2023年5月3日
世界の子ども シリア 中東

墓穴を掘り続ける12歳の少年「自分の人生に苦しめられている」

12歳の少年は、毎日、遺体を埋めるための墓穴はかあなを掘り続けていました。

家族のため、日々生きるための金を稼ぐため、学校にも通わず“墓穴掘り”の仕事をするのです。

学校で学び、人生を自分で選択できるようになりたい。

そう思っても、彼にはその仕事を続ける以外の選択肢は、ありません。

(イスタンブール支局長 佐野圭崇)

墓穴を掘り続ける少年

「仕方ないんです、この仕事以外ないんです。僕が働かないと、家族や親戚が食べられなくなるから」

うつむきながらこう言葉を絞り出したのは、中東シリアに暮らす12歳の少年アナス・ムハンマドさん。

兄の隣で教科書を見るアナスさん(右)

家族を養うため、毎日、遺体を埋めるための墓穴を掘る仕事をしています。

つるはしを使うため、手のひらにはタコができていました。

「自分の人生に苦しめられています」

アナスさんは、生まれてからの12年間の大半を、時代の波に翻弄され続けています。

「革命の子」

アナスさんが生まれたのは、2011年3月15日。

この年のこの日は、当時のシリアにとって特別な日になりました。「革命」とも言えることが起きたのです。

中東諸国で起きた「アラブの春」が波及し、それまで40年にわたって続いてきた独裁的な政権に対して、シリア各地で民主化を求める市民のデモが、3月15日に始まりました。

通りを埋め尽くす市民のデモ(2011年)

アナスさんが生まれたとき、シリア南部の街では「神とシリアと自由だけを求める」と訴える市民の声が上がっていました。

そんな日に生まれたアナスさんを、周囲の人たちは「革命の子」と呼びました。

「革命」は「内戦」に

しかし、「革命」はすぐに「内戦」と呼ばれるようになりました。

アサド政権は、治安部隊や秘密警察、それに軍を動員して、力でデモを押さえ込もうとしたのに対し、市民も武器を取って抵抗したのです。

この内戦の影響で、アナスさんは2歳の頃に、父親を失います。

爆弾で命を奪われたのです。

だから、アナスさんには父親の思い出は残っていません。

ただ、母親からは、背が高くて痩せていて、いつも日焼けをした顔の、優しく強い人だったと聞かされてきました。

そんな父親は、市場で荷物運びの日雇い仕事をしていました。

願いは、子どもたちに教育を受けさせることだったといいます。

子どもたちが教育を受けて自分と同じような苦労をしないで済むように、毎日、一生懸命働いていたという父親。

しかし、市場で仕事を待っていたある日、爆弾が落ちてきたのです。

家族を襲った経済不安

父親を失い、家計は小麦などを育てる母親の収入と、海外からの人道支援が支えとなりました。

しかし、そうした収入だけでは、生きていくこともままならなくなるほど、経済情勢が大きく悪化します。

母と兄と過ごすアナスさん

アナスさん一家が暮らすのは、北西部イドリブ。反政府勢力の拠点となっていて、経済的には国境を接するトルコに依存しています。

通貨も、2020年からアサド大統領が描かれたシリアポンドからトルコリラへ切り替わりました。

しかし、トルコでは急激なインフレとなり通貨リラの価値が大きく下がります。

パンは、この2年で3倍以上に跳ね上がり、アナスさんときょうだいが食べ盛りを迎える中、母親の収入と人道支援だけでは生活ができなくなったのです。

市場でイモを買うアナスさん

自分が父親代わりになって、家族を支える。

そんな思いから、アナスさんは働きに出ることを決めます。

一時は、アサド政権の軍による攻撃で学校を中退せざるをえなかったアナスさんたちきょうだい。

状況が安定して兄と妹は学校に再び通い始めましたが、アナスさんは、学校には戻りませんでした。

「小さな墓穴掘り」

鉄くず拾いなどの職を転々としたあと、アナスさんが選んだのが“墓穴掘り”でした。

1日の稼ぎは、20リラ。日本円にすると140円足らずです。パンを買うだけで10リラ、1日の給料の半分が無くなってしまいます。野菜も値上がりし、十分な量は買えません。

それでも、母親ときょうだい、それに親戚のため、少しでも家計の足しにしようと、毎朝8時に家を出て遺体を埋める穴を掘り続けています。

幅90センチほど、長さは大きいときで2メートル。

つるはしを使って掘るため、手にはタコができ、血が出るときもあります。

しかし、そうした疲れや手に感じる痛み以上に、つらい気持ちになるときがあるというアナスさん。

それは、墓穴を掘っている際に友だちが通学する姿を見るときです。

仕事に出ると決めたのは自分。自分が稼がないと家族が生きていけない。

心の中で自分を納得させようとしてみても、アナスさんは惨めな気持ちになるのだといいます。

「『小さな墓穴掘り』とからかわれることもあります。学校に戻る夢を見ますが、戻れるような状況ではありません。ただ、教育を受ければ、将来、先生や医者や弁護士にだってなれるかもしれない。自分の人生を生きることができるのです。僕の今の人生は、家族のために収入を得るためだけに働き、疲れていく。自分の人生に苦しめられています」

「小さな墓穴掘り」はほかにも

アナスさんのように墓地で墓穴を掘って働く子どもたちは、ほかにもいます。

アナスさんが働く墓地では、10人ほどの子どもたちが働いていました。

地元の人によると、ほかの墓地でも子どもたちがこの仕事をするのは、珍しいことではないといいます。

国連が2022年6月に公表した報告書では、シリアでは内戦が始まってからの10年間で、民間人が30万6000人以上、戦闘員などの非民間人が14万人近く、あわせて44万5000人以上が亡くなっていると推計しています。

このため、シリアではたくさんの墓を作る必要があり、内戦などの影響で貧しい暮らしを強いられる子どもたちがこの仕事をするようになっているとみられます。

さらに、2023年2月にはトルコ南部を震源とする地震が発生し、トルコとシリアであわせて5万6000人以上が亡くなりました。

地震が起きるまでは、内戦下で150人近くの埋葬に携わったというアナスさん。

働く墓地は、地震の被害が大きかった街から車で2時間ほど離れた場所にありますが、連日遺体が運び込まれ、埋葬した人の数は、1か月あまりで300人を超えたといいます。

短期間にたくさんの遺体を埋葬する経験は、アナスさんにとってこれまで以上に精神的につらく、痛みを感じるものとなっています。

「墓穴を掘るために地中に入るのは、いつもとても怖いです。悲しい気持ちと、恐怖と痛みを感じるからです。彼らがどんなことを考えながら死んでいったのかを想像してしまいます。それに、遺体を見るたび、死んだ父のことを思い出すんです」

アナスさんが、学校に戻って学べるようになる日は、いつになるのか。

アナスさんは、きょうも墓穴を掘り続けています。

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