2023年12月11日
経済 アメリカ

知の巨人の警告 緩和マネーと急速利上げの副作用は世界に

「自分が持っている服に合わせて、コートを仕立てるように返済能力を見極めて冷静に判断しなければならない」
国の借金、特に途上国の借金についてのシカゴ大学ラグラム・ラジャン教授の警告の言葉です。
これまで続いた欧米の急速な利上げの影響を受けて、今、途上国の借金=債務が膨らんでいます。デフォルト=債務不履行の危機に直面する国も。
背景にはリーマンショック以降、積み上がった緩和マネーの存在があります。繰り返される債務危機から私たちは何を学ぶべきか。大規模な金融緩和を続けてきた日銀へのメッセージとは。リーマンショックを予言した知の巨人へのインタビューを通じて考えます。

※12月14日時点の最新の情報に更新しました

(ワシントン支局記者 小田島拓也)

膨らむ途上国の借金

途上国の借金の増加傾向が深刻です。世界銀行は、2023年12月13日、途上国の債務の状況を分析した最新のリポートを公表しました。途上国が抱える借金の総額は9兆ドル近く。10年前の1.5倍以上にのぼります。このうち、特に貧しい75か国の対外債務は、過去最高となりました。

デフォルトに陥った国はスリランカ、アフリカのガーナ、ザンビアの少なくとも3か国。

世界銀行は、このほかに9か国が過剰債務で、28か国が過剰債務に陥るリスクが高いとしています。デフォルト予備軍は37か国に及ぶというのです。

※過剰債務=債務返済に支障をきたしている状態

ガーナの首都アクラ

欧米の利上げ

こうした途上国の「借りすぎ」の大きな要因として、欧米を中心とした先進国の急速な利上げがあります。金融引き締めによって途上国からは資金が引き揚げられ、利回りが見込めるようになったドルやユーロを買い、途上国通貨を売る動きが強まったのです。先進国の急速利上げの要因は記録的なインフレでした。

アメリカの中央銀行にあたるFRB=連邦準備制度理事会(ワシントン)

緩和マネーの存在

深刻化する途上国の債務危機。その根源の1つに積み重なった先進国による緩和マネーの影響があるとシカゴ大学のラグラム・ラジャン教授は指摘します。

シカゴ大学 ラグラム・ラジャン教授

ラジャン教授
「リーマンショック以降長く続いた、先進国の中央銀行による大規模な金融緩和が1つの要因であることに間違いはないと思います。経済を成長軌道に乗せるため、各国が低金利政策を採用する中、多くの投資家は、世界のどこに投資すればリターンが生まれるか探し求めました。こうした中で、ガーナなど一部の国は、「借金をするのがとても簡単な状況になっている」ことに気づきました。貧しい国にとって、鉄道建設といった巨大なインフラ事業などに必要な資金を提供する人が現れれば、ノーというのは難しくなります。このため、途上国は常に過剰に借りてしまう傾向があるのです」

リーマンショックを予言したラジャン氏

シカゴ大学のラジャン教授は、2003年から2006年までIMF=国際通貨基金のチーフエコノミストを、2013年から3年間にわたって、インド準備銀行の総裁を務めました。

そのラジャン氏の名を世間に広めたのは、2005年8月、アメリカ西部ワイオミング州ジャクソンホールで開かれたシンポジウムでした。

IMFのチーフエコノミストを務めていた頃のラジャン教授(2005年)

この当時、FRB=連邦準備制度理事会の議長はグリーンスパン氏。マエストロと呼ばれた名議長の政策手腕が拍手喝采を浴びるなか、ラジャン氏は、複雑化し、実態の把握が難しくなっていた金融システムの問題点を指摘し、大規模な金融危機が起きかねないと警告したのです。

このスピーチをサマーズ元財務長官が批判したことで話題となりましたが、2007年にはアメリカでサブプライムローンの焦げ付き問題が表面化し、2008年にリーマンショックが起きました。歴史はラジャン氏が正しかったことを証明したのです。

経営破綻した大手証券会社「リーマン・ブラザーズ」

債務危機が悪化すると何が起きる?

「アフガニスタンで、地震によって何が起きているかを見てください。パキスタンの大規模な洪水で何が起きたかを見てください。財政状況が悪化している国の政府は、国民を助ける能力をほとんど持っていないのです。その必然的な帰結として、その国に住む人々は『私たちはもうここにとどまっていられない。もっと良い場所に行こう』と思うようになります。経済的な“絶望”は、膨大な数の移民を生み出すことになるのです」

1000人以上が死亡したとされるアフガニスタン西部での地震(2023年10月)

移民問題に世界はどう対処すべきなのか?

