2023年10月16日
北朝鮮 朝鮮半島

北朝鮮応援団 アジア大会で5年ぶりに登場 そのねらいとは?

中国で開かれたアジア大会。
あわせて188個のメダルを獲得するなど日本選手たちの活躍が伝えられた一方で、注目されたのが北朝鮮の応援団です。
一糸乱れぬ独特の応援スタイルで有名ですが、新型コロナウイルスの影響もあり、その姿が確認されたのは5年ぶりとなりました。
一方、北朝鮮の国営メディアは大会に参加した韓国代表を「傀儡かいらい」と紹介するなど、南北の対立姿勢を際立たせました。
アジア大会で垣間かいま見えた北朝鮮の思惑を専門家と読み解きます。

(中国総局記者 石井利喜・上海支局カメラマン 平井 克昌)

報道陣には「無言」の北朝鮮応援団

アジア大会は4年に1度開かれるアジアのスポーツの祭典で、中国東部の杭州こうしゅうで2023年10月8日までおよそ3週間にわたって開かれました。

中国 杭州 アジア大会の会場

北朝鮮は17の競技に180人あまりの選手を登録しました。大規模なスポーツの国際大会に選手団を派遣するのは、新型コロナウイルスの感染拡大後初めてのことでした。

私たちがまず向かったのは、サッカー男子の試合が行われた杭州近郊の金華きんかという街です。選手村で待ち構えていると、北朝鮮の国旗がプリントされたシャツやジャージを着た選手たちが出てきました。

会場に向かう サッカー男子 北朝鮮代表

バスに乗り込む際に呼びかけましたが応じてはくれませんでした。しかし、バスの中から手を振ったり笑顔を見せたりする選手もいて、報道陣に気さくにふるまう一面もありました。

北朝鮮チームは台湾との初戦に2対0で勝利。その後も選手たちを取材しようと試みますが、相変わらずの塩対応です。諦めて帰ろうとしたその時、北朝鮮事情に詳しい関係者から気になる情報がもたらされました。「2戦目のキルギス戦には応援団が行くようだ」。そう、一糸乱れぬ独特の応援スタイルで有名なあの応援団です。北朝鮮がスポーツの国際大会に応援団を派遣するのは5年ぶりだというのです。

試合会場に到着すると、それまでの試合では数人ほどだった警察官らが、会場のゲートの周りにずらりと配置され、警備態勢が明らかに厳重になっていました。

そして開始およそ30分前、1台のバスが到着しました。ものものしい警備の中で降りてきたのは、北朝鮮の国旗がプリントされた白いTシャツを着た若い女性を中心としたおよそ40人。数々のスポーツの国際大会で注目されてきた北朝鮮の応援団です。

会場に到着した北朝鮮の応援団

私は彼女たちから、ひと言でも反応を引き出そうと声をかけましたが、一切ことばを発することはありませんでした。

この日の試合はキルギスに1対0で勝利。試合中、応援団は「朝鮮は強い」「きょうは勝利の日!」などの大声援を送っていました。別の試合では「行こう、ペクトゥ山(白頭)へ」という、北朝鮮が「革命の聖地」と位置づけるペクトゥ山にちなんだ歌も合唱し、中国のSNSでも広く取り上げられました。

北朝鮮の選手や応援団がわれわれメディアに冷たいのは珍しいことではありませんが、関係者によりますと、今回は「取材に応じるな」という厳しい指示が出されていたということです。また、過去の大会と比べて応援団の人数が少なく見えましたが、本国からの派遣ではなく中国にある北朝鮮レストランの従業員や大使館の関係者などが動員されていたということです。

かつてはキム総書記の夫人も派遣 応援団の思惑は?

