会に向けて行われた、こまめな検査や仲間と距離をとっての食事など感染対策の必要性だ。

「感染対策はすごくしんどいなと思っていたが、自分がいったん陽性と判定された瞬間から、これが普通だと思わないといけないんだな、と切り替わった。安全に大会を行いたいとしたら、感染してしまったら大会が終わりになると感じた」

大会当日、自身の2種目目は、「鉄棒」だった。
最初の手放し技は、H難度の大技、「ブレットシュナイダー」。2021年の東京オリンピック出場、そしてメダル獲得に向けて、欠かすことのできない大技だが、9月の大会では完全な形では決められなかった。鉄棒から手を離して、空中で2回まわり、2回ひねる技。

やや詰まった形だったものの、鉄棒をしっかりとつかんだ。成功。
そのあとの大技もほぼミスなく決めて、着地まで終えると、場内はまたしても大きな拍手に包まれた。
内村は演技を成功させたうえで、伝えたかったメッセージがあった。
閉会式、照明を浴びた内村は、まっすぐ前を見て、言った。

「“できない”ではなくて、“どうやったらできるか”を皆さんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に考えを変えてほしい。非常に大変なことであるというのは、僕も承知のうえで言っているんですけど、それでも国民の皆さんとアスリートが同じ気持ちでないと大会はできないのかなと僕は思う。どうにかできるやり方は必ずあると思うので、どうかできないとは思わないでほしい」

口数の少ない男の、心からの叫びのように聞こえた。大会後のインタビュー。内村は、みずからの経験を踏まえ、閉会式の言葉の理由を語った。

「普通ではないことを普通にやっていかなければいけない。それができなかったら、オリンピックはできないと思う。この大会で、ある程度、答えを示せたと思うので、それを、いかにいろいろな人たちに共有してやっていくかということ」

東京オリンピックの開催に向けて厳しい感染対策を当たり前に思う意識、普通ではないことを普通に思える感覚を多くの人たちに持ってもらえないか。アスリートの1人として、内村は願っている。

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