原子力

岐路に立つ原子力 規制は

岐路に立つ原子力 規制は

2022.09.26

ウクライナ情勢を受けて世界に広がるエネルギー危機への懸念。

 

その懸念は、東京電力福島第一原子力発電所の事故以降低下した原子力発電に対する評価を見直す機運を高めている。

 

日本も例外ではなく、政府は8月、既存の原発の最大限の活用と次世代原子炉の開発や建設を検討する方針を示した。

 

その原発の安全確保を担うのが、原発事故の反省から発足した「原子力規制委員会」だ。9月19日で発足から10年となった。

 

原子力をめぐる変化の波が押し寄せようとするなか、規制の独立、そして原発の安全は守られるのか。規制の現場とトップを取材した。

 

(科学文化部・長谷川拓)

原発事故教訓に高い独立性

原子力規制委員会が発足して10年。

世界最高水準の安全規制の実現を目指し、新たな規制基準のもと原発の審査に取り組んできた。

重視してきたのは、「独立性」だ。

原発事故を防げなかった背景には、“規制のとりこ”とも呼ばれた推進側とのなれ合いの構造があったと指摘された。これを踏まえ、規制委員会は原子力政策を推進する経済産業省から規制部門を切り離すなどして、独立性の高い、いわゆる「3条委員会」として設置された。

3年前にはテロ対策施設の完成が期限までに間に合わない原発に対して運転の停止を命じることを決めるなど、強い姿勢で電力会社と対じしてきた。

審査の陣頭指揮をとってきた更田豊志委員長(取材時点)は、規制委員会の発足当初から貫いてきた理念をこう語る。

原子力規制委員会 更田豊志 委員長(取材時点)

一番大切なことは利用側、推進側におもねることなく、自らが必要だと考える安全のレベルを追求することだ。

大きな変化に直面

その原子力規制委員会がいま、改めて「独立性」の維持が問われる大きな変化に直面している。

ウクライナ情勢を受けたエネルギー危機への懸念が高まる中、政府は先月、既存の原発の最大限の活用と、次世代の原子炉の開発や建設を検討する方針を発表。

電力各社からは審査効率化を求める声が

こうした中、焦点となっているのが審査の長期化だ。現在、再稼働に必要な審査が行われているのは7原発10基。長いところでは申請から9年あまり続いている。

早期に再稼働を進めたい電力各社からは、審査が一部の原発で長期化していることに対し、早い段階で論点を示すなどして効率化するよう求める要望が相次いで出された。

審査長期化の要因は?電力会社にアンケート

審査が長期化している要因は何なのか。NHKは原発がある電力会社11社にアンケートを実施した。

まず、事業者側に課題があるか尋ねたところ、既に審査を終えて再稼働した原発がある3社を除く、8社が「はい」と回答した。

この8社に具体的な課題を複数回答で尋ねると、以下のような結果になった。

▼地震、津波、噴火など自然事象に関する審査の対応・・・6社
▼専門的な知識や技能を持つ人材の不足・・・2社
▼原子炉など施設や設備の安全性に関する審査の対応・・・1社
▼審査が先行している事例について知見の共有が不十分・・・1社
▼社内でのコミュニケーションや情報共有の不足・・・1社
▼安全対策に追加投資するかどうかなど経営判断の難しさ・・・0社
その他…「先行プラント審査との差分の網羅的な抽出」

一方で自由記述をみると、以下のように規制側の対応に関わる内容が多く、事業者側の課題としつつも、事業者だけの問題ではないと考えていることも浮かび上がってきた。

「自然現象などは不確実性が大きく、目安や適合基準が不明確であることから規制側との共通理解に至るには相応に時間がかかる」
「審査の過程で規制側から新たな立証材料を求められることも多く、事業者側がどのレベルまで材料をそろえて準備に臨むかは課題」
「膨大な量の資料作成・確認等が必要になることから、多くの専門的な知識や技能を持つ人材が必要になる」

今度は規制側にも課題があるか尋ねたところ、「はい」と回答したのは5社で、「いいえ」はゼロだった(ちなみに残り6社は「回答できない」としていて、規制側に課題を伝えることのハードルの高さもうかがわせた)。

「はい」と回答した5社に具体的な課題を複数回答で尋ねると、以下の結果となった。

▼規制側と事業者側のコミュニケーション不足・・・4社
▼規制側の審査基準や要求が不明確・・・3社
▼規制側の審査にあたる人員の不足・・・0社
▼新しい知見への対応・・・0社

また、審査の進め方について提案があるか尋ねると、以下のように審査側が何を考えているのか早く知りたいという声が多くなった。

(提案の例)
 「審査の早い段階で追加の確認事項を共有」
 「審査会合およびヒアリングの機会向上」
 「審査ガイドや解釈について記載の拡充」

審査の進め方見直しも“電力会社の姿勢が重要”

