2021年01月22日
(聞き手:伊藤 七海 西澤 沙奈)
発行部数が14万部を超え、ビジネス書としては異例のヒット作となった「シン・ニホン」。「AI×データ」の時代において、日本の若者やビジネスマンがどう向き合い生き残っていくかを書き、読者の心をつかんでいます。「AI×データ」の時代って何?わたしたちはどうすれば良いの? 慶應大学SFCの教授で、ヤフーのCSOでもある著者の安宅和人さんに大学生が聞きました。
「AI×データ」の時代だと書かれていますが、私たち世代、若者はどのような心構えを持っていればいいんでしょうか。
大きい質問だね(笑)
安宅和人さん
慶應義塾大学 環境情報学部教授/ヤフー CSO(最高戦略責任者)
東京大学で生物化学を専攻、修士号取得後、マッキンゼー入社。イェール大学 脳神経科学PhD。2008年よりヤフーで戦略全般を担当。データサイエンティスト協会創立メンバー、理事。データ×AI時代での変革をテーマにした政府委員を多く務める。
まず、35歳以上の世の中の見立ては基本的にうのみにしないほうがいいと思いますね。
おー・・・
言い切れはしないですが、多くの場合、世の中に対する認識が間違っていると思います。
特に大きい組織に属してる人の言ってることは基本的に注意したほうがいいと思います。
既存の大きな仕組みのパーツを担っていますが、無意識の前提や枠を超えて世の中全体の変化を俯瞰したり、変革を仕掛けようということをされていないケースが当然ながら大半です。
結果、どうしてもフラットにものを見るのが困難になってしまう。これはその方々の頭の良さとかとは別の話です。
はい。
そのうえで今の世の中の変化に即した能力をつけていってほしい。
簡単に言えば、みんなが走るような競争で強い人、出来た社会を回す人だけではなくて。
あまり普通の人だったら目指さないようなことを仕掛けて、少しでもマシな未来を生み出すことを目指す人が、皆さんの中から少しでも多く生まれてほしいと願っています。
シン・ニホン
2020年2月にニューズピックスから発行。11月時点で14万部を超えるヒット。書店員や有識者が選ぶ「ビジネス書大賞2020」でソーシャルデザイン部門特別賞を受賞。現在は「AI×データ」、未来に残すに値する変化を生み出せるかが問われる時代だと指摘。その中での日本の立ち位置、求められる人材やスキル、どう未来に向けて仕掛けていくかを示した。
今起きている変化として、もうけの原理が変わってしまったことが本質的には大きいんです。
今までは「スケール」が「富」とほとんど同一語みたいなところがあったんです。
だから、大きな企業を作ればそのままお金になるということがありました。
はい。
でも今はお金の生まれ方が売上、付加価値の規模より、企業価値からが中心になっているんです。
企業価値は事業の規模も大切ではあるものの、よりよい未来を作る、あるいは新しい技術を使って世の中をアップデート、刷新する事業体が規模をはるかに超えて評価されるようになってきています。
サステイナビリティ、持続可能性という話もよく聞かれると思いますが、それは刷新の重要な軸の一つです。
そもそも「データ×AIの世界」ってどういう世界なんでしょう。
データもAIもよく聞くワードではあるんですけど、ピンとくるようでこないなって・・・
まさに今の時代がそうなんです。
だって、このオンライン取材もかなりの帯域を消費するデータ使って行っていますよね。
たしかに、そうですね。
皆さんの生きているこの社会、少なくともスマホやPC上で使うようなサービスについては、まさにデータとAIが相当使い倒されているんですよ。
で、皆さんSpotifyとか使ってると思いますけど。
Spotifyのリコメンデーションって、聴いてたらなんとなく自分にあってるようなものが流れてくるでしょ。
はい、流れてきます。
なんでかっていうと、聴いている曲の音のパターンとか歌詞とか似ているものを「深層学習」にかけて抽出したり、特定の曲を愛する人に刺さる曲を人やアイテムベースの協調フィルタリングで選び出したりしている。
そこから好みにあうものを「ゆらぎ」をかけつつ出しているんです。
これはまさに言ってみればAIなんですよ、実は。
本来、人間の達人でもできるかどうかということを軽々とやってのけている。
へー!