北朝鮮の応援団と言えば、過去のスポーツ大会でもたびたび話題になってきました。南北の融和ムードが高まった2018年のピョンチャン(平昌)オリンピックでは、謎の男性のお面を使った応援が注目され、キム・ジョンウン(金正恩)総書記の祖父、キム・イルソン(金日成)主席の若いころに似ているという見方も出ていました。

お面を着けて歌う北朝鮮応援団(2018年)

また韓国政府は2012年、キム総書記の夫人、リ・ソルジュ(李雪主)氏が2005年の陸上のアジア選手権で韓国を訪れた応援団に参加していたという分析を明らかにしました。北朝鮮が提出した応援団の名簿に同じ名前の人物がいたほか、試合を応援したりステージ上で歌を歌ったりする女性たちの中にリ夫人とよく似た人物がいたことが当時NHKのカメラで確認されました。

リ・ソルジュ氏とよく似た北朝鮮の応援団の女性(韓国 インチョン 2005年)

謎に包まれた応援団、いったいどのような人たちで構成され、どのような目的で派遣されるのか。北朝鮮政治が専門の慶應義塾大学の礒敦仁教授に聞きました。

慶應義塾大学 礒敦仁教授

なぜ北朝鮮はスポーツの国際大会に応援団を派遣するのか?

北朝鮮は初めての南北首脳会談が行われた2000年代以降、韓国で行われたスポーツの国際大会に女性を中心とした大規模な応援団を派遣してきました。
実際に効果があるのかは別問題ですが、「プロパガンダ国家」である北朝鮮としては統率され洗練された応援が大きく報道されることで「北朝鮮への好感を持ってほしい」という宣伝の意味合いが強いです。

応援団はどのような人たち?

北朝鮮の人びとは自由に外国との行き来ができません。そうした中で、国を宣伝する要員として派遣されるのが応援団です。当局としては「音楽的素養がある」とか「容姿が良い」などの判断基準で選んで訓練し、派遣してきました。また、思想的な面でも、帰国後に問題が生じない、外国との違いに動揺しない教育を受けてきた人たちでもあります。今回の応援団は本国から派遣されたわけではないようですが、当局の「信頼が厚い人たち」であることは間違いありません。

『朝鮮対傀儡かいらい』 スポーツでも対決姿勢

今回のアジア大会で注目されたのが、韓国への対決姿勢です。9月30日に行われた韓国と北朝鮮のサッカー女子の準々決勝で国営の朝鮮中央テレビは韓国代表を「傀儡かいらい」と報じました。試合は4対1で北朝鮮が勝利しましたが「傀儡チーム」と呼んだ上で「圧倒的な点差で大勝した」と伝えました。韓国統一省によりますと、北朝鮮がスポーツの国際試合で韓国を「傀儡」と呼んだ例は見当たらないということです。

また柔道男子の試合では、韓国の選手が試合終了後に握手を求めたのに対して北朝鮮の選手が握手を拒否しました。韓国メディアによりますと、2人は前回2018年のアジア大会では南北の合同チームのチームメートだったとのことです。

また、射撃の男子の団体戦では、表彰式で韓国の国歌が流れると北朝鮮の選手は背を向けました。

射撃の男子団体戦の表彰式 左の3人が北朝鮮代表

北朝鮮はことしに入り、公式発表や指導部の発言の中で韓国について「南朝鮮」という従来の呼び方ではなく、正式な国名にかぎかっこをつけた「『大韓民国』」と呼び始めています。

なぜ、国営テレビは「傀儡」と報じたのか

韓国はアメリカの手先に成り下がっている「傀儡」であり、朝鮮民族の一部ですらないと突き放したと言えます。韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)政権からは北朝鮮の体制崩壊も辞さないという強硬発言が出てきています。これに対して、キム・ジョンウン氏は2023年8月に韓国を「『大韓民国』」と呼び、韓国に対して強硬な発言をしています。北朝鮮の非常に強硬な姿勢がかいま見えます。今までは南北関係が悪化していても「南朝鮮傀儡」という呼び方でした。「『大韓民国』」にはかぎかっこが付され、アメリカの「傀儡」であるにもかかわらず国家を名乗っている、という意味が込められているので、韓国をばかにしたような呼び方でもあり、「そこまで言うのか」という印象を受けました。

キム・ジョンウン(金正恩)総書記

キム・ジョンウン総書記の指示か

詳しい行動指針が出ているか出ていないか、わかりません。ただ、トップが「南朝鮮」という呼び方を使っていない限り、北朝鮮の国営テレビとしては「『大韓民国』」か「傀儡」と報じるかの2択だったのでしょう。

(9月21日のニュースで放送)

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