規制委員会は今月、電力会社側の要望に応じる形で、会合の頻度を増やせるようにするなど審査の進め方を一部見直した。

原子力推進の機運が高まる中で、電力会社側への妥協ともとられかねない対応に映るが、トップはどう考えているのか。更田委員長に問うと、こうした見方を強く否定した。

(更田委員長)
我々は我々の仕事をこれまでと同じように、厳正な規制を心がけて、厳正な規制のもとで原子力の利用をどうしようという議論なので、私たちの役割が変わるわけではない。実際問題として、推進しなければならないから『ではちょっとまけとくか』と言い出したら原子力の利用はそこで終わるんだと思う。

その上で、審査期間の短縮には電力会社側の姿勢こそ重要だと指摘しつつ、「特効薬はない」とも断言した。

(更田委員長)
特に時間がかかるのは、原発の敷地内にある断層に活動性があるかどうかの調査だが、あらかじめ事業者が空振り覚悟でいっぱい調べて材料を整えて審査に臨めば、期間は自ずと短くなるが、『空振りの投資なんかできないよ』と、審査をやりながら探っていくケースでは、どうしても時間がかかる。
 経営者だって、空振り覚悟の投資を無尽蔵にできるわけではない。そこはおのずと判断をしていかないといけないので、特効薬があるとは思えない。急に審査期間が短くなることはないと思う。

審査の長期化をめぐっては、今後も議論が続くことが見込まれる。独立性と審査効率化のはざまで事業者とどう向き合うのか、規制委員会の対応には厳しい目が注がれている。

人材先細りの懸念も

一方、規制委員会自身も大きな不安要素を抱えている。懸念されているのは、人材の“先細り”だ。

実務にあたる原子力規制庁では、ここ数年、1000人あまりの定員に対し、毎年50人から100人ほど不足する定員割れが続いている。

さらに、年代別の割合で見ると、ことし7月1日時点では50代以上の職員が46%を占め、今の体制になった8年前から5ポイントほど増えているという。中核となる職員が高齢化し、技術的な能力の維持・継承が喫緊の課題となっているのだ。

背景には、原発事故以降、原子力の分野を志す若い学生や研究者が減っていることがあるという。

原子力規制庁 金子修一次長

原子力規制庁の金子修一次長は、今後への懸念を次のように語る。

(金子次長)
原子力に関心を持つ人の数の大きさ、パイが必ずしも大きくないこともあり、採用が思うようにはできていない。原発事故を経験した職員が、教訓や思いを忘れずに仕事をしているが、永遠に働くことはできず、世代交代がうまくいかないと能力も人数もなかなか満たない状況になってしまう。

実践から学ぶ 若手の育成

原子力規制庁の研修の様子

では、人材をどのように育成していくのか。

規制委員会では、2018年から、高度に専門的な知識を、基礎から身につけられる研修制度を導入。

経験豊富な65歳以上の職員も講師に加わり、原子力の審査や検査、それに危機管理などについて若手職員が1年間、集中して勉強する期間を設けている。

審査会合前の打ち合わせ(左が中野さん)

さらに、実践経験を積ませようと、研修を終えたばかりの若手職員を審査の現場に抜てき。入庁6年目、審査部門に配属されて4か月の中野裕哉さんもその1人だ。

先輩職員の助けも借りながら、原発の設備そのものの知識やこれまでの審査の経緯、それに法令や基準について理解を深めた上で、事業者に対してどんな指摘をするか吟味する。

指導にあたった幹部に、必要な能力を尋ねると…

(指導した幹部)
専門的な知識も必要だが、問題点を自分の頭で考えて指摘するのがすごく大事で、そこをしっかり鍛えていってほしい。

若手職員の中野さんも、先輩職員や審査現場での電力会社とのやりとりを通じて経験を積んでいきたいと話す。

原子力規制庁 中野裕哉 安全審査官

(中野さん)
いまはほぼ経験がなく、一つ一つの審査に対して、事前の知識がない状態で体当たりでぶつかっていくしかない。かなり負担だが、一つずつ自分の中で蓄積していって、自分の力に変えていきたい。

独立性と原発の安全を守れるか

原子力政策をめぐる変化が押し寄せようとするなか、基盤となる人材の確保や育成も容易ではない現状。

こうした中、発足から10年間、委員そして委員長として組織をけん引してきた更田委員長は9月で退任する。

独立性を保ちながら原発の安全を守り続けるために今後の規制はどうあるべきか。最後に改めて考えを聞いた。

原子力規制委員会 更田豊志 委員長

(更田委員長)
原子力の利用のためには、強い規制が必要で、その役割を私たちは担っているんだと思う。規制当局は常に批判されるのが役割のようなところがあるので、それに耐えるというか、それぞれが持っている内なる正義感に従って仕事をしていく、それがよい結果を生むんだと思う。

原発事故の厳しい反省の上に、原子力規制委員会が発足して10年。

人が変わる中でもその初心を維持し、信頼に足る規制を継続できるのか。

これからも問い続けていきたい。

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