深層学習
神経を模した入力信号の処理を多層構造に重ねたアルゴリズムと、その活用による機械学習の仕組み。大量のデータから特徴などをみずから認識して結果を導く。画像認識や自動運転など、さまざまな分野で活用が進む。
さらに、検索はもうそんなもんじゃないっていうくらい複雑なAIと言えます。
皆さん何となくことばを打つじゃないですか。
すると、過去の膨大なデータと現在のトレンドに基づき、AIが最も関心を持っているだろうということばの文脈の推測をかける。
さまざまなリアルタイムなデータと日頃の関心からさらに検索状況と意図の推測をかける。
そうやって何重にも推測をかけて、本当は無限にある答えの中から意図を正しく推定します。
一方で、事前に意図ごとの答えもうまくくみ上げておいて、その二つをマッチさせてどんぴしゃの答えを出す。
更に、そのデバイスごとに適切な形で情報を出すのを一瞬のうちにやっていて、ちょっと人間業では不可能なレベルです。
そうなんですね。
僕のチームのある人が3年ほど前、「ベルサイユのばら」グッズの検索をかけたら、ほうれい線を消すグッズがリコメンデーションされてきたんです。
えー!
僕が(検索)かけても出てこないです、そんなものは。
それはその人の属性、過去のふるまいと、「ベルサイユのばら」っていうものを掛け合わせたら、関心領域にはほうれい線グッズがあるということで表示した。
で、実際その人は「なんで知ってんのよ」とか言って買ってるわけです。
へえー
この検索や音楽ストリーミングの利便性をたたき出してるのは、人間っていうよりもほぼ人間が作ったデータとAIの力。
ここでAIと言っているのはそれを支える計算機の力を含む、知的な情報処理を自動化する仕組み全体のことです。
このようなことが至るところで起きている社会を「データ×AI」社会っていうのだと思います。
で、AIが今まで入っていないすべての機能とか業界に一気に入ってくるのが今の瞬間。
例えばね、普通に考えて今一番世界で価値のある車会社ってどこだと思いますか?
えっとー・・・
普通に考えればトヨタだと思うんですよ。
あっはい。
けど、トヨタでした。なんですよ実は。
2020年7月にトヨタはテスラモーターズに抜き去られて、世界2位の
企業価値のクルマ会社になっちゃったわけです。
そして「企業価値」的にはテスラとトヨタには、現在は倍以上の開きが生まれています。
生産台数や収益規模的には依然圧倒的にトヨタのほうが大きいにもかかわらず、です。
テスラ
スペースXの創設者でもあるイーロン・マスク氏がCEO。独自に開発した電気自動車を販売。環境問題に敏感な層に支持されている。2020年7月1日に株価に株式数をかけた時価総額が日本円で22兆2200円に。トヨタ自動車を抜いた。
テスラが何をやってるかっていうと正直、車会社ではなくエネルギー会社です。
積んでいる蓄電池の容量は普通の家だったら1週間もつくらいの巨大な容量を抱えていてて、走る蓄電池と言ったほうがいいくらいです。
おー!
ドライビングアシストや電力の利活用はものすごいアルゴリズムが使い倒されています。
一方で、家の屋根材をまるごと太陽電池に変え、同じようにかなりの大型の蓄電池を備え付ける事業も行っていて、この電力でもちろんテスラ車も走らせられます。
そういった「データ×AI」的なものを使い倒している、サイバー的な能力でリアルな世界をアップデートするようなプレーヤーが色々出てきて、古い企業を置き換えようという動きが今、様々な分野で起きはじめてるんです。
その中で日本の立ち位置って、世界の中でどのあたりなんでしょう。
少なくともトップティアでないことは間違いないです。
よく、(その業界で)1列目にいる企業とか大学とかをティア1、その次をティア2、ティア3っていうんだけど。
サイバー×リアル、言い換えれば「電魂物才」化の戦いの中で見れば、ふつうの感覚でいくとティア2かどうかすら微妙、総じて見ればティア3に近いと思います日本は。
日本ってもうすでに・・・。
どう見てもティア1は中国とアメリカなんですよ。
この2国のトッププレーヤーたちを見ると、技術開発、実装されてるレベル、潤沢な投資余力、データ基盤、何もかもにおいて突き抜けてます。
なんで日本って出遅れてるんですか。
ひと言でいうと、何もやらなかったから。
えっ。
なんでやらなかったんだっていうくらい、やらなかった。
出遅れたっていうレベルじゃなくて、傍観してたんだと思います。
やれなかったじゃなくて「やらなかった」。
やらなかった。知ってて・・・?
