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2023年2月14日
ドイツ

ドイツで国家転覆?ハインリヒ13世って?「帝国の市民」の実態は?

去年12月、世界を驚かせた「ドイツで国家転覆を企てていたグループが摘発された」というニュース。

その首謀者とされたのが貴族の家系出身のハインリヒ13世です。

ハインリヒ13世とはいったいどんな人物なのか。その背後にはどんなグループがいるのか。現地を取材しました。

(ベルリン支局長 田中顕一)

そもそもどんな事件?

ドイツの検察当局は去年12月上旬にテロ組織を結成したなどとして25人を逮捕。

発表によると、このグループは「ドイツの国家転覆を目指し独自の国家の樹立を目標としていた」とされています。

警察に連行されるハインリヒ13世 (2022年12月7日 ドイツ フランクフルト)

グループには「軍事部門」も設けられ、メンバーは殺人を含め力ずくでしか目標は達成できないと認識。首都ベルリンにある連邦議会の議事堂に武装して突入する計画を立てていた疑いも持たれています。

その首謀者とされるのが、71歳のハインリヒ13世という貴族出身の男でした。

ハインリヒ13世ゆかりの地には

向かったのはドイツ中部のチューリンゲン州。

チューリンゲン州 手前がハインリヒ13世が滞在していた城

作曲家のバッハ生誕の地としても知られているこの州の一部を、1910年代まで治めていたハインリヒ13世の一族。

代々、男性にはハインリヒという名をつけていました。

今回、逮捕される前からハインリヒ13世を知っているという人物に会いました。

ペーター・ハーゲン氏

その人物はチューリンゲン州で発行されている新聞「東チューリンゲン新聞」の記者ペーター・ハーゲン氏です。

ハーゲン氏は、ハインリヒ13世が拠点としていた城がある地域の取材を長年、担当しています。

その城はハインリヒ13世の一族が狩猟のために建てたとされていますが、第2次世界大戦後、この地域は東ドイツとなり、城も国有化されてしまいました。

東西ドイツ統一後に一族が買い戻し、ハインリヒ13世が頻繁に滞在していたということです。

ハーゲン氏が、今回の事件につながるようなハインリヒ13世の言動を感じたのは8年前の2015年。

職場に届いた1通の手紙がきっかけだったと言います。

送り主はハインリヒ13世の一族、ロイス家の名が入った団体でした。一族の財産が返還されないことは不当だと主張し、そうした主張を記事に反映するよう求めるものでした。

ハーゲン氏
「手紙には『ドイツという“国”は存在しない。したがって一族の財産を所有することは認められない』などと書かれていました。同じような手紙は役場の方にも届いていて、それからハインリヒ13世について気にするようになったのです」

地元で相次いだ不審なビラや文書

その後しばらく目立った出来事は起きませんでしたが、ハーゲン氏は数年前からハインリヒ13世の城の周辺で不審なビラや文書がまかれるようになったと言います。

2021年4月には城からおよそ100メートルの場所にある街路樹にビラが貼られているのが見つかりました。

貼られていたビラ

いまは使われていない中世の文字を交えながら書かれていたそのビラ。ロイス家の名を冠した“国”の“行政官”を選ぶ選挙への参加を呼びかけていました。

さらにその翌年の2022年7月頃には、城がある人口7500ほどの市の各世帯に突然ある文書がまかれます。

「あなたには本当は市民権がない。それは国を持たず何の権利もないということに気づいていますか?」

A4サイズの文書にはメディアや政治家の批判とともにこう書かれ、「無国籍という立場から自立した自由を手に入れる簡単で正当な手段があります」として示されたホームページのアドレスにもロイス家の名が使われていました。

一連の不審な文書はハインリヒ13世が作成したのではないかと考えたハーゲン氏。

直接電話をして問いただしましたが、関与は否定されたと言います。ただ、そのときハインリヒ13世が事件を予見させるようなことを言っていたことははっきり覚えていると話します。

ペーター・ハーゲン氏

ハーゲン氏
「彼は『(貴族が統治していた)1918年の統治の体制に戻す準備をしている。戦争によって一族から奪われた力を取り戻す』と話していました。その時もおかしいとは思いましたが、彼が逮捕されたことで何をやろうとしていたのかがわかりました」

背後にあるのは・・・

ハインリヒ13世がその思想に染まっていたと指摘されているのが「帝国の市民」というドイツの陰謀論を信じる集団です。

ドイツ政府などによりますと、「帝国の市民」とはドイツのいわゆる「第2帝国」(第1次世界大戦で崩壊)、あるいはナチス・ドイツの「第3帝国」がいまも存続していて、現在のドイツ政府はアメリカなど外国勢力に操られていると主張。政府の統治と民主主義を強く否定する集団だとされています。

2015年、ハーゲン氏の職場に届いた手紙にも「帝国の市民」の間でいまの政府を表す「ドイツ連邦会社」(=外国勢力に操られた主権のない会社のようなものという意味)が使われていました。

1980年代に初めてその存在が確認され、現在は全国で2万3000人ほどの規模になっているとされています。ただ、会員のようなものはないため正確な数は把握が難しく、実際の数は4万人にのぼるという指摘もあります。

警察官が殺害された事件の現場(2016年10月20日 ドイツ・バイエルン州)

2016年には「帝国の市民」の思想に染まった男が警察官に発砲。

警察官1人が死亡する事件が起き、その後、政府の監視対象となっていますが、今回のように国家の転覆を企てていることが明らかになるのは初めてでした。

「帝国の市民」勢力拡大のわけは?

