2019年10月11日
(聞き手:高橋薫 田嶋あいか)
ニュースでよく聞くイギリスのEU=欧州連合からの離脱問題。
ずっともめているイメージだけど、そもそもどういうことなんだっけ?
私たち日本人にも影響あるってホント?
前ロンドン支局長の国際部デスクに1から聞きました。(2019年4月取材、10月11日改訂)
「ブレグジット」は「Britain(イギリス)」+「Exit(出口)」の造語です。
解説してくれたのは、国際部の松木昭博デスク。
経済部の記者として電機メーカーや財務省などを担当。その後、ロンドンに支局長として赴任、現地で実際にブレグジットを取材していました。
よろしくお願いします。松木さんがロンドンで取材していたのはいつ頃ですか?
ロンドンにいたのは2013年7月から2016年7月までの3年間。ちょうどその一番最後、2016年6月にイギリスで国民投票があって、EUから離脱することが決まってね。
日本に帰ってからも引き続きこの問題を担当しています。
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この問題、そもそものところがよくわからなくて。なぜイギリスはEUから離脱したいのですか?
EUのルールに縛られたくない、自分たちのことは自分たちで決めたいという思いが強いんです。
EU加盟国は28か国あるから、28か国で話し合っていろんなことを決めていかないといけないんですよ。合意した以上はルールに従わなきゃいけないけど、自分たちはこうしたいのにその通りにできないという不満がイギリスには根強くあったんです。
具体的にはどんな不満があったんですか?
特に国民投票のときにポイントになっていたのは移民の問題ですね。
移民の中でもEUの中で移動してイギリスに来る移民の問題が大きかったんです。
EUの中から来る移民ですか。
EUの中では人の移動が自由で、国境検査をしないで自由に動けるようになっているんですよ。ヨーロッパ旅行をしたことはありますか?
はい、あります。
電車に乗っていて国境を越えてもノーチェックで行けるんですね。
イギリスはEUの中では比較的景気がよくて仕事がたくさんあるということで、東ヨーロッパとか経済の調子がよくないところから多くの人が入ってきていた。
2008年以降の移民の純増減数を示したグラフ。
上から2つ目、青い折れ線グラフがEU内からイギリスへの移民。2012年頃から国民投票でEU離脱を決めた2016年頃まで右肩上がりで増えている。
国民投票で離脱を決めた2016年頃は、EU各国からの移民だけで大体年間20万人ぐらい純増していたんです。
移民の人たちも基本的にはイギリスの行政サービスを受けられるので、例えば病院が混んだり、小学校も増やさなきゃいけないとかそういうことが出てくる。
お金がかかるということですね。
そうそう。でも税金は払っているので、ちゃんと義務を果たして、権利を受けているんだけどね。
ただ、どうも肌感覚的に移民が多すぎるんじゃないかという気持ちが募っていったんです。
どうしたらいいんですかね。
EUの外から来る移民に対してはイギリスの権限で、東南アジアからはこれぐらいの人を受け入れる、インドからはこれぐらいとか、多すぎたら自分たちで制限して減らしたり、こういう人材が欲しいと思ったらそっちを増やしたりとか、そういうことができるんだよね。
だけどEUの中では人の移動が自由だから来たら基本的には制限できないんですよ。
法律を作ってもだめなんですか?
イギリスが法律を作っても、それがEUのルールに合わなかったらその法律は無効になってしまうんです。
それでEU離脱しか方法がなかったということですか。
そう。EUから出て、自分たちのことは自分たちで決められる権限を取り戻したいという思いが強まった。
当時よく言われていた言葉で「テイクバックコントロール」という言葉があって、自分たちの手でコントロールする、権限を取り戻そうという意味なんですね。
松木さんご自身もイギリスで暮らしていたときに、「移民が多いな」という感覚はありましたか?
あるといえばあるし、ないといえばなかったかな。ロンドンはもともといろんな国の人がいるところなので。
観光とかですか?