これほど重要な変化だって意識がなかったんじゃないですか、この20年間。
それってなんでなんですか。
幸か不幸か、確かに最初の産業革命の時もフェーズ1的な局面で日本は何もやってないんです。
だいたい1750~60年ぐらい、蒸気機関とか電気とか新しい技術が一気に生まれてきたころ日本は幕末で、どちらかっていうとチャンバラをしていて。
19世紀後半、フェーズ1が終わるか終わらないかくらいの時に日本は開国という名で前のシステムを捨てたわけです。
はい。
最初は国家の強化をしないとと、西洋からの仕組みを一気に導入して、いわゆる富国強兵を徹底的にやった。
そのあと戦争が何度かありましたが、その前後で大量生産系の技術を導入しました。
先の大戦後は世界初の電卓、クォーツ式時計とか、フェーズ2、フェーズ3で世界最初のことを山のようにやった。
はい。
日本がここまでの国力を持つことができた最大の理由はフェーズ2とフェーズ3の勝者だったってことです。
で、なんで「AI×データ」の変化に出遅れているか、1つの理由は多分そこにあって。
前の産業革命の長らく続いてきた200年近い戦いにおいて、日本は最後には勝ったからです。
そのフェーズ2あたりの出来事に日本は甘んじちゃったってことなんですか。
特にフェーズ3における成功がきわめて強大だった。
例えば、新幹線とかテレビゲーム市場とか、ウォークマンとか。
フェーズ3というべきものは、相当な部分を日本が取りきってしまったっていうのは極めて大きいと思いますね。
そうなんですね。
そうした中でなんとかゲームをひっくり返そうと、アメリカがシリコンバレーを生み出したわけです。
数百年前まで世界一の国家であった中国も時代の潮目が変わるタイミングを虎視眈々と狙って、一気に勝負をかけてきた。
今ではGAFAMと言われている、Google、Apple、Amazon、Facebook、Microsoftの5社だけで日本の時価総額(東証一部上場の全企業の合計)を多分超えちゃっている。
日本ってもともと技術の高い水準があって、礎はできていると思うんですけど。
いや、それは半分正しいですが、サイバー、データ×AI視点では強い礎と言えるほどのものはないのです。
あ!ないんですか?
技術には2つあってハード系の技術っていうのと、サイバー的な「データ×AI」系の技術というのがあって、この2個はかなり独立なわけです実は。
日本はこっち(ハード系)だけあって、こっち側(データ×AI系)が正直あまりないんです。
ないというのは言いすぎですが、国力に見合った力がないのは事実で、片翼飛行状態なんです。
日本がそのソフトとかデータ系の技術を伸ばしていくにはどういった努力をすればいいんですか。
やる。
やる?
やる。
もう明治維新の時とか戦後の時同様の、狂ったようなエネルギーでやる。
その時のような危機感っていうのが今の日本企業にはあまりない?
全体観としては残念ながらイエスです。
だから旧来のプレーヤーの自助努力に任せておくだけではダメだと思います。
若き血が必要なんじゃないでしょうか。基本的にはそういう図式だと思います。
「データ×AI」時代に乗り遅れてしまったという日本。次回はその中で学生、若者がこれから身につけるべきスキルは何か聞きます。
編集:加藤陽平
あわせてごらんください
先輩のニュース活用術
教えて先輩! 慶應SFC教授・ヤフーCSO 安宅和人さん(2) AI×データ 生き抜くスキルは
2021年01月27日
先輩のニュース活用術
教えて先輩! 慶應SFC教授・ヤフーCSO 安宅和人さん(3) 若者はどう生きる?
2021年02月05日
時事問題がわかる!
目指せ!時事問題マスター 1からわかる!株・為替(1)なぜ株価がニュースなの?
2020年10月23日