2023年7月3日
イタリア アフガニスタン ヨーロッパ アジア

「死ぬかもしれない。だけど行く」命かけた密航の末に

「今夜、ついに船に乗るよ」

そう話していた青年は、ことし2月、真っ青な海と白い砂浜が美しいイタリア・クトロの海岸で、遺体となって発見されました。

24歳のアフガニスタン人。パスポートも持っていませんでした。

周囲からは幼い子どもなど、94人の遺体が見つかりました。

なぜ、故郷から約5000キロ離れた地中海で命を落としたのか。

取材を進めると、アフガニスタンからヨーロッパへと続く、密航ルートの実態が見えてきました。

(イスラマバード支局長 松尾恵輔 / ヨーロッパ総局記者 田村銀河)

「果物売りの青年」はなぜ、イタリアに?

「海に落ちて、どれだけ叫んだか。助かりたかったか。悲しくて、毎日彼を夢に見ます」

亡くなったハミドさんのいとこの男性(左)

アフガニスタンの首都カブールに住む男性は、重苦しい表情でつぶやきました。

「彼」とはイタリアの海岸で遺体で見つかった、いとこのハミドさん(24)です。

2年前まで、一緒に暮らしていました。

亡くなったハミドさん

ハミドさんは、地元の学校を卒業してから、カブールの市場で果物を売ったり、荷物を運ぶ仕事をしたりして生計を立ててきました。優しくて笑顔にあふれ、多くの友人に囲まれていました。

アフガニスタンの首都カブール

すべてが変わったのが2021年8月。イスラム主義勢力タリバンが権力を掌握しました。

もともと不安定だったアフガニスタンの経済は、国家予算の半分以上を占めていた国外からの援助が滞って、さらに悪化。仕事を失う人が相次ぎました。

ハミドさんも収入を失い、他の仕事を探しましたが、見つかりませんでした。

年老いた母親の生活費が手に入らない。状況が良くなる見通しもない。

「ここにいても経済は最悪で、仕事もない。国外に働きに行くんだ」

数か月がたったある日、ハミドさんはそう言って、ひそかに隣のイランへ出国。さらに、トルコに向かったといいます。

5000キロの密航の果てに

しかし、たどりついたトルコでの生活は決して楽ではありませんでした。

路上で生活し、ゴミの中から食べ物を探したり、友人らと5~6人でアパートの一室に住んで工場で働いたりしていたといいます。

トルコでのハミドさん

1年以上がたったとき、ハミドさんは思い詰めた様子でいとこの男性に電話してきました。

亡くなったハミドさん
「もっと先に進まなければいけない。生活は厳しくて、家賃さえ払えない。このままだとトルコでは生きていけない」

家族は家に戻ってくるように説得しましたが、ハミドさんは「カブールには絶対に戻れない」と話し、ヨーロッパに向かう密航船に乗りこみました。

亡くなったハミドさん
「今夜、ついに、船に乗るよ。今から携帯電話を業者に預けるね」
いとこの男性
「安全にたどり着けるように、神様に祈っているよ」

そのやりとりの数日後、イタリアの沖で1隻の密航船が転覆したというニュースが流れました。

事故直後の密航船(2023年2月)

いとこの男性は、すぐに、ハミドさんが乗っていた船だと感じました。

船に乗っていたとみられる200人の多くがアフガニスタン人で、幼い子どもを含む94人が命を落としました。

ハミドさんの母親は、亡くなってから数か月たっても、息子の死を受け入れることが出来ていません。

いとこの男性
「彼は国外に行けばたくさんの希望があり、いい生活が出来ると夢見ていました。こんな悲劇は、もう他の誰にも起きて欲しくありません」

「海で溺れた方がまし」密出国の希望者は10倍に!?

ハミドさんのようにアフガニスタンからひそかに抜け出して、ヨーロッパに渡ろうとする人たち。

その実態を探るため、密航希望者が集まるアフガニスタン西部ニムルーズ州で撮影された映像を入手しました。

映像には、イランとの国境沿いの干上がった川のほとりに、イラン側の様子をうかがう複数の男性が映っていました。

夜など警備が手薄になった隙を狙って、イランに渡ろうというのです。

男性
「ここから先は危険で、死ぬかもしれないことは、分かっている。でもここにいたら、仕事もなく、貧しくて死んでしまうかも知れない。行くしか他に選択肢はないんだ」

近くの橋の上では、イランへ密入国したあと拘束されるなどした40人ほどが、アフガニスタン側に送り返されていました。

人々をイラン側に送り出す手引きをしている専門の業者に、匿名を条件にカブールで話を聞くことが出来ました。

タリバン復権以降この仕事を始め、イラン側に送り出した人の数はこれまでに3000人。この1年半で、客の数は10倍に増えていると言います。

タリバンの抑圧を恐れる人のほか、仕事が見つからず、パスポートやビザを入手するにも費用や時間がかかるため、正規の手続きを経ずに国を出る人が相次いでいるといいます。

イランへの密入国費用は1万6000アフガニ、日本円で2万5000円ほど。

失敗する可能性も高く、無事に出国できたときに支払うことになっています。

イラン、トルコと移動して、働きながら費用を貯めて、最後にヨーロッパを目指す人もいます。しかし、舗装された道路がない場所では、何日も歩かなければならず、業者はその道中の過酷さをこう表現しました。

イランへの密入国を手引きする業者
「10人連れて行くと、そのうち1人亡くなることもあるし、天候が悪いとその数はもっと増える。警備隊に撃たれる人もいる。トルコに行っても厳しい取り締まりにあうし、寒さで命を奪われる人も、イタリアを目指して地中海で溺れる人もいる。それでも、ここにいるより、海で溺れた方がずっとましなんだよ」