今回の事件で逮捕された25人の中には、2021年まで連邦議会議員を務めていた現職の裁判官やドイツ軍の特殊部隊の現役兵士など、政治や国防に関わりのある人物も含まれていて、ドイツ社会に大きな衝撃を与えました。

ドイツ国内の極右勢力の調査を続ける、この分野の第一人者アンドレアス・シュパイト氏は、「帝国の市民」が勢力を拡大させている背景に新型コロナウイルスの世界的な感染拡大とロシアによるウクライナへの軍事侵攻という2つの危機があると指摘。

2つの危機で日々の生活が苦しくなるなど、市民の間で高まる不安や不満につけ込んで勢力を拡大し、先鋭化していると分析しています。

アンドレアス・シュパイト氏

シュパイト氏
「『帝国の市民』の思想に染まった人たちはもともと個別に活動していましたが、テレグラムなどのSNSを通じて『帝国の市民』の間での交流が活発化しています。
お互いに刺激し合い、どうやったら武器を手に入れられるかといったやりとりのほか、『内戦』や『転覆』、政治家への襲撃を意味する『訪問』といった言葉まで飛び交うなど、明らかに過激化しています。
SNSで『帝国の市民』の主張が拡散され支持者は急増しているのです」

取材現場にも「帝国の市民」の旗が

シュパイト氏が懸念するのが「帝国の市民」が危機に乗じて活動を公然と行うようになっていることです。

ハインリヒ13世の城がある中部チューリンゲン州でエネルギー価格の高騰などに抗議する住民のデモを取材した際も、この地方の「帝国の市民」のグループの旗が掲げられていました。

2023年1月 チューリンゲン州シュライツ 画面左上に「帝国の市民」とされるグループの旗が

主催者のスピーチには「帝国の市民」のような陰謀論は含まれていませんでしたが、「ウクライナへの支援は行うべきではない」とか、「イスラム教はドイツの価値観に反する」といった排他的なメッセージが含まれていました。

そして、参加者たちは「自分たちは政府の言うことには縛られない」というスローガンを繰り返していました。

極右団体を監視するNGOによれば、このデモで掲げられていた旗はチューリンゲン州のなかでも中心的な「帝国の市民」のもので、ドイツの連邦議会に議席を持つ右派政党の地方組織と連携しデモ活動を活発化させているということです。

シュパイト氏は、今回の事件で“同志”が摘発されたことにより「帝国の市民」の活動がいっそう過激化するのではないかと懸念しています。

シュパイト氏
「『帝国の市民』の支持者たちはドイツという国が自分たちを攻撃しているので、対抗することが正しいと考えています。今回の事件を受けて、ほかのグループは“自分たちはもっとうまくやろう”と考えるでしょう」

陰謀論の広がりをどう食い止めるか

ナチス・ドイツの反省から、ネオナチなどの極右団体の抑止に力を入れてきたドイツ。

草の根では「帝国の市民」のような陰謀論の広がりを食い止めるための活動も始まっています。

ドイツ北部を拠点に極右団体などから民主主義を守るための活動をするNGOが開いたセミナーでは、心理学を専門にする担当者が、教員などを対象に日々の会話から陰謀論をどう見分けるかといったノウハウを教えていました。

セミナーでは「人口およそ170人の村に『帝国の市民』によく似た主張をする人がいるため、村を守りたいと思って参加した」と話す高齢の男性もいました。

セミナーの参加者

「私の村にも『帝国の市民』の主張とよく似た話をする人が何人もいます。国の統治を否定する主張をしていて『帝国の市民』のような人だと思います。私の両親はナチスのために悲惨な目に遭いました。そのようなことは繰り返したくありません」

セミナーを主催したNGOの地域支部代表 トレプスドルフさん

「今回の事件で多くの人が『帝国の市民』はドイツの民主主義にとって危険な存在だと気づいたはずです。『帝国の市民』はまだ人々の日常生活にまで入り込んでいる状況ではないので、いまのうちにひとりひとりが陰謀論に対抗できる準備をしておくことが重要だと思います。防御力のある民主主義には未来があります」

取材を終えて

社会が安定し、民主主義は強固だとみられてきたドイツですが、新型コロナ、そしてロシアによるウクライナ侵攻と国民が不満や不安を募らせる状況が続き、社会の一部に陰謀論が広がる余地が生まれているのではないかと感じました。

「帝国の市民」の主張には、ロシアのウクライナ侵攻についても「戦争の責任は欧米側にある」などといったものもあり、ロシアの情報戦に利用されるリスクもあります。

今回の事件の全容がどこまで解明されるのか。そして「帝国の市民」の脅威が今後さらに高まることはないのか。その動向を引き続き注視していきたいと思います。

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