2024年2月28日
ドイツ 経済 ヨーロッパ

伸び悩むニッポン? なぜGDPでドイツに抜かれたのか

日経平均株価が2月22日、史上最高値を34年ぶりに更新し、証券会社のディーリングルームは高揚感に包まれていました。

一方、その前の週、日本の2023年・1年間の名目のGDP=国内総生産が、ドル換算でドイツに抜かれて世界4位に転落。

このギャップ、どう理解したらいいのでしょうか。ドイツ経済の34年間を見つめつつ、日本経済活性化のヒントや教訓を探ります。

(ベルリン支局長 田中顕一 / 国際部記者 松本弦)

名目GDPがドイツに抜かれた!

「ドイツが再び第3位の経済大国に」

2024年2月15日、ドイツの有力誌シュピーゲルはこのような記事を掲載しました。また、公共放送ARDも夜の渋谷のスクランブル交差点の写真とともにこのニュースを伝えました。

ドイツの名目GDPが日本を抜いたことを伝える記事

この日、日本の内閣府は2023年・1年間の名目GDPが、ドル換算で4兆2106億ドルと発表。4兆4561億ドルだったドイツに抜かれて4位に転落したのです。

高度経済成長が続いていた1968年に当時の西ドイツを抜いてアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となりましたが、上記の小見出しの「再び」は日本に抜かれたときのことを指しているのでしょう。

ちなみに日本のGDPはその後、2010年には「世界の工場」として急成長した中国に抜かれて3位に後退していました。

日経平均株価は最高値更新なのに・・・

折しもその発表の翌週、2月22日に東京株式市場の日経平均株価は大幅に値上がりし、バブル期の1989年12月につけた終値としての史上最高値を34年ぶりに更新しました。

国内外のメディアは「ついに歴史的な水準に達した」「低迷していた日本経済が回復する節目となった」などと伝えました。

最高値を更新した日経平均株価(2024年2月22日)

株価は好調、しかし、名目GDPは4位転落。このギャップをどう理解すればいいのでしょうか。

実質GDPで比べれば負けていない!

日本政府は、名目でGDPがドイツに抜かれたのは「円安」と「ドイツのインフレ」による影響が大きいと説明しています。円安が進むと日本のGDPを円からドルに換算するときに目減りすることになるからです。

ドイツの2023年の名目のGDPはプラス6.3%。一方、物価の変動を除いた実質GDPはマイナス0.3%で、日本の実質GDPがプラス1.9%であったことと比べると、「日本はドイツに負けてなんかいない」というのももっともな指摘です。

実際、ドイツ経済は足元では不振が続いています。ロシア産の安い天然ガスがウクライナ侵攻後は調達が難しくなり、エネルギーコストの上昇や高齢化による人手不足などで長期低迷に入ったともいわれています。

ドイツのシュピーゲル誌も、ドイツはランキングでは上昇しているものの「ドイツ自身はほとんど何もしていない」と皮肉交じりに記しています。

時間軸を長くとると・・・

しかし、時間軸を長くとり、長期的な視点から考察すると、また違った経済の姿が見えてきます。

ドイツ経済に詳しい経済産業研究所の岩本晃一リサーチアソシエイトは次のように話しています。

経済産業研究所 岩本晃一リサーチアソシエイト

「確かに円安やインフレ率は(名目GDPで抜かれた)要因ですが、日本の人口の3分の2のドイツに抜かれるというのは深刻です。もっと本質的なところで違いが現れたと思います」

日独の経済、こんな違いが

ドイツと日本の経済には、いったいどんな違いがあるのか。GDP以外の指標で比較してみます。

スイスのビジネススクールIMDが発表した2023年の世界競争力ランキング。経済状況やビジネス、政府の効率性などをもとに順位が決められています。

調査対象の64の国と地域のうち、ドイツは22位となりました。一方、日本は35位で、過去最低を更新。2019年からの5年間でみるとその差ははっきりしています。

労働生産性にも大きな差があります。労働生産性とは、労働者1人当たり、あるいは労働1時間当たりでどれだけの成果を生み出したかを示す指標です。

「日本生産性本部」によりますと、おととし(2022年)のドイツの労働生産性は1時間あたりで87.2ドル。G7=主要7か国の中ではアメリカに次ぐ2位につけています。一方、日本は1時間あたり52.3ドルで、G7では最下位が続いています。

