2022年10月6日
フィンランド ロシア ヨーロッパ

“僕は人を殺したくない” 国境の町で聞いたロシア人の“本音”

「僕は人を殺したくない」

16歳の少年はこちらをまっすぐ見つめ、そう訴えた。

北欧フィンランドの国境の検問所。

ロシアから逃れてきた人たちは、それまで祖国では口にできなかった思いを、せきを切ったように話し始めた。

(ロンドン支局長・大庭雄樹)

終わりの見えない車列

9月27日。

フィンランドの首都ヘルシンキから、車で東に約2時間の場所にある国境の町ヴァーリマーに向かった。

検問所に着くと、ロシアから入国しようという車の列がどこまでも続いていた。

観光バスや、10人以上が相乗りしているワゴン車もある。

国境の検問所に並ぶ車の列(フィンランドとロシアの国境・2022年9月27日)

ただ、乗っている人たちは観光に来たわけではない。

プーチン大統領が9月21日に「予備役の部分的な動員」を発表したことを受け、軍に招集されるのではないかと危機感を募らせ逃れてきた男性や、その家族がほとんどだ。

道の途中には、仮設トイレが設置されているのも見える。

すでに防寒具が必要な冷え込みの中、列の先頭で1人1人車を降りて入国目的などを申告し、探知犬も使った所持品検査が終わるのを、誰もが辛抱強く待っていた。

話し始めたロシアの人たち

検問所を通ってフィンランド側に入ったところに、小さな休憩所がある。長旅の末、無事に入国できた安ど感からか、多くのロシア人がここで車を止めて一休みしていた。

最初に話を聞いたのはモスクワから来たという29歳の男性。

緊張しながら声をかけた自分が拍子抜けするほど、笑顔で明るく話してくれた。

モスクワから来た男性(29)
「フィンランドに仕事を探しに来た。観光ビザだけど。『逃げてきた』と言わせたいんだろうけど、そうは言わない。『彼ら(=ロシア政府)』が見ているから」
「ウクライナでの“特別軍事作戦”について、国民の間では意見が分かれている。特に私の親の世代はソビエト時代、唯一の情報源だった国営テレビを信じているので、多くの人が支持しているけれど、しょうがないことだと思う」

サンクトペテルブルクから来たという47歳の男性。

家族は、経営している店を閉じて、あとから来る予定だと言う。

サンクトペテルブルクから来た男性(47)
「フィンランドが国境を閉ざすかもしれないと聞いたので来た。ロシアに残っていたら、間違いなく危険だ」
「ウクライナで起きていることは悲しい。私の父は半分ウクライナ人で、祖父母はウクライナのスムイに住んでいたが、祖父は今回の戦争で亡くなってしまった」
「プーチン大統領は好きじゃない。みんな怖がっていると思う」

国境を越えてきたロシアの人たちはインタビューなど嫌がるのではないか。

そう思い込んでいたが、多くの人が堂々とカメラに向かって話をしてくれる。むしろ、話したいという感じだ。

「政策支持しないなら、刑務所に」

「記者の方ですか? 私たちの話を聞いてもらえませんか」

さらにインタビューする人を探していたところ、小柄な女性が人なつこい感じで声をかけてきた。

サンクトペテルブルクから来たという40歳の女性。

聞くと、16歳の息子とともに、バルト海に浮かぶフィンランドの自治領・オーランド諸島に向かい、そこでスウェーデン人の夫と暮らすという。

サンクトペテルブルクから来た女性(40)
「ロシア政府は部分的動員と合わせて、子どもにも圧力をかけるようになりました。息子が通う学校長が教育省の幹部の妻に代わり、まるで第2次世界大戦中のドイツのヒトラーユーゲントのように、愛国的な教育を強制するようになったのです」
「その新しい校長は、息子を退学させようとした私を『わが国の政策を支持しないなら、刑務所に入りますよ』と脅しました。ひどくショックを受けました」
「担任の先生は『教え子2人が春先に徴兵され、亡くなった』と言っていました。今週も、19歳ぐらいの5人が徴兵されたそうです。状況は日増しにひどくなっています」

女性は、私たちに訴えかけるように語気を強めた。

「僕は人を殺したくない」

かたわらにいる息子は背すじを伸ばし、母親の話をじっと聞いている。

母親に通訳してもらいながら、息子にも話を聞くことにした。英語は話せないということだったが、英語で質問すると、すぐにロシア語で話し始めた。

記者
「ロシアを出国して、どんな気分ですか」
息子
「ロシアは美しい国で、僕はロシアが好きです。でも、学校長が代わってからは、まるで軍隊のように周りと同じことをしなければならなくなりました」
「聖歌も毎日歌わなければいけません。時間に少しでも遅れたら、大量の書類を書かされ、その書類は警察や政府に送られるそうです」

記者
「あなたは16歳ですが、いつか動員され、ウクライナでの戦争に送られるかもしれないことを、どう思いますか」
息子
「僕はそのようなことには反対です。できれば逃げたいです」
「学校にいるのに、ある日突然動員され、人を殺しに行きたくはないです。そんなことを想像するのは、まったく嫌になります」

