2023年10月17日
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“習近平氏の誤算?” 中国「一帯一路」10年 どうなった?

中国で“一帯一路”フォーラムが始まりました。
古代シルクロードを念頭に、2013年、習近平国家主席は中国とヨーロッパなどを結ぶ巨大経済圏構想「一帯一路」を打ち上げました。
構想から10年、中国は、鉄道など各国での大型プロジェクトを成果として宣伝しています。

一方、各国からは批判や警戒心も渦巻いていて、専門家は「中国にとっては誤算もあった」と指摘します。
一帯一路は世界に何をもたらしたのか。各地の現場を訪ねました。

そもそも一帯一路とは?

「一帯一路」は、アジアとヨーロッパを中心に陸路と海上航路でつなぐ巨大な経済圏を構築しようという構想です。

その後、北極圏や中南米カリブ海諸国、南太平洋諸国も組み込まれ、構想は大きく拡大しました。

中国政府は、この10年間に152の国と32の国際機関が関連する協力文書に署名し、去年までに中国と参加国による貿易総額は累計19.1兆ドル(年平均6.4%のペースで増加)、相互の投資額は3800億ドル(うち中国からは2400億ドル)にのぼっているとしています。

参加国の間では、中国政府からの財政面などでの支援のもと、港湾設備や鉄道などのインフラ整備が促進され、経済の活性化につながることが期待されてきました。

一方、中国としては「一帯一路」をてこに、特に「グローバル・サウス」と呼ばれる途上国や新興国と連携を深め、みずからの影響力の拡大を図ってきたわけです。

構想が立ち上がって10年。一帯一路は参加した国々の経済や生活をどう変えたのか。現地の市民にどう受け止められているのか。世界各地で取材しました。

果物の王様ドリアン タイから中国へ輸出急増

「中国人の旅行者にも大人気だよ」

色とりどりの南国フルーツが並ぶタイ・バンコクのマーケット。

バンコクのマーケット

その中でも際立つ存在感を放つのは、果物の王様と呼ばれ独特のにおいで知られるドリアンです。果物店の店主いわく、多くの中国人観光客が買い求めていると言います。

中国で人気のドリアン。実はタイでは一帯一路の一環でこのドリアンの中国向けの輸出が急激に伸びています。

タイ商務省によりますと、ことし1月から7月に輸出されたドリアンは37億ドル、日本円にしておよそ5500億円。この大部分が中国向けの輸出で、新型コロナの感染拡大前の2019年の同じ期間と比べるとおよそ3倍に増えていると言います。

なぜ輸出が伸びたのか。それを牽引しているのが新たに建設された鉄道です。

2021年、中国南部の昆明と隣国のラオスの首都ビエンチャンとの間のおよそ1000キロの区間を結ぶ鉄道が開通しました。一帯一路の主要プロジェクトの1つとして整備されたもので、インフラ整備の遅れたラオスでは“夢の鉄道”と呼ぶ人すらいます。

中国とラオスを結ぶ鉄道

鉄道の開通前は、タイ東北部にあるラオスとの国境沿いの町から中国の昆明まではトラックで2日かかっていました。それが鉄道の開通で15時間に短縮。ドリアンを鮮度を保ったまま安く大量に運べるようになったといいます。

ドリアンの輸出増加を受け、タイ国内では、コメやゴムなどからドリアンに転作する農家も増えているといいます。

蜜より甘い関係なのに… 停滞する事業

一方、期待を背負ったプロジェクトが停滞し、失望の声が上がっている国もあります。パキスタンです。

パキスタンの最大都市カラチ

中国とパキスタンは、一帯一路の主要事業として、南西部のグワダル港などを拠点とする「中国・パキスタン経済回廊」を推し進めています。

両国関係は「山より高く、海より深く、蜜より甘い(ナワズ・シャリフ元首相)」とも言われたほどです。

しかし、注目を集めた最大都市カラチを走る環状鉄道の再建事業は、いま困難に直面しています。

カラチを走る環状鉄道

激しい交通渋滞の緩和につながると期待され、当初3年で完成すると言われていましたが、6年がたった今も一部区間で運行するのみです。

原因を地元当局の関係者に取材すると、パキスタン国内で関係者との調整が進まないため中国から資金が入ってこず、本格的な工事を始められないというのです。

取材してみると、ほかにも、新型コロナの影響で一時停止したり、パキスタンの政情不安の影響で停滞したままの事業も相次いでいました。

経済特区近くにあるレストラン

経済特区の建設現場の近くでレストランを開く男性は「特区ができると期待して数年前に店を開いたのに、いつまでも始まらない。お客も来ないので困っている」と嘆いていました。

