2023年9月20日
世界の子ども シリア 災害

「兄と私と、亡くなった父と」

青空のもと微笑む3人。描いたのは7歳の少女でした。

「兄と私と、亡くなった父を描きました。生まれる前に亡くなっているので父のことを知りません。でも家族の絵を描いたらうれしくなりました」

少女は自分の力ではどうしようもできない現実に立ち向かうため、きょうも真っ白な画用紙と向き合います。

(イスタンブール支局長 佐野圭崇/北九州放送局記者 伊藤直哉)

内戦と大地震に翻弄されて

少女の名前は、ルジャイン・スレオールさん(7)。

内戦が続く中東のシリア北部に暮らしています。

今ルジャインさんが夢中になっているのは「お絵かき」。

地域の子どもたちが集まって毎週開かれる会に参加しては時間がたつのを忘れて絵を描いていきます。

ルジャインさん
「絵を描くのが好きだからとても楽しかった。友だちにきれいな絵だねって言われるとうれしい」

今は笑顔を浮かべるルジャインさん。

3か月ほど前まで心を固く閉ざしていました。原因は10年以上にわたって続くシリアの内戦。

ルジャインさんの生まれ故郷、首都ダマスカス近郊の町ドゥーマは2018年、化学兵器が使われ、ルジャインさんと同じ子どもたちも犠牲になりました。

父親は2016年1月、ルジャインさんが生まれる9日前に空爆に巻きこまれて死亡しました。

それでも母親ときょうだいとともに反政府勢力の支配するシリア北部の街へと逃れ、家族で支え合ってくらしてきました。

そのささやかな暮らしさえも奪ったのがことし2月に発生した大地震です。

地震で壊れたシリア北西部ジャンデレスの町並み (2023年7月29日撮影)

避難先のアパートは亀裂が入って住めなくなり、仮設住宅に身を寄せています。

ルジャインさんは、母親のそばを離れられなくなり、外出することもできなくなってしまったといいます。

そんなルジャインさんに変化の兆しをもたらしたのは、「おえかき会」でした。

仕掛け人は日本の“アートセラピスト”

会場には「Japan」の文字が。ノートパソコンから日本人が話しかけてきます、アラビア語で。

「ルジャイーン!最近調子はどう?」

声の主は幸田桂子さん。この「おえかき会」の仕掛け人です。

幸田さんは福岡県北九州市で子どもたちを放課後に預かる施設を運営しています。この日は日本の子どもたちも参加し、日本語で話しかけます。

「お名前をおしえて」

「絵が逆さまだよ」

自己紹介をしたり、お互いの絵を見せ合ったり、日本語とアラビア語を織り交ぜながら交流を楽しみました。

そして最後は画面越しに手でハートマークを作って友情を深めました。

でも、なぜ幸田さんは、シリアの子どもたちと絵を描く活動をしているのでしょうか。

その答えはシリアでも日本でもなく、意外にもエジプトにありました。

シリアからのSOS

幸田さんとイーマーンさん

幸田さんがシリアの人たちと初めて関わり合うようになったのは5年前。

JICA海外協力隊員としてエジプトで暮らしていた時、シリア難民のイーマーンさんと出会いました。ボランティア活動で知り合ったといいます。

そしてエジプトで立ち上げたのが、「amu house」。

ストレスやトラウマなど複雑な感情や思いを「編む」ことで、子どもたちの居場所を優しく包みたいという思いから名付けられました。協力隊員たちで運営し、イーマーンさんも活動を支えてくれています。

ことし2月に起きた大地震。ニュースで次々に入ってくる被災地の状況に、幸田さんはすぐエジプトにいるイーマーンさんに連絡を取ったといいます。

幸田さん
「もともと家族がシリアにいることを知っていたので、連絡を取って、大丈夫?と聞いたら、『本当にもう大変な状態、支援も入らないので助けて欲しい』と。子どもたちのメンタルも厳しい状態だと連絡があって」

幸田さんはすぐさまクラウドファンディングを立ち上げるとともに、シリアにいるイーマーンさんの親戚に支援物資の調達と配布を依頼。集まった100万円で食料や衛生用品を現地に届けました。

そして震災から3か月がたったころ新たに始めたのが「おえかき会」です。

実は幸田さん、学生時代から絵を描くのが好きで、エジプトで暮らしていた際にもアートセラピーの活動をしていました。

今回も、子どもたちの心理ケアにアートセラピーの知識が生かせると思い立ったといいます。

幸田さん
「今も空爆もあるし、不安で怖い状態なのにさらに地震が起きてしまってトラウマを子どもたちは少なからず持っています。
子どもたちが思っていることを表現して外に出してあげることが必要だなと思ってセラピーを一緒にやろうという話になりました」

絵が語る子どもの内面

幸田さんは日々、シリアから送られてくる絵を見て、子どもたちの心の状態に気を配ります。

ルジャインさんの絵にもその時々の感情が表れていると考えています。

地震の絵

これは大地震のときを描いた絵です。

暗い色合いと壊れた建物。

ルジャインさんは大地震が起こって、不安でいっぱいななか、母親を探していたそうです。そのときの怖い思いを絵にしました。

避難所の絵

そしてこちらは避難所の絵。

地震の混乱とは違い、明るい色合いで描かれていて、人の表情は柔らかく見えます。

幸田さんは、そのときそのときの気持ちを外に出し、少しずつ癒やしにつなげてほしいと考えています。

戻ってきた子どもたちの笑顔

シリア側で子どもたちのサポートにあたるムハンマド・バッカールさんです。

子どもたちに慕われるお兄さんのような立場ですが、間近に子どもたちを見ているからこそ、その効果を如実に感じている一人でもあります。

ムハンマドさん
「子どもたちの表情を見ていて思うことは、アートセラピーは、彼らが失った感情を呼び起こしてくれるということです。来る前にはつまらなそうにしている子どもが、終わった後には心からの笑い声と笑顔で帰っていきます。
日本のチームが私たちのことを忘れずに、子どもたちに手を差し伸べてくれたことに感謝しています」

お母さんと笑顔で話すルジャインさん

冒頭に紹介したルジャインさんの家にカメラがお邪魔しました。

「お母さん、次はいつ遊びに連れていってくれるの?」

「うん、来週ね」

ルジャインさんの母親のリハーブさんも、娘の変化を感じていました。

リハーブさん
「部屋の掃除などを自発的に手伝ってくれるようになりました。
心のうちをことばにできないルジャインにとって、絵が表現の手段です。内戦や地震の経験を絵にすることで、恐怖心がなくなったようです」

ルジャインさんに自分で描いた絵を見せてもらいました。

そこには青空のもとほほえむ3人。ルジャインさんは自身と19歳年上の兄、それに亡くなった父親を描いたといいます。

ルジャインさん
「生まれる前に亡くなっているので父のことは知りません。
でも家族の絵を描いたらなんだかうれしくなりました。お父さんが生きていてくれたらなあって思います」

ルジャインさんにとって絵は、時につらい現実と向き合う場、時に「こうであってほしい」という願望を表現する場なのかもしれません。

ルジャインさん
「お絵かきするときにはすべてを忘れられます。アートセラピーに参加したあとは幸せな気持ちでおうちに帰れます。
大きくなったら画家になりたいです」

内戦と大地震に翻弄されるシリアの子どもたち。

彼らがみずからの夢を叶えられるような未来が待っていることを願ってやみません。

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