アフガニスタンでは、長引く干ばつなどで食料不足が深刻となり、人道支援を必要としている人は国民の3分の2にのぼるとも見られています(国連推計)。

干ばつにより荒廃したアフガニスタンの農地(2019年)

タリバンは、ひそかに出国する人たちへの取り締まりを強めていますが、食べるものも希望も失った人たちは、死のリスクがあっても国を逃れようと国境に向かい続けています。

ハミドさんの事故の波紋

一方、密航船が漂着したイタリア。

沖合で起きたハミドさんたちの死は、イタリアの人たちに「クトロの悲劇」として、大きな衝撃を与えています。船が沈没し、漂着したクトロの海岸には、事故から2か月がたっても、船の一部が残され、地元の人によって花やろうそくが手向けられていました。

海岸には手作りの十字架も置かれ、花と一緒に地元の高校生が書いた手紙も添えてありました。

手向けられていたイタリア語のメッセージ
「あなたは平和に子供を育てたいという希望を抱いて旅立ちましたが、運命は残酷なものです。私たちの海があなたがたを迎え入れなかったことをお許しください。悲しみが私たちの心に残っています」

町の人に話を聞くと、船が沈没した翌朝には海岸に多くの遺体が流れ着き、地元の人たちも生存者の救助や、遺体の回収を手伝ったそうです。遺体で見つかった94人のうち、26人が女性、34人が子供だったということです。

地元の30代の女性
「自分も母親として、子どもたちの未来のために国から逃れた母親のことを考えると胸が痛む。このようなことは二度と起きてほしくない」

犠牲者の遺体の多くは遺族のもとに返されたということですが、ハミドさんら一部の犠牲者は、地域の墓地に埋葬され、取材中も地元の人が花を手向けていました。

ハミドさんの墓

墓の管理人
「このあたりの地域の人もかつて世界に移住して、こうした悲劇を経験しているから、アフガニスタンの人たちへ愛を示しているのです。地元の人が手向けた花でここがいっぱいになりました」

渡れても続く苦難

しかし、命がけで海を渡った人たちにとって、いっそう厳しい現実も待っています。

多くのアフガニスタン人が目指す国の1つ、イタリア。ここで右派の連立政権を率いるのはメローニ首相。右派政党の党首としてこれまで移民の制限を訴え、去年10月に首相に就任しました。

イタリア メローニ首相

就任から2か月後には、NGOによる海上での移民や難民を救助する活動に事実上制限をかけたほか、クトロでの海難事故を受けて3月、町の名前をつけた「クトロ法令」を議会に提出し、成立させました。

イタリアではこれまで、ボートなどで入国した後、難民認定を受けられなかった場合にも、家族がイタリアにいる場合などには特別に滞在許可が認められ、就労ビザに切り替えることもできました。ただ、クトロ法令ではこの条件を撤廃し、今後は滞在が認めらないことから、強制送還の対象にもなります。

こうした法律が成立した背景にあるのが、ハミドさんのようにイタリアを目指す移民や難民の急増でした。

今年1月から5月中旬までにその数は4万6000人と、去年の同じ時期の4倍近くになっていました。

難民、移民を受け入れる寛容な政策では、さらに多くの入国者を呼び、イタリアにとっても負担となるとして、規制を強化しているのです。

メローニ政権は今後、チュニジアなど移民を送り出す国とも協力し、密入国者への取り締まりを強化しようとしています。

メローニ首相
「クトロのような事故を防ぐための唯一の方法は、不法な出国を止めることだ」

地元からは、政権の対応が厳しすぎるという声も上がっています。

現地で移民の生活支援を行うNGOの代表、ハムジ・ラビディさんも「クトロ法令」に否定的な1人です。国を逃れて船で渡ってくる人たちは、多くが書類なども持ち合わせず、難民の地位を証明できることも少ないため、「クトロ法令」はむしろ状況を悪化させると考えています。

移民の生活支援をするNGOの代表 ハムジ・ラビディさん

ラビディさん
「こんな法令を作っても移民が消えることはない。クトロ法令によってアフガニスタン、アフリカの国々など、母国に問題がある国から逃れた人もイタリアに滞在できなくなる可能性があり、送還されなくとも、不法滞在のまま路上で過ごすことになるだろう。イタリアの発展にとって彼らは必要なのに」

国内では抗議のデモもたびたび起きていますが、政権の対応が変わる見込みはありません。

ウクライナ侵攻の陰で

アフガニスタンからイタリアを目指した人たちの5000キロの道のりをたどって見えてきたのは、国に残っても国を出ても苦しみ、行き場をなくす人々の現実と、難しい対応を迫られる先進国の姿でした。

EU=ヨーロッパ連合に加盟する各国に正規の手続きを踏まずに入国した人の数は、去年33万人に達し、前の年から6割以上増えました。

2年間で200万人以上が入国した「難民危機」(2015年~2016年)以降では最大となっていて、EUも新たな対応を迫られています。中でも多いとされるのが、アフガニスタンのほか、シリアやチュニジアからの人たちです。

ロシアによるウクライナの軍事侵攻以降、ウクライナからの避難民には寛容な政策をとる国が多い一方、食料価格の高騰などに苦しみ、密航を試みる人たちは今後もいっそう増えることが予想されます。

命を犠牲にしてまで豊かな国を目指すアフガニスタンの人々をどうすれば救えるのか。ハミドさんたちの死は問いかけています。

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