また、男女間の賃金格差も日本は大きな開きがあり、問題となっています。

内閣官房が2022年に発表した資料によりますと、男女の賃金格差は日本は22.5%と、G7で最も大きい状態です。男性に比べて女性の賃金が低いことを意味します。ドイツは13.9%と、イタリアやフランスよりは大きいものの、G7でちょうど真ん中ぐらいとなっています。

「病人」から「1人勝ち」へ

この違いはいったいどこから生まれたのか。日経平均株価が34年ぶりに最高値を更新しましたが、その34年前の1989年、ドイツでは東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊。翌1990年には東西ドイツが統一しました。

しかし、西ドイツよりも労働生産性などが低かった東ドイツと一緒になったことで、統一ドイツの国内経済は疲弊し、国家財政も大幅な赤字に陥りました。

経済は低空飛行が続き、「欧州の病人」とまで呼ばれたのです。「苦境の90年代」と言ってもいいかもしれません。

「ベルリンの壁崩壊」(1989年)

日本も1990年に入り、地価高騰を抑えるために当時の大蔵省が銀行の不動産向け融資を抑えるためのいわゆる「総量規制」を実施。日銀も公定歩合の引き上げを続けました。

バブル経済は崩壊し、銀行の不良債権が増加。その後、金融機関が相次いで破綻する金融危機も発生して、90年代は長期低迷の入り口となりました。

経営破綻した北海道拓殖銀行

ドイツ経済の転機となったのは、2002年に発足した第2次シュレーダー政権のときにとられた政策です。

「ハルツ改革」と呼ばれる改革で、労働市場と税や社会保障の構造改革に着手し、就労促進や労働需要と供給のミスマッチの解消に努めました。

この改革がきっかけとなり、雇用の創出や流動化、労働市場の柔軟性の実現につながったとされ、経済が長期的に安定軌道に乗りました。

ドイツ シュレーダー元首相(2005年)

シュレーダー政権の改革はその後、2005年からのメルケル政権で花が開き、ヨーロッパで「1人勝ち」とも言われる経済大国になっていったのです。

なお、「ハルツ改革」はプラスの面もある一方、所得格差と低賃金労働の拡大という今の課題につながるマイナス面も伴った点は指摘しておきたいと思います。ただ、早い段階から労働市場の課題にメスを入れたことは政治の決断だったように思います。

大手自動車メーカーを訪ねると

国内での生産を重視するメーカーにも話を聞いてみました。

ドイツを代表する大手自動車メーカー、メルセデス・ベンツグループの渉外部長です。

メルセデス・ベンツグループ エッカルト・フォンクレーデン渉外部長

会社はグローバルに展開していますが、ドイツでの生産も重視。7つある自動車工場のうち3つがドイツ国内にあり、2022年の総生産台数のおよそ40%を占めています。

また、2022年から2030年までにEV化やデジタル化に対応するため、13億ユーロ以上(2000億円以上)をドイツ国内の社員の能力開発や訓練などに投じると説明しています。

メルセデス・ベンツグループの工場生産ライン

ドイツを重視する理由について、こう説明しました。

フォンクレーデン渉外部長
「ドイツは依然として重要です。『メイド・イン・ジャーマニー』は、ブランドの根幹で高品質の保証です。ドイツがビジネス拠点として成功してきたのは政治家と企業、そして経済がいい形で協力関係にあったからだと思います。
ドイツの人件費は高いですが、それを上回る、研究資金、税法、イノベーションの促進、税の優遇措置といったメリットもあります。そうしたものがあるからこそ投資を続ける価値があるのです」

企業活動へのさまざまな支援

ドイツ企業が競争力を強化できる要因のひとつには地方政府と国による、企業向けの手厚い支援があげられます。

①地方政府の支援

州政府が100%出資する「経済振興公社」は企業の輸出を支援します。

例えば、企業向けに補助金を出し、月に1度、地元企業を世界中の見本市に参加させたり、外国企業との橋渡し役を行ったりして、海外販路の開拓を後押ししています。

②国のデジタル化政策

ドイツ政府は2013年に製造現場にデジタル技術を導入するプロジェクト、「インダストリー4.0」を発表。官民をあげて生産の効率化を進めました。

製造業の現場に作業用のロボットを導入したり、デジタル技術を活用し、生産ラインの不具合をすばやく検知したりして、稼働率の向上などを図っています。

ドイツの技術革新の成果が紹介された産業見本市(ドイツ ハノーバー 2016年)