中国語コースも停止 中国人狙いのテロも

中国語を教える施設にも異変が起きていました。取材班が訪ねたのは、カラチにあるイスラム教の神学校マドラサです。

イスラム教の神学校マドラサ

このマドラサでは、一帯一路の事業が注目されていた2017年に、中国語の需要の高まりも受けて、中国語を教えるようになりました。

これまで200人以上の生徒が学びましたが、新型コロナで授業が停止し、その後も中国語のコースは再開されないままです。

一帯一路による雇用が期待していたほど増えず、中国語への興味を失う人も少なくありません。卒業生のひとりは、中国語を活かせる仕事を見つけるのも難しかったと言います。

中国語を学んでいたウサマ・ニザミさん

ニザミさん
「プロジェクトがもっと進んでいたならば、中国との経済状況も良くなって、私の家にとっても、国全体にとっても良かったのに」

さらに、プロジェクトに影を落としているのは、中国人を標的としたテロの増加です。

パキスタンからの分離独立を目指す地方の武装グループが、パキスタン政府と深い関係にある中国人をテロの対象にするようになっていて、去年にはカラチの大学で中国語などを教える「孔子学院」の関係者ら中国人3人の死亡につながる爆発もありました。

ある中国語学校の関係者からは「中国人の講師が、被害に遭うことを恐れて本国に帰ってしまった」という声も聞かれたほどです。

輸出伸びず G7のイタリアも離脱へ

先進国のなかでも、一帯一路と距離をとる国も出ています。G7=主要7か国の中で唯一、「一帯一路」に参加してきたイタリアです。

2019年3月、当時のコンテ政権が、低迷する経済状況を打開しようと中国と覚書を交わし、イタリアのインフラ整備での協力ほか、投資や貿易を双方向で拡大させることなどで合意しました。

覚書交換式で握手を交わす 中国 習近平国家主席(左)と イタリア コンテ首相(2019年)

しかし、そのイタリアは、いま、一帯一路から離脱する可能性が指摘されています。

地元メディアによりますと、先月(9月)2日、タヤーニ外相が、一帯一路について「期待した成果をもたらさなかった」と発言。

続いてメローニ首相も、公式には認めていませんが、先月9日、中国の李強首相と会談した際、一帯一路から離脱する方針を非公式に伝えたと報じられました。

中国 李強首相(左)と会談する イタリア メローニ首相(2023年9月)

一帯一路のプロジェクトのひとつとして期待されていたのは、アドリア海に面した北東部のトリエステ港です。

港は、鉄道や幹線道路を通じて、隣接するスロベニアをはじめとした中・東欧諸国などとも結ばれています。

イタリア トリエステ港

当初の計画では、中国国有の建設企業が岸壁の拡張や貨物用の鉄道の整備などの再開発工事を担うことになっていました。しかし、結局実現しませんでした。

専門家は「計画のあと、中国の企業がアメリカの制裁対象になったことが影響した可能性が高い」と指摘します。

200年以上の歴史があり、世界各地に海運ネットワークを持つ物流企業の幹部、マテオ・パリージ氏は「残念なことだ。政府の後ろ盾がなくなるのは、好ましいこととは言えない」と落胆を隠しませんでした。

一帯一路を追い風に、中国への輸出拡大を目指した老舗の高級家具メーカーを訪ねました。

このメーカーでは、本革を使用したイスを1つ1つ職人が手作りしています。

一度に大量生産はできませんが、高級品志向が強まる中国市場は有望だと判断し、中国のデザイナーとも協力して商品開発を行いました。

中国向けに開発したいす

一帯一路の覚書が交わされた2019年には、会社の輸出に占める中国向けの割合は15%ほど。

現在は増えるどころか、全体の10%程度と低迷しています。

家具メーカー フランコ・ディフォンツォ社長

ディフォンツォ社長
「当初は、一帯一路に対する熱狂的ともいうべき期待があり、私も大賛成だった。しかし、中国との貿易が新型コロナの影響でほとんどゼロにまで落ち込んだ厳しい時期に、一帯一路が役立つことはなかった」

イタリア政府の統計によると、中国からの輸入額は去年(2022年)は575億ユーロと、2019年に比べて81%増えましたが、中国への輸出額は、去年は164億ユーロで27%の伸びにとどまり、貿易赤字は2倍以上に増えました。

離脱背景に「米中対立の影響」か

ただ、離脱の背景にあるのは経済的な恩恵が少ない点だけではなさそうです。

専門家からは、現在のメローニ政権が、アメリカやEU寄りの姿勢を打ち出していることから、中国との対立を深めるアメリカに配慮したという見方も出ています。

ヨーロッパ大学研究所 アウレリオ・インシーサ研究員

インシーサ研究員
「イタリアはアメリカの同盟国であり、G7とも緊密に連携していると示す必要性があった。覚書を交わした当時の政権の中国寄りの姿勢に比べて、メローニ政権は中国との距離を取る姿勢を打ち出している」

