2023年09月08日
(聞き手:堀祐理 吉田遥希)
就活中の大学4年生が主人公の夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」。
脚本を担当した兵藤るりさんも3年前は就活生の1人でした。夜ドラでは、自身の経験もいかしながら等身大の就活生を描きます。
実は兵藤さん、大学入学時には脚本家の道に進むとは想像もしていなかったんだそう。兵藤さん自身の選択の数々やドラマに込めたメッセージを聞きました。
兵藤さんはいつ脚本家という仕事を意識されたんですか。
大学に入った時に人とは違う習い事をしてみようと思って。もともとすごくドラマが好きで、脚本作りのスクールに通い始めたのがきっかけです。
脚本家 兵藤るりさん
お茶の水女子大学理学部数学科を4年生で中退し、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域に進む。2020年NHKのミニドラマ「就活生日記」で脚本家デビュー。8月からNHKで放送中の夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」の脚本も担当している。
プロフィールを拝見すると、大学は理学部数学科で今は脚本家で…
大学で学ばれたこととは全然違う道を進まれたんですね。
習い事としては脚本を学びつつも、大学に入った時は脚本を書いて暮らしていくなんてことはまったく考えていなくて。
そのまま大学院までいって、数学科で培ったことを生かせる職場で働くんだろうなって思っていたんですけど、気付いたらこんなことになっていました。
どうして考えが変わったんですか。
あまり良い理由ではないんですけど、中退する前は結構落ちこぼれだったんです。
3年から4年に上がる前に教授に呼ばれて「あなたは留年です」みたいなことを言われて。
3年生の夏から秋ぐらいに「ちゃんと卒業できるんだろうか」みたいな不安とか、「卒業できなかったら自分の人生どうなるんだろう」みたいな焦りが出てきて。
その時改めて人生を考え直したというか、自分の人生どうにかしなきゃいけないっていう思いがあって、東京藝大の大学院の受験に挑戦することを決めました。
理系の大学を中退して芸術系の大学院を目指すというのはすごく大きな決断だったと思うのですが、躊躇はされなかったんですか?
今、冷静になって思い返すとあの時の自分はおかしかったと思うんですけど…(笑)
何か行動を起こして、もんもんとした自分を変えなきゃっていう気持ちの方が大きかったので、躊躇はなかったです。
当時は脚本を書くことが一番楽しいと思っていた時期で、脚本を専門に学べるところが東京藝大だったんです。
それに、当時の教習担当の坂元裕二さんが脚本を担当されたドラマもすごく好きだったんです。
この人から学べるのであれば、一番自分にとって楽しくて良い選択肢だと思って選びました。
その後、東京藝大の大学院に合格されて、その時にはもう脚本家になろうと思われていたんですか。
いえ、実は、一度、就活をしているんです。
「新卒カード」って言葉もありますけど、新卒で就活ができるのは1回だけですよね。
まだ他の道があるのに脚本家を目指すことが果たして正しいんだろうかと。
1回ちゃんと就活をして、自分なりに冷静に考えることが自分としては正しいことなんじゃないかなと思ったんです。
どういう業界に応募していたんですか?
テレビ局とか制作会社といった業界を受けていました。
制作会社から内定をいただいて、迷いはしたんですけど、最終的に脚本家の道を選びました。
迷いながらの選択だったんですね。
社会人として踏み出す1歩目で、どこの会社にも所属せず、誰かから仕事をもらえるわけでもない脚本家の道を選ぶのは、本当に退路を断ってしまうぞっていう怖さがすごくありました。
脚本家としてやっていける自信もなかったので本当に期限のギリギリまで悩んで、内定先の会社にはすごく迷惑をかけたと思います。
最終的には、あまり明確な根拠はなかったんですけど、やっぱり今進むべき道は脚本の道なのかなと直感で決断しました。
大学を中退された時も、就活をすると決められた時も、大事な決断をする上でのポイントはあったんですか?
