2023年9月14日
アフガニスタン

死んだ父を探す幼い妹 命を奪った武器の正体

「おとうさんは、どこ?」

もうすぐ2歳になる妹は、7か月前に死んだ父親を、今も探すのだそうです。

パキスタンのイスラム過激派組織に襲撃されて命を奪われた警察官の父親。

その時に使われたのは、警察でさえ持っていない「洗練された武器」だったとみられます。

(イスラマバード支局 松尾恵輔、ナザル・ウル・イスラム、ワシントン支局 渡辺公介)

2度と帰ってこない父親

「『父さんは、もういないんだ』って、夜になるといつも実感します」

まだあどけなさの残る14歳の少年は、1枚の写真を見つめながら言いました。

ムハンマド・スデイスさん

少年の名前は、パキスタン北西部の村パサニに暮らす、ムハンマド・スデイスさん。

父親のイルシャドさんは、警察官でした。自宅から遠く離れた警察署で単身赴任をしていて、毎週土曜日と日曜日には家に帰ってきてくれました。

「ちゃんと勉強して、立派な人になるんだぞ」

父親は帰ってくるたび、スデイスさんたちにそう言って聞かせました。

そして、みんなが寝るまで、学校の話を聞いてくれたり、仕事のことを話してくれたりしました。

でも、そんな父親は、もう二度と家に帰ってくることはありません。

イスラム過激派組織に銃で撃たれ、殺害されたのです。

父親のイルシャドさん

真夜中のテロ攻撃

父親のイルシャドさんが勤務していたのは、パキスタン北西部の警察署。

2023年1月中旬の深夜、その警察署を武装集団が襲いました。

上司と3人でパトロールに出ていたイルシャドさんは、連絡を受けすぐに応援に向かいます。

警察署の近くで車を止めて、署内にいる職員と連絡を取り合いながら、歩き出しました。

その時、3人からの電話を受けていた職員は、イルシャドさんたちの異変を知らせる声を聞きました。

「1人撃たれた!」

さらに銃声が響き、その後、誰の声も聞こえなくなりました。

襲撃を受けた警察署の塀には銃撃の跡が残る

翌日、イルシャドさんは警察の施設に冷たくなった姿で安置されていました。

親戚に連れられて、変わり果てた姿の父親と対面したスデイスさん。

7か月たった今も、まもなく2歳になる妹は「おとうさんは、どこ?」と言って、父親の姿を探すのだといいます。

そんな妹に、スデイスさんは今も本当のことを言えずにいます。

妹を抱くスデイスさん

「妹には『父さんは、仕事に行っているんだよ』と伝えています。父さんが僕たちにしてくれたように、僕も妹を守っていきたいと思います。でも、ひとりになると、寂しくて涙が出てくるんです」

“深夜でも正確に”銃撃した過激派組織

事件後の捜査で、警察署を襲撃したのはアメリカ政府もテロ組織として指定している、イスラム過激派組織「パキスタン・タリバン運動(TTP)」のメンバー約20人だったことがわかりました。

襲撃したのは深夜0時ごろで、現場の周辺には街灯もなく、あたりは暗闇でした。

しかし、現場にいた警察官が「頭を上げることさえ難しかった」と話すほど、TTPは正確に銃撃を行っていたといいます。

なぜ、暗闇にも関わらず正確な銃撃ができたのか。

捜査幹部らへの取材を進めると、ある幹部が「洗練された武器」の存在について明かしました。

「あの襲撃は、射程の長いスナイパー・ライフル(狙撃銃)なしにはできない。暗闇でこちらの様子を見通せる、暗視装置も使われていた。テロリストは、警察でさえ持っていない『洗練された武器』で我々を狙っていた」(捜査幹部)

TTPが公開している訓練の画像を調べてみると、暗視装置を身につけた戦闘員の姿が映っていることが確認できました。

TTPが公開している訓練の画像

しかし、そんな高性能な武器をどうやって手に入れているのか?

捜査幹部に率直な疑問をぶつけてみると、はっきりとした口調で、次のように答えました。

「アメリカが、隣国のアフガニスタンに大量の武器を残していったんだ。TTPの手にまで、その武器が渡ってしまった。これは、私たちにとって、非常に大きな問題だ」(捜査幹部)

アフガニスタンに残された72億ドルの武器

アメリカが、アフガニスタンに残していった大量の武器とは?

その正体は、アメリカ政府がアフガニスタンの前政権に対して「テロ対策」などのため支援していた武器です。

アメリカは、2001年9月11日の同時多発テロ事件を受け、アフガニスタンへの軍事作戦を開始。

アフガニスタンのアメリカ兵(2018年)

アメリカ軍は2021年まで現地に駐留を続けるとともに、アフガニスタンの治安部隊がテロリストと戦えるよう、大量の武器を供与してきたのです。

その総額は、186億ドル。(2023年2月、アメリカ政府のアフガニスタン復興特別監察官公表)

しかし、アメリカ軍は、2021年8月30日にアフガニスタンから完全撤退。

供与してきたすべての武器を回収することはできず、航空機78機、空対地ミサイル、軍用車両、銃などあわせて約72億ドル相当の武器が残されたとみられています。(2022年国防総省の議会への報告、米アフガニスタン復興特別監察官の報告書)

