
「ショルツ首相は化石燃料まみれの首相だ」
環境先進国のイメージが強いドイツが、いま、揺れています。
きっかけは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。
ロシアへのエネルギー依存からの脱却を急ぐショルツ政権の手法に批判が出ているのです。
いったい何が起きているのか?
(ベルリン支局長 田中顕一)
化石燃料まみれの首相! 若者から非難の声
ことし9月下旬、ドイツの首都ベルリンで開かれた集会。
参加したおよそ3万人の若者たちは口々に、ショルツ政権のエネルギー政策に対する非難の声をあげていました。

ノイバウアーさん
「ショルツ首相は世界で化石燃料を買いあさっている。化石燃料まみれの首相です。いま、ドイツについて国内外の多くの人がこう考えています。何が起きているんだ、と」
「パキスタンやバングラデシュといった気候変動の影響を受けている国の人たちは、ドイツをどうみるでしょう。これは彼らへの裏切りです」
ショルツ政権が進めるエネルギーの「脱ロシア」
ロシアにエネルギー面で大きく依存してきたドイツ。

ウクライナ侵攻をうけて、エネルギー政策の抜本的な見直しを迫られています。
その代表が天然ガスです。軍事侵攻前、輸入に占めるロシア産の割合は55%にものぼり、両国を結ぶ新たなパイプラインを稼働させる計画もありました。

しかし、今回の軍事侵攻で「脱ロシア」を迫られたドイツ政府。
ロシア産の天然ガスを、中東やアメリカなどで生産されるLNG=液化天然ガスに置き換える方針です。
これまでのパイプラインではなく、タンカーで運ばれてくるLNGを受け入れるための専用のインフラの建設を急ピッチで進めています。

「脱ロシア」が気候変動対策に逆行?
なぜ、天然ガスの輸入先をロシアから別の国に変えることが、気候変動対策を求める人たちの批判の的となっているのか。
天然ガスは、石炭や石油と同じ化石燃料の一つです。
気候変動対策を重視する人たちからすれば、今回の「脱ロシア」をきっかけに、環境に優しい再生可能エネルギーへの置き換えを検討すべきなのに、そうはなっていないことに批判や懸念を強めているのです。
LNGターミナル建設予定地で強まる不安
ドイツの有力な環境団体「ドイツ環境自然保護連盟」のメンバー、ノルベルト・プラーローさんです。
地元の北部ブルンスビュッテル市で、輸入したLNGを備蓄、供給するための基地やパイプラインの建設が予定されています。

プラーローさん
「ロシアの侵攻がきっかけで気候変動対策は後退しました。それどころか、化石燃料の利用の拡大にむかっています」
「脱ロシア」を急ぐショルツ政権は、国内に今は一つもない、こうしたLNG基地を沿岸の3か所に一気に整備する計画です。さらに迅速に整備を進めるため、通常数年かかる環境影響の調査を、ガスの供給危機の解決や回避に貢献できるなら省略することができる法律まで整備しました。
プラーローさんの地元ブルンスビュッテルには、風力発電用の風車が多くあります。
再生可能エネルギーの普及を進めてきたドイツを象徴するともいえる地域です。

いま進めている政策では化石燃料への回帰につながるのではないか。プラーローさんは不安を隠せません。
プラーローさん
「数十年に渡って化石燃料を消費し続ける土台を自分たちで築いている。LNG基地の計画がどんどん増えていて、これはやりすぎです」
住民の反対にドイツ政府は?
こうした声にドイツ政府はどう応えるのか。
プラーローさんに話を聞いた同じ日、LNG基地を建設する企業や政府が、住民向けの説明会を開きました。ブルンスビュッテルは人口1万2000人余りの小さな町ですが、会場のホールは集まった住民たちで満員でした。
首都ベルリンからかけつけた政府の担当者は、まもなく到来する厳しい冬にむけて一刻も早い整備の必要性を訴えました。

一方で、気候変動対策を重視するスタンスは変わらないとも強調。
整備された基地は、将来的には水素やアンモニアなど二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーにも使えるとも説明しました。
政府担当者
「LNGはこの冬を越すために、ドイツでのエネルギー供給で極めて重要な役割を担います。政府の優先事項は音速のようなスピードでインフラを整備することです。ただ、ひとつ重要なことを言わせていただくと、ドイツにとって気候中立(=温室効果ガスの排出実質ゼロにする)を2045年までに達成する目標に変更はありません」
しかし、プラーローさんをはじめ、反対の立場をとる人たちを納得させるまでには至らなかったようでした。
一方で「生活の質落としたくない」本音も…
ただ、反対はあるものの、大規模な運動にまで広がっていないのも実情です。
それは、なぜか?地元の市長に話を聞くと、その理由が見えてきました。

市長
「私たちは『生活の質』も落としたくないんです。気候変動に歯止めをかけるため、温室効果ガスの排出実質ゼロを少しでも早く達成したい。そう考えている人はもちろん多くいます。ただ、私たちには、いまはLNGが必要なんです」
ロシアに依存してきた天然ガスを、この冬までの短期間で再生可能エネルギーに切り替えることは困難です。
何も手を打たなければエネルギー価格は高騰し、冬に暖房を使うことすら難しくなるかもしれません。
“生活の質を落としたくない”市長のことばは、住民たちの本音でもあるように感じました。
専門家は理解も 別の懸念を指摘
目の前のエネルギー対策か、気候変動対策の優先かに揺れるドイツ。
ロシア産の天然ガスをLNGに置き換えることを専門家はどう評価するのか。
国連のIPCC=「気候変動に関する政府間パネル」で作業部会の共同議長も務めたポツダム気候影響研究所のオットマー・エーデンホーファー所長に話を聞きました。

エーデンホーファー氏
「ドイツ政府がLNGに切り替えることは正当化できます。短期的には、LNGによってガスの供給を増やす必要があるからです。LNGや石炭の拡大で、温室効果ガスの排出は増えます。しかし、ヨーロッパでは排出量取引の仕組みがあり、ドイツで増えた分をほかで補うことが可能です」
一定の理解を示しながらも、エーデンホーファー所長が指摘したのは世界的な影響についての懸念でした。
ドイツをはじめ、ヨーロッパが「脱ロシア」でLNG確保を進めることでLNGの価格が高騰し、経済力が低い国々が、安価で二酸化炭素の排出量がより多い石炭にシフトすることです。
エーデンホーファー氏
「LNGの価格が高騰していることにより、アジアの国の中ではLNGを国際マーケットに売って、その代わりに石炭を買う動きが戻ってきています。こうした石炭の復活とも言える状況が、野心的な気候変動対策の実現を難しくする可能性があります」
インタビューの中で、エーデンホーファー氏は、ドイツ政府が行うべきことはガスの消費そのものを減らすための制度の充実であり、国民ひとりひとりの省エネが不可欠だと強調しました。
取材を終えて
ドイツではいま、エネルギー危機をどう回避するかに多くの人の関心が集まっています。一方で、ショルツ政権の政策が今後の気候変動対策や世界のエネルギー消費にどのような影響を与えるかは、あまり注目されていない印象を受けます。
環境先進国として知られるドイツの気候変動対策が、「脱ロシア」の影響で後退することはないのか。さらにはエネルギー消費の変化が世界にどのような影響を与えていくのか、取材を続けたいと考えています。