いったん立ち止まって考えることで100%自分の中でふに落ちるというか。
結果的に選んだ道でうまくいかなかったとしても「あの時あれだけ考えたんだからこれは間違った選択ではなかった」って心の底から思えると思うんです。
そのために、1歩1歩、何かしらを決断するときはちゃんと考えるようにしています。
そうして今の道にたどり着かれたんですね。
一度、就活を経験されて印象に残っていることはありますか。
私はコロナ禍の就活だったんですけど、リモート面接当日に回線がつながらなくて、急きょ電話で面接することになったんです。
知らないおじさんと電話でしゃべりながら面接して、ちゃんと伝わってるんだろうかとか、急に電話で対応できるのかってすごく焦りました。
そういったご自身の経験を脚本に反映されているんですか。
そうですね。これまでの脚本にも私の体験や友達から聞いた就活あるあるもシーンとして入れています。
例えば、パソコンの端っこにメモを貼って、それを見ながらオンライン面接をしたというのは友達が実際にやっていたことです。
8月から放送が始まっている夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」も就活がテーマですよね。どんなストーリーなんですか。
大学4年の女の子、「ほたる」が主人公です。
彼女は就活がうまくいっていなくて、せっぱ詰まって、幼なじみの女の子「美晴」の人物像を自分のESに書いてしまうんです。
そこからなぜかほたるの就活がうまくいきだして…という状況で、ほたる自身はESに書いた美晴の人物像を演じ続けなきゃならなくなります。
そうした展開の中で、ほたる自身が「自分って何だろう」ということを考えながら成長していく話です。
ほかの人の人物像をESに書いてしまう…すごく気になります。
オリジナルストーリーだと聞いていますが、一番兵藤さんらしいセリフを教えてもらえますか。
「私、変じゃないんです。変わったんです」というセリフです。
他人の人物像を演じる中で徐々にほたる自身が変わっていくんですけど、それを見た友達に「何か最近変だよ」と言われた時のほたるの気持ちを表現するセリフです。
物語のスタートは他人の個性を盗むことでしたが、もちろんそれを肯定する話ではないので、最終的にはちゃんと「自分って何だろう」というところに帰着します。
ほたるは最初は自己肯定感が低い子なので、どんどん新しい自分になる瞬間を見せたいと思っていて、その中で出てきたほたる自身の言葉です。
ほたるが変わっていく過程に思いを込められているんですね。
ドラマ全体としては、分かりやすく言うと「ありのままのあなたでいいんだよ」というメッセージを込めています。
「個性」って就活ですごく求められるので、本当に「ありのままの自分」でいいのかなと悩むこともあります。
そうですよね。多分みんな、人と違うことをしなきゃいけないとか、自分には何もないかもしれないと悩むことがあると思います。
個性って大げさに捉えられがちだし、私もそう思っていた時がありましたが、今回、等身大の就活生の人生に寄り添う中で、あまり大げさに捉えすぎなくていいんじゃないかと考えました。
何かと個性を求められはするけど、今の自分に無理して何かを取り入れたり背伸びしすぎなくてもいいんじゃないかなと。
どういうことですか。
今ある自分を、今まで自分が見ていなかった視点で切り取るだけでも個性って見つかると思うんです。
自分では個性だと思ってなかったことが視点を変えるだけで「自分らしさ」だと気がつくことがあると思うので、ドラマでもそういうことを伝えたいと考えています。
最後に、今回のドラマを通じて兵藤さんが就活生に伝えたいことを教えて下さい。
「自分を知ってくれている人はきっといる」ということです。
就活って、これまで生きてきた「自分」をすごくアピールしなきゃいけないし、個性を求められますよね。
どんな自分を見せたら内定をもらえるんだろうってすごく迷ったり悩んだりする中で、本来の自分を見失っていってしまう人もいると思うんです。
そういう人たちに、「本来のあなた自身を知ってくれている人はちゃんといるんだよ」ということを、このドラマを通じて感じ取っていただけたらと思います。
ありがとうございました。
脚本家として“自分だから書けること”にこだわる兵藤さん。後編では、アイデアの見つけ方や就活生にも欠かせない、自分の思いを伝える文章を書くコツをお聞きします。近日公開予定です。
撮影・編集 谷口碧
夜ドラ「わたしの一番最悪なともだち」(月~木 22:45~)
就職活動で連戦連敗中の大学4年生・笠松ほたるの青春物語。幼なじみで同級生の鍵谷美晴の個性を自分のものとして偽り提出したエントリーシートは、なんと通過。どう受け止めたら良いのかわからぬまま、次の面接、次の面接と、笑顔で嘘をつき続けていく…。出演:蒔田彩珠・髙石あかりほか。
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