さらに、労働者がデジタル技術に対応するための別のプロジェクトも立ち上がりました。全国の職業訓練校で、労働者は定期的に教育・訓練を受けることができ、日々進化するデジタル技術を学んでスキルアップをしています。

③共同開発で負担減

ドイツには、政府も出資しているヨーロッパ有数の民間研究機関「フラウンホーファー研究機構」があり、企業と製品の共同開発を行います。

岩本リサーチアソシエイト
「企業が製品開発をお願いすると、打ち合わせを経てさまざまな試作品をつくり、最終形の設計図を企業に販売するわけです。
通常、中小企業が製品を開発する機会は年に数回しかありません。そのために設備を保有したり、人員を雇ったりする負担をなくして、アウトソーシングできる。これは非常に大きなメリットです」

EUと単一通貨ユーロのマジック

さらに大きいのはEU=ヨーロッパ連合という巨大経済圏があること、そしてユーロという単一通貨の存在です。

およそ4億5000万人のEU市場では互いに関税がかからずに製品をやりとりできます。また、ユーロ圏では同じ通貨を使うため、為替差損がありません。

しかもユーロの為替相場は経済規模が大きいドイツに大きく影響され、ドイツにとっては割安になる傾向があり、これがユーロ域外への輸出にも有利に働いたといわれます。これは日本が真似したくてもできない、ドイツ固有の強みといえます。

日本はなぜ伸び悩んだのか

では日本経済が伸び悩んでいるのはなぜなのか。

長期的な視点から本質を読み解く必要性がありそうです。先に記したように、くしくも日本はドイツと同じ時期、1990年代から長期低迷を続け、「失われた30年」とも言われてきました。

長年にわたってデフレが続き、「縮み志向」が染みついてしまったこと、金融機関の不良債権処理に時間がかかり、この間、「前向きの融資」が行われにくかったこと、賃金が十分に上がらず、個人消費が伸び悩んだことも指摘されています。

そして、貿易摩擦や円高の影響で海外向けの製品を現地生産にシフトする動きも進みました。

これはグローバル化と表裏一体ではありますが、企業のあいだで国内投資が縮小し、人材育成を抑えて非正規雇用を増やすという動きが広がったことは、労働生産性の低迷につながり、結果、日本経済の伸び悩みにつながった要因の1つとされています。

日系企業が多く入るメキシコの工業団地

また、バブル崩壊以降、多くの日本企業がリスクを取らない保守的な経営に傾きがちになり、革新的なモノやサービス、イノベーションを生み出す力が弱まってしまったということも指摘されています。

この30年間、政治では小泉内閣のもと「聖域なき構造改革」や安倍内閣のもとでの「アベノミクス」など、さまざまな経済政策が打ち出されましたが、どれだけ大きな効果があったのかは評価が分かれるところです。

ドイツ経済にも詳しい、みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは次のように分析しています。

みずほ銀行 唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミスト

「労働市場改革が行われて雇用の流動化が図られてという前提があってドイツの産業が強くなったと言われています。
女性活躍や高齢者活躍だったりするわけですが、今日本で言われていることをドイツは20年前にやってきたということです。改革しているときは痛みを被るんだけれど、花開くのは数年後になるということです」

何が必要?

日本経済は、どうすれば成長できるのか。

経済産業研究所の岩本さんは民間企業と地方自治体の力を結集して、日本国内に付加価値を生み出せるような体制づくりが必要だと強調します。

岩本リサーチアソシエイト
「経済的な繁栄のもとになる付加価値を生み出すものを国内に作らないと、雇用も生まれないし賃金も上がりません。一過性の対策ではなく、その背景にある構造的な問題を変えるための改革を成し遂げていく必要があります」

先に述べたとおり、ドイツ経済は足元では低迷しています。また、高齢化や格差拡大、低賃金労働の問題など、日本と同じような課題にも直面しています。

GDPが3位か4位かは本質的ではありません。 日経平均株価は史上最高値を更新しましたが、実感が伴わない株高との声も多く聞かれます。

目に見えないマネーの世界にある株価ではなく、私たちのリアルの暮らしがどうすれば豊かになるのか、この機会に日本経済の課題と、「やるべきこと」を考える時間を少しでもつくってみませんか。

(2月15日 ニュースウオッチ9で放送)

こちらもおすすめ

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る