【取材の現場から】音楽を奏で続けるために

「人生は、音楽と同じです。少し音がずれても大丈夫。常に奏で続けることが大事で、決して止めてはならないのです」

リビウにある国立の音楽学校の校長、イゴール・ピラチュクさんの言葉です。

ウクライナ西部の主要都市リビウ中心部にある歴史のある音楽学校。ロシア軍の侵攻で、学ぶ機会を失った音大生約100人をウクライナ各地から受け入れ、寮と授業を無料で提供しています。

ピラチュクさんに校内を案内してもらうと、教室からは学生たちが奏でる、ピアノやバイオリンの旋律、そして歌声が聞こえてきます。

教室の1つで、声楽の授業を受けていたのは、ゾリスラバ・クシャノブスカさん(19)。キーウにある音楽学校に入学して、半年もたたずにロシア軍による攻撃が始まり、3月中旬に避難してきたといいます。

「生まれ育った街が攻撃され、歌う場所も奪われてしまいました。でも、この学校に受け入れてもらい、本当に感謝しています。将来、キーウの国立歌劇場で歌って、みんなに恩返ししたいです」

声楽の授業を受けるゾリスラバ・クシャノブスカさん

校長のピラチュクさんは、多くの人たちが命を落とし、家を追われている今だからこそ、音楽が大切だと話します。

校長 ピラチュクさん

「戦争は、文化を破壊し人々の命を奪います。一方、音楽には人や国を団結させる無限の力があるのです。私たちは、モーツァルトやベートーベンから受け取った音楽のバトンを、戦争を理由に途切れさせるわけにはいきません。音楽のすばらしさ、尊さを学生たちに伝え、次の世代につなげていってほしいのです」

ピラチュクさんの話を聞いて、音楽学校の取材の数日前に見た光景を思い出しました。
街の広場を歩いていると、突然、100人近い音楽家たちが、演奏と合唱を始めたのです。

演奏していたのは、ベートーベンの交響曲第9番の「歓喜の歌」。
美しい歌声と演奏。多くの市民が足を止めて、聞き入っていました。中には、歌詞を口ずさんでいる人もいました。

「常に奏で続けることが大事で、決して止めてはならない」

ピラチュクさんの言葉の意味を、少しだけ理解できたような気がしました。

  • カイロ支局

    スレイマン・アーデル

    カイロ支局で中東やアフリカ諸国の取材を担当。ウクライナ西部のリビウ取材班として、2週間にわたり現場を取材。