多目的トイレ 誰のためのもの?
障害者や高齢者、小さな子ども連れの人などが使う、広めのトイレ。「多目的トイレ」「多機能トイレ」と呼ばれ、皆さんも目にしたことがあると思います。
しかし国は2021年3月、「多機能」や「多目的」といった名称を使用しない方針を示しました。世の中に浸透してきた名称なのに、どうしてなのでしょうか?
(社会部 記者 清木まりあ)
目次
トイレが混んでて入れない…
「入るのに30分以上待つこともあるんです…」
都内に住む工藤登志子さん(36)。筋ジストロフィーのため、7年前から車いすでの生活を送っています。
仕事などで週に数回外出し、いつも駅や商業施設の多目的トイレを利用しています。
自分が移動するルートのどこに多目的トイレがあるか、事前にチェックしていますが、最近は混んでいて、すぐに入れないことが日常茶飯事だといいます。
「車いすの方や小さな子ども連れなど、多目的トイレの利用が必要な人で混雑している印象です。ただ、あまりに利用時間が長いのでドアをノックするとすぐに出てくる、という人も多いし、“化粧”をしていたのかなという感じの人もいます」
利用者増加は国の調査でも
工藤さんが感じている「多目的トイレ」の利用の集中。
国の調査でも明らかになっていました。
国土交通省が、過去に障害者などを対象に行ったアンケート調査では「多目的トイレで待たされた経験がある」と答えた人が多く、「車いす利用者」では9割以上に上りました。
中には、「女性が化粧をする目的で使用していた」などといった声もありました。
多目的という名称のために、必要でない人も利用していたのです。
この実態を受け、国は2021年3月、建築物のバリアフリー設計のガイドラインの一部を変更。こうしたトイレについては「バリアフリートイレ」と位置づけ、「多機能」や「多目的」といった名称を使用しない方針を示しました。
つまり、誰でも入れるような名称は避け、障害者など利用者を絞ることで混雑を避けようというのです。
一方で、例えば「車いす対応トイレ」などと名称を絞ってしまった場合、ほかの利用者が使いにくくなるおそれもあります。
このため、「小さな子ども連れ」や、人工の肛門やぼうこうをつけている「オストメイト」など、利用できる人をわかりやすく示すピクトグラムでの表示を薦めています。
「多目的トイレの必要性がない人たちの利用も増えていると聞きます。利用対象を明確にして混雑しないようにすることで、本当に必要な人が困らないようにするのがねらいです」
多目的トイレはどうやって生まれた?
実はこの「多目的トイレ」の名称。そもそもは、国や自治体などが進めてきたものでした。
なぜそれを“撤回”するような事態になったのか、その歴史を知ろうと「多目的トイレ」の普及に大きく関わってきた専門家を取材しました。
見えてきたのは「社会の変化」です。
バリアフリーに詳しい東洋大学の高橋儀平名誉教授です。
「多目的トイレ」、もともとは「障害者用トイレ」や「車いす用トイレ」という名称でした。
しかし、障害者や高齢者が利用しやすいバリアフリーの考え方が社会に浸透していきます。
2000年代には法律の施行や改正もあり、トイレでも本格的なバリアフリー化が進んできたといいます。
車いす利用者だけでなく、乳幼児連れのためのおむつ交換ベッドや、オストメイト向けの洗浄設備など、次第に機能が増えていきました。
これによってトイレの名称も「多目的トイレ」や「多機能トイレ」と名付けられるようになったということです。
いわば、よかれと進めてきたトイレの多機能化。
しかし今では、多機能になったがために利用者が増え、入れない人が増える要因となってきているといいます。
「多目的トイレの利用集中は、障害者の社会参加が進んできた証だとも考えています。しかし、みんなが使いやすいトイレが逆に使いにくくなってしまった。1か所のトイレに、多くのバリアフリーの機能を押し込めようとするのには無理が出てきた。今回のトイレの名称の変更をきっかけに、日本のトイレのバリアフリーは、次のステージに向かうのではないかと思います」
名称変更に不安 オストメイトは
徐々に進んできた「障害者の社会参加」という社会変化が影響した、多目的トイレの名称変更。
一方で、取材した人の中には不安を抱える人も多くいました。
オストメイトの崎山達也さん(33)です。
オストメイトとは、病気や事故で腸の一部を切除するなどして、人工の肛門やぼうこう(ストーマ)をつけている人のことです。おなかには、便や尿をためておくための袋を装着しています。
袋にたまった排せつ物を流したり、袋を新しいものに交換するため、オストメイト専用の洗浄設備がついているトイレを使う必要があり、設備は多目的トイレの中にある場合が多いのです。
しかし、外見からは障害があるか分からないことが多く、そこに不安を抱えています。
「オストメイトは見た目で障害と分からないので、多目的トイレを使用する時に、他の人から『どうして健康そうなあなたが使うの?』と言われてしまう人が多くいます。多目的トイレの名称が『車いす対応』や『障害者用』などと表示されてしまうと、さらにそういう思いをする人が増えてしまうのではないかと不安です」
誤解されるのを避けるため、崎山さんは、ふだんからかばんにヘルプマークをつけています。
ヘルプマークは、外見ではわからない病気や障害などがあることを知らせ、周りの人の理解や配慮が必要なことを示します。
名称変更だけでは解決しない
こうした不安を解消するためにはどうしたらいいのか。
高橋名誉教授は、トイレの名称を変更するだけでなく、多目的トイレの機能を分散し、増やしていくことが重要だと指摘しています。
現在の多目的トイレほど、多くの機能や広さがなくても、一般の男女別のトイレの中に、車いす用や子連れ用、オストメイト用などの機能を分散させて設置するのです。
上の写真のように、実際にこうした機能分散が進んでいるトイレもあります。
中には、こうした機能があれば、多目的トイレを使わなくても大丈夫だという人もいるからです。
「多目的トイレの数が増えるのが理想ではありますが、スペースなど難しい面も多い。それぞれの機能を備えたトイレを増やすことで、これまで多目的トイレに集中していた利用を分散させることが重要です」
トイレは社会を映す鏡
今回、私は多目的トイレを利用する多くの方々から話を聞きました。
車いす利用の方、オストメイトの方、発達障害の子どもがいる方、高齢者の方、小さな子どもがいる方、潰瘍性大腸炎などの難病の方…。
話を聞いて感じたのは、トイレは多様な人々が暮らす社会を映す鏡だということです。
同伴者がいないと入れないので、一般のトイレの広さでは難しい。
病気でトイレを我慢できず、一般のトイレまで行くと間に合わない。
狭いトイレだと、発達障害の子どもはパニックに陥ってしまう。
その中には見た目で障害と分からない人も多くいます。
今回、ぜひ取材したかったものの、それがかなわなかった方もいました。
私と同じ30代前半の、オストメイトの男性。
外見では理解されにくいオストメイトの認知度向上に向けて、NPOを立ち上げて活動していました。
しかし病気の悪化で、男性は1年ほど前に亡くなられていました。
直接お話を伺うことはできませんでしたが、団体のメンバーから、男性が生前、大切にしていたという言葉を知ることができました。
『目に見えない障害者への理解も進めば、もっと良い社会になる、そう信じている』
それぞれの事情で、多目的トイレを必要としている人がいます。
まずは、少しの理解と意識を持つこと。
これが社会をよくするきっかけになるのではないかと感じました。
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