観光もそうだしビジネスもそうだし。あと、イギリスは昔から大英帝国時代の植民地も含めて世界中の国々と付き合いがある。
だから、インド系の人もいるし、アジアやアフリカ系の人もいるし、ロンドンではそれが当たり前なんです。増えているといえば増えているけど、もともとそんな感じだよねという感覚でしたね。
だけど、郊外に行くとね。郊外って、日本でもそうですけど、外国人がいると目立つでしょ。
そうですね。
街のあちこちで東ヨーロッパからの移民のための商店が目につくようになって、言葉も英語がネイティブじゃない人が増えて…というような変化は確かに起きていて、肌感覚として感じることはあったと思います。
それと、これはEUからの離脱を決めた2016年の国民投票の結果なんですけど。
紫の「EUに残るべき」と答えた人が多いのは、ロンドン周辺とスコットランドと北アイルランド。大都会以外のところは、ほぼ「離脱すべき」の赤ですよね。
すごい…。こんなにはっきり分かれているんですね。
だけど、移民の人たちは邪魔者なのかというと、絶対そんなことはなくて。たとえば移民の人が多く従事する農場や工場での仕事は肉体的に大変だし、給料だって金融とかに比べれば安いわけで。
イギリスの人があまりやりたがらない仕事をやってくれて、お金をためていずれは故郷に戻ろうという人もたくさんいたんですよね。
ただあまりに人数が増えて、それを自分たちで制限できないというのはやっぱりよくないという意見が郊外ほど強かったということなんですね。
「イギリスらしさが失われていく」とかそういうこともあるんですか?
そうですね。そういう言い方をする人もいましたね。さらにもうひとつ、離脱したい大きな理由があったんだけど、それが貿易。
貿易ですか。
EUの中にいると、EUの外の、例えばアメリカや日本と貿易交渉をするとき、自分たちではできないんです。EUとして交渉する。
最近も日本とEUのEPAが発効したというニュースがあったけど、知っていますか?ワインやチーズが安くなるとか聞いたことない?
聞いたことあります。
あのEPAは日本とEUが交渉してまとめたのね。
貿易交渉をするときは、イギリスも含めた加盟国の意見を反映させてやるんだけど、やっぱりイギリス独自でやりたいこととか、得意な産業、守りたい産業がある。
28か国もあるとみんなの利害を調整して合意を作っていくのは大変だし、時間もかかるんですよね。
確かにそうですよね。
イギリスは、GDPの規模が世界で5番目の経済大国なんですよね。だからEUから離れても自分たちだけで十分やっていけるはずだという自負もある。
世界中に大英帝国の頃からの仲間もいる。直接交渉すれば時間もかからないし、もっとイギリスの利益に合った交渉ができるはずだという思いが強かったんです。
あとは、もともとEUに対するスタンスもほかの国とは少し違っていたんだよね。
どう違うんですか?
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EUの成り立ちを少し整理しようと思うけど、第2次世界大戦ではヨーロッパも戦場になりましたよね。その反省から二度とヨーロッパで戦争を起こさないようにしようと、そのために作った仕組みが今のEUのきっかけなんですよ。
そうなんですか。
社会科で勉強したことがあるかもしれないけど、ECSC=ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体って聞いたことあるかな。
1950年代にフランスと西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクが始めたんだけど。
戦争に発展した争いの原因のひとつでもあった石炭や鉄鋼を共同で管理、生産して経済的利益を共有すれば、けんかしにくくなるでしょうと始めた仕組みが徐々に大きくなってEUにつながっていったんです。
そうだったんですね。
そういう意味で言うとイギリスは戦勝国で、戦争の反省というスタンスにはならないわけです。物理的に大陸と離れていることもあって、当初イギリスはECSCには入らなかった。
その後、ECSCをきっかけにEC=ヨーロッパ共同体ができて、みんなで大きな市場を作っていこうという機運が高まっていった。後のEUへとつながる地域統合の道を歩み始めたんです。
イギリスも経済の低迷などもあって、一緒にやったほうがいいのでは、という方針に変わっていって、1973年に当時のECに加盟したんです。つまりイギリスとしては経済的な動機が大きいわけなんですよ。
一人で戦うよりは、ということですね。
そうそう。戦争を起こさないという理念よりは経済的な利益を取りたいというね。
その後、ECはどんどん大きくなって東ヨーロッパの国々も入ってくるようになった。今まで全然違う経済の仕組みでやっていた国も仲間として受け入れるためには制度を共有しないといけない、資金援助もしてあげないといけない。
そのために経済だけではなくて、政治的にも権限のある組織にECを変えていかないといけないという流れになっていった。それで1993年にEUができた。
流れは、よくわかりました。そうなりますよね。
でも、経済的な動機が強いイギリスからすると、「いや、我々はもともと経済のために参加したんだから」ということになる。
EUはどんどん統合が「深化」して、バラバラの国の集まりだったのが1つの国みたいに権限を持つようになっていくんだけど、そうなるとイギリスとしては距離を置きたいわけですよ。自分たちの権限を守るために。
例えば通貨。EUの多くの国はユーロという通貨を共有しているけど、イギリスの通貨は?