「私たちの世界は高齢化しています。ヨーロッパの多くの国、日本、中国は(中国も深刻な高齢化問題を抱えている)移民の増加によって若い人が増え恩恵を受けることができるでしょう。
だからこそ、私たちは世界的な移民政策の立案にもっと熱心に取り組み、人の流れをより上手く管理するように努め、移民を進んで受け入れる国とマッチングしていくべきです。ただ、実現するためには、やらなくてはならないことが数多くあります。新たな世界的な組織が必要ですが、各国が協力に消極的なため、設立は難しいのが現状です」

アメリカへの移住を希望する人々(アメリカとメキシコの国境 2023年10月)

過剰債務に陥る途上国に助言は?

「資金を簡単に借りられる場合には、本来、最大限の抑制が必要です。自分が持っている服に合わせてコートを仕立てるように、自分の借り入れ能力、返済能力を冷静に見極めて判断しなくてはなりません。
IMFなどの国際機関も主権国家が借金をすることを強く抑制する手段は持っていません。途上国から資金が流出し、債務危機に陥ってから初めて、IMFは『あなたの国は借金をしすぎました。再建するために私たちが示す条件に従ってください』と言うことができるのです」

膨張する債務 先進国でも

深刻な危機を引き起こす債務問題は、途上国だけの問題ではありません。IIF=国際金融協会によりますと、2023年9月末時点の世界の債務残高は、307兆ドル、日本円でおよそ4京3800億円余りと過去最高となりました。

ことし初めと比べ、9兆6000億ドル増加しましたが、増加分の60%以上を、アメリカや日本、イギリス、フランスなど先進国が占めたとしています。このうち、日本の債務残高の対GDP比は2023年の推計値で258%余りに。G7諸国だけでなく、その他の諸外国と比べても突出した水準となっています。

金融緩和の弊害は?

「いくつかの先進国では、巨額の債務を抱えています。金利が上昇するにつれて、今後はるかに厳しい財政制約に直面するでしょう。それは世界的な現象です。
なぜなら、金融緩和の後には二日酔いともいうべき状況に陥るからです。
金融緩和が長期に及ぶと、金融システムがその状況に慣れすぎてしまい、金融引き締めにどう対処するべきかを忘れてしまうのです。この代償は大きいと考えています。
政府が金融システムを救済することに積極的だったり、救済する手段を持っていたりすると、影響は限定的だと考えてしまいがちですが、その代償はますます大きくなっていると思います」

構造改革が最善の手段

先進国が低成長という課題に再び直面したときの注意点は?

「先進国で成長率が低くなれば、中央銀行は、またインフレを促進しようと低金利政策や量的緩和策を採用し、世界各国の債務が膨らむ条件が整ってしまうかもしれません。しかし、私たちはその時に『成長を促進したいから金融緩和を続けよう』と言うべきではないのです。金融緩和は成長を促進するための手段としては間違っています。構造改革が最善の手段です。時には財政拡大が必要な場合もありますが、貨幣の価値を落としすぎてはいけません」

「かつて先進国では一定の借金の水準があり、それはGDPの90%でした。多くの国はそれを大きく超えています。途上国もそうです。多くの国は、私たちが限界と考えていた水準に近づいています。だから債務を減らす必要があります。世界が地政学的リスクや気候変動、自然災害によってより不安定になっていることを考えればなおさらです」

日銀へのメッセージ

日銀本店(東京 中央区)

先進国の中央銀行で金融緩和を続ける日銀の金融政策は適切か?

「日銀の金融政策は過剰に刺激的であるとみなされかねないところまで来ていると思います。もちろん賃金の伸びはまだ日銀が目指している水準には達しておらず、経済成長に波がないわけではありません。しかし、他の先進国の経済とのスタンスが大きく違うことを考慮すれば、緩和策を撤廃し始める時期に来ていることを示唆していると考えています」

日銀 植田和男総裁

仮に日銀がゼロ金利政策を解除したら?

「長年にわたる超低金利の後に何が起こるかを予測するのは難しいですが、この動きがうまくアナウンスされ、慎重なペースで行われるのであれば、誰もがスムーズに適応できる状況を生み出せるでしょう」

取材を終えて

ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突が続く中、途上国の債務危機が世界を蝕み始めています。そして、その問題は途上国のみが解決すべきものではないと、ラジャン氏は指摘します。先進国で唯一堅調さを保つアメリカですら巨額の財政赤字を抱えている実態を直視しなくてはなりません。

ひとたび経済危機に陥れば、その損失は計り知れないものになることを、世界はリーマンショックで学びました。大規模な財政支出を余儀なくされたコロナ禍が落ち着いた今、ラジャン氏の警告に向き合うべき時に来ているのかもしれません。

(11月19日 NHKスペシャルで放送)

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