イタリアが一帯一路からの離脱を中国に伝える期限は、ことし12月23日。最終的な判断が注目されます。

対抗するインド ネパールで

中国に対抗して、いまインドが存在感を高めようとしている現場があります。ネパールです。

ネパールの首都カトマンズ

中国はネパールを南アジア進出への足がかりと位置づけ、2017年に「一帯一路」の協定を締結しています。

協定では、"世界の屋根”ヒマラヤ山脈を越え、中国のチベット自治区からネパールまでをつなげる壮大な事業「中国ネパール越境鉄道」計画も含まれていました。

しかし、それから6年。「一帯一路」として具体化した事業はまだ一つもありません。

現地の専門家は、事業が停滞する要因を「鉄道事業など、巨額な費用が必要で、中国はネパール側にも大きな負担を求めていて、ネパールにとってのメリットが明確でない」と指摘。

ネパールが、いわゆる「債務のわな」への警戒感をぬぐえないでいると言います。

「債務のわな」
返済できないほどの多額の借金を負った国が、貸し付けた国からインフラの権益譲渡などさまざまな圧力や要求を受ける状況に陥ること。

中国との事業が足踏みする中、インドは、ことし6月、モディ首相がネパールのダハル首相を招待して会談を行い「両国関係をヒマラヤの高みにまで到達させたい」と宣言しました。

ネパール ダハル首相(左)と会談するインド モディ首相(2023年6月)

山国のネパールは豊富な水資源があり、水力発電のポテンシャルが非常に大きく、経済関係をいっそう強化するため、インドはそこに目をつけました。

今後、1万メガワットの電力をネパールから購入することで合意。

ネパールの水力発電施設

こうした動きに、中国は焦ったのか、ネパールに駐在する中国の大使が公の場で、インドへのライバル心をあらわにしました。

駐ネパール 陳松 中国大使

陳松大使
「インドの政策は、ネパールや周辺国に対してそれほど友好的ではない。一方、中国はすべての途上国に恩恵をもたらす。とりわけネパールの友人たちに」

ネパールは今後、「一帯一路」にどのように向き合おうとするのか。

サウド外相がNHKの取材に応じました。

ネパール サウド外相

サウド外相
「わたしたちはあくまでも自国の国益最優先で対応していく。一帯一路について、わたしたちが求めているのは主に、無償資金援助だ。中国とは引き続き協議していきたい」

中国も反省?

相次ぐ事業の停滞など、さまざまな問題も指摘されている「一帯一路」。

今回のフォーラムに合わせて公表された白書でも、最終章では「いくつかの困難と試練に直面している」としていて、具体的な事例には触れないものの、すべてがうまく行っているわけではないということは認めています。

「一帯一路」に関する白書

白書で目立っているのは「ウィンウィンの国際協力」「すべての国が受益国」「新たな成果をともに享受する」といった表現です。メリットを十分感じられていない参加国に配慮したメッセージのように見えます。

習主席もことし7月、「一帯一路と各国の発展戦略を連携させなければならない」と発言しています。

専門家はどうみる?

現代中国政治が専門の慶應義塾大学の小嶋華津子教授は、中国にとって、一帯一路が過度に政治化されてしまったことも課題だと指摘します。

慶應義塾大学 小嶋華津子教授

小嶋教授
「元々、一帯一路というのは経済のフレームだが、中国自身がそのフレームを安全保障の様々なフレームと合わせ技でパワーを拡大してきたという事実もあり、いまや、米中対立の中で民主主義国家対専制国家といった非常に単純化された枠組みのもとで、過度に政治化され、安全保障上のある種の脅威とアメリカなどから受け止められてしまっている。
そういった国際世論がかき立てられてしまったことも中国は誤算であり課題と感じている」

一帯一路は共産党1党支配体制の頂点にある習近平国家主席の肝いりプロジェクトです。

中国は今後、このプロジェクトをどう修正し、何を目指していくのでしょうか。

小嶋教授
「一帯一路は習近平国家主席がみずから提唱したので、失敗だったとは決して言えない。これからもプラスの効果を求め続けなければならない足かせがある。より洗練化させていく方向で国内の経済発展との相乗効果を狙っていくのではないか。
そして、一帯一路を使ってみずからのパワーを拡大したり、他国の内政に干渉したりするつもりはないとアピールしていくだろう。単にお金が回るかどうかということだけではなく、中国のイメージアップにつながるような方向へと少し『選別』を進めていくのではないか」

(10月16日 国際報道2023などで放送)

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