親子にお礼を伝えると、別れ際に母親が言った。

「早くすべてが終わることを願っています。
私たち、そして国民は疲れ果てています」

航空券代が約20倍に

フィンランドの国境警備隊によると、入国したロシア人の約60%がフィンランド経由で第3国に向かうという。

首都ヘルシンキの空港に行くと、確かに駐車場にはロシアのナンバープレートを付けた車が多く止まっている。乗り捨てて行くのだろうか。

出発ロビーにいた人たちに取材すると、行き先はフランス、ドイツ、スペイン、エストニアといったヨーロッパ各国のほか、中東のイスラエル、レバノン、東南アジアのインドネシアまで幅広い。

その中でも、圧倒的に多いのがトルコだった。

背景には、短期滞在であればビザがなくても入国でき、住宅を取得すれば在留許可が得られることもあるという。地理的にロシアと近く、中央アジア系の人たちなど、ロシア語を話す人が少なくないことも暮らしやすさにつながっているそうだ。

ロシア国内からトルコに向かう直行便は軒並み満席で、航空券の値段がふだんの約20倍に値上がりしている便もあるという。

旧ソビエト軍兵士も「脱出」

サンクトペテルブルクから来た54歳の男性も、トルコに行くという1人だった。

フィンランドに入るビザを持たない家族はロシアから直行便でトルコに向かい、エーゲ海沿岸のリゾート地ボドルムで合流するという。男性はとつとつと、しかしはっきりと語り始めた。

サンクトペテルブルクから来た男性(54)
「トルコに行く最大の理由は、隣国(=ウクライナ)との戦争だ。私は軍に動員されるのが怖い」
「私は30年前、ソビエト陸軍の軍人としてウクライナやポーランドに駐留した。当時のことをはっきり覚えている。もう2度と戦いたくない」
「これは“特別軍事作戦”ではなく“戦争”だ。プーチンは、私の祖国を乗っ取っている犯罪者だ」
「祖国からいいニュースが聞こえてくるまで、私は戻らない。どんな戦争にも必ず終わりがある。明るい未来を願っている」
「『ミール(=ロシア語で平和)』だ」

男性はそう言って、保安検査場に姿を消した。

警戒高まるフィンランド

しかし、ロシアからの入国者が急増したことを受け、フィンランド政府は9月30日、ロシアからの観光ビザでの入国を原則として禁止した。

議会の多数が、この決定を支持している。

フィンランドの最大野党・国民連合党 ヤンネ・サンケロ議員

ヤンネ・サンケロ議員
「多くのロシア人が、平和を求めてフィンランドに来ることは知っている。しかし同時に、ロシアはいま、戦争をしている。彼ら全員が善良であるという確信を、私たちは持てない」
「この状況は、すべてのロシア人に突きつけられた問いだということを、ロシア国民は理解しなければならない」

フィンランドは第2次世界大戦で旧ソビエトと2度にわたる戦争を経験。国土の一部が割譲された、苦い経験がある。

その後、隣国を刺激しないことを主眼に、70年間にわたって軍事的中立を保ってきた。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻に強い衝撃を受けてその方針を180度転換し、5月、NATO=北大西洋条約機構への加盟を申請した。

さらに、ロシアへの警戒感をいっそう高めたのが、フィンランド沿岸のバルト海を通るパイプライン、ノルドストリームで9月に起きたガス漏れだ。ヨーロッパでは、破壊工作によるものだという見方が強まっている。

ノルドストリームから海面に出る泡(バルト海・2022年9月27日)

ロシアから逃れてくる人たちの中に軍や情報機関などの関係者が紛れ込んでいたら、フィンランドだけでなく、ヨーロッパ全体の安全保障を揺るがす事態になる。そう受け止められたのだ。

閉ざされる「脱出ルート」

ロシアと国境を接するポーランドとバルト3国も9月、観光ビザでのロシア人の入国を原則禁止した。

今回のフィンランドの措置によって、ロシアからEU=ヨーロッパ連合の加盟国に直接入るルートは事実上閉ざされた。

ロシアからEUに入る最後の「ルート」は、北欧のノルウェーだ。

EU加盟国ではないものの、人とモノの移動の自由を定めた「シェンゲン協定」に加盟しているため、現時点でノルウェーからEU域内に移動することはできる。

ただ、そのノルウェーも、ロシア人の入国を制限する構えを見せている。

「専制政治が強すぎる」

こうした状況を懸念する1人が、モスクワ出身の劇作家ミハイル・ドゥルネンコフさんだ。

ロシア軍がウクライナに侵攻した直後の3月、フィンランドに出国。

その後、ヘルシンキを拠点に、逃れてくるロシア人を自宅に泊めたり、仕事探しの相談に乗ったりして支援している。

モスクワ出身の劇作家 ミハイル・ドゥルネンコフさん

ミハイル・ドゥルネンコフさん(43)
「ロシア人にとって、今は国内で抗議活動をする時ではない。プーチン政権による専制政治が強すぎる。抗議した勇敢な人たちが逮捕・収監され、何年間も迫害されてしまう」
「今や戦争は、1人1人の身近なところまでやってきている。この状況にみんなが危険を感じているし、誰も軍隊に入りたいとは思っていない」

プーチン政権と考えを異にするロシアの人たちへの支援は、ウクライナへの軍事的・経済的支援と同じような意義があるとも言える。

その一方で、逃れてくる人たちの数が増えるほど、フィンランドのような周辺国の警戒は高まる。

ロシアの「部分的動員」によって、国際社会は新たな難問を突きつけられた形となっている。

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