武器の多くは、実権を握ったイスラム主義勢力タリバンの手に渡り、タリバンは「残されたすべての武器などは、1つでも密輸したり売ったりすることは許されていない」として、厳重に管理していると主張しています。

国境を越え流出する武器

しかし、こうした武器の一部は、タリバンの手を離れ、国境を越えて闇市場に流出している可能性が出てきています。

パキスタンとアフガニスタンの国境付近で取材をすると、「武器を持っている」という市民に話を聞くことができました。

その男性の家を訪れると、庭には山羊や牛が飼われ、近くでは子どもが遊んでいる声が聞こえました。

本人の話では、過激派組織などとのつながりは一切なく、男性は自分のことを「ビジネスマン」だと名乗りました。

男性は家の中を案内し、礼拝用のマットなどを入れている戸棚を開け、隠している1丁の銃を取り出しました。

「M4 カービン」

銃には武器の種類が書かれていました。各国の軍で用いられてきた種類です。

さらに「PROPERTY OF US GOVT(アメリカ政府の資産)」という文字も書かれていました。

この男性は、この銃を護身用に闇市場で購入したと話しました。

ブローカーが「アメリカが残したものだ」として大量の武器を販売していて、ひそかに購入する住民が相次いでいるといいます。

「友人から『アメリカがいなくなって“良い銃”がある。タリバンも使っている』と言われたんだ。以前はほとんどなかったけど、闇市場で買うことができるんだ。アメリカの銃は高性能だよ」

「誰も、止めることができない」

さらに取材を続けると、過去にアフガニスタンで武器のブローカーをしていたという男性が、残されたアメリカの武器がどのように流通しているのか、実態の一端を明かしました。

この男性によると、タリバン復権の前から、アフガニスタンの政府や軍関係者がアメリカ製の武器を横流しするケースはあったといいます。

ただ、扱う量が増えたのは、タリバンの復権後。

武器庫が開けられ、そこからタリバンの戦闘員が機関銃やロケット弾などを持ち去り、一部をタリバンに提出して、残りを自宅に保管しているのだといいます。

そして戦闘員たちは、ガソリンを入れる時など生活費が必要になるとブローカーに武器を売りに来ていたのだそうです。

以前はアフガニスタン国内で1万ドルほどの価格で取り引きされていたM4ですが、闇市場に出回るようになると取引価格が下落。

タリバンの復権直後は、1000ドル以下、10分の1以下まで値下がりしたといいます。

男性はスマホでアメリカ製の銃の特徴を説明した

男性は、こうした闇市場でアメリカ製の武器を調達し、取り扱った武器が国境を越え、パキスタンのイスラム過激派組織TTPに渡ったこともあったということです。

「タリバン自身が武器を取り引きするのは自由だ。武器は、イランや中国にも流出している。誰も、流出を止めることができない」

実際に、隣国パキスタンの治安当局はTTPがこの武器を入手し、テロ活動を活発化させているとみています。

2023年の上半期にパキスタンで発生したテロは、2022年の同時期より79%も増えているというシンクタンクの調査も明らかになっています。

さらに国連が2023年7月にまとめた報告書では、TTPだけでなく過激派組織IS=イスラミックステートにまで武器が流出している疑いがあるとしています。

「地域の暴力と不安定性が増す」

そもそもなぜアメリカは、大量の武器を回収せずにアフガニスタンに残していったのか。

前のトランプ政権で国務省テロ対策調整官を務めたネイサン・セールズ氏によると、ホワイトハウスが撤退期限を一方的に8月31日に設定したため、すべての装備品を回収する時間がなかったというのです。

ネイサン・セールズ氏

駐留した軍を撤退させる場合、装備品をどう回収し、そのための人員をどう確保するのかなどについて、事前に入念に計画を立てる必要がありますが、アフガニスタンでは、それができなかったということです。

さらに、本来ならば、タリバンと「強い立場」で交渉し、武器を回収するまで駐留を延長すべきだったにもかかわらず、タリバンの攻撃を恐れ、「期限内の撤退」に固執していたとしています。

ばく大な戦費、多くの兵士の犠牲という軍事作戦の「泥沼」から抜け出すため、撤退を急いだアメリカ。

セールズ氏はアフガニスタンに残していったアメリカの武器が、アフガニスタンをはじめ周辺の地域をいっそう不安定化させることに懸念を示しました。

「拡散した武器はアフガニスタンだけでなく、この地域全体を不安定化させ、暴力の根源となるだろう。テロの脅威は2年前に比べ、より大きくなっている。テロリストがアメリカ製の高性能な武器を手に入れられるようになったことで、彼らの戦闘力は高まり、地域の暴力と不安定性は増すだろう」(セールズ氏)

大国に翻弄される市民

取材中、アフガニスタンやパキスタンの国境の付近では、旧ソビエトで開発された銃、カラシニコフを持つ多くの人たちを目にしました。

専門家によると、約40年前にアフガニスタンに侵攻した旧ソビエトが使用していた武器がそのまま大量に残され、その後はコピーの銃まで作られたことから、この地域には銃が多いのだといいます。

そして、2001年のアメリカ同時多発テロ事件のあと、今度はアメリカがテロ対策の一環として現地に供給した大量の武器が残されることになりました。

アフガニスタンに軍事介入した超大国が残した負の遺産。この地域の平和と人々の安全な暮らしを脅かし続けています。

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