ポンドですか。
そう、ポンド。イギリスはEUに加盟しているのに独自の通貨と中央銀行を持っている。これも自分たち流にやりたいことを実現するために非常に重要なツールなんですね。
たとえば景気が悪くなって対策をするときに、複数の国のバラバラの経済をコントロールするより、イギリスだけで判断できたほうがいいでしょう。
あと、さっきEU内では人の移動が自由で、国境を越えてもノーチェックで行けると言いましたよね。でもイギリスに行くときは一応チェックされて入国カードとか書くんですよ。
そうなんですか。
やっぱり国境管理は国としてやるべきだということで、独自のスタイルを維持してきたんです。
イギリスは、EUの中にいるんだけど、ちょっと距離を取るスタンスを保ってきた。仲間なんだけど意見は違うというのかな。
でもヨーロッパ側からすると、「イギリスはいいとこ取りをしているんじゃないの」というふうに感じるわけですよ。
私もお話を聞いていてそう感じました。
先ほどグラフを見せていただいて、2012年以降、移民が急増したというのはわかったんですけど、国民投票の2016年までわずか4年でEU離脱という結論までいってしまったというのはすごく短いように感じるんですけど。
それまでに蓄積されていたいろんな不満があったんですよね。
イギリスはEUに年間1兆円ぐらい予算を出しているけど、ヨーロッパ全体のために使われるものだからイギリスにはあまり戻ってこない。それだったら自分たちのために使えばいいじゃないかという不満があった。
そうなんですね。
それからEUって規制がすごく細かいんですよ。自分たちには必要ないと思われるような規制もEUのルールだからとそれに縛られてしまう。
たとえば1つの農地に必ず3種類の作物を植えないといけないとか。あとは、自動車のライトやブレーキランプの位置はここじゃないといけないとか、掃除機の吸引力をこれぐらいにしないといけないとかね。
えー!そんなことまでですか…。
いろんな不満があって、移民の問題もあったことで不満がピークに達して国民投票をやることになったんですね?
そうですね。まあでも国民投票をやったのはある意味、賭けだったんですよね。
どういうことですか?
今のメイ首相の前は、キャメロンさんという人が首相でした。このキャメロンさんが国民投票をやったんです。
イギリスには保守党と労働党という二大政党があって、メイさんもキャメロンさんも保守党出身なんだけど、この保守党というのは、もともとEUの在り方に不満を持つ人たちが多い党なんです。
それで、キャメロン前首相は党内の意見をまとめるのに常にすごく苦労していた。EUに出す予算を決めたら「そんなに出す必要があるのか」と言われたり、EUに優しい姿勢をとると「なんでそんなに妥協するんだ」と言われて。
そうなんですね。
この問題を抱えたままだと政権運営がうまくいかない。だったら一度、国民の信を問うて白黒はっきりさせよう、それでEUに不満を持つ人たちを黙らせようと考えたんです。
キャメロンさんは勝てると思っていたからね。5億人の市場で、ヒト・モノ・カネが自由に動くという最高の環境があって、その恩恵をイギリスはたくさん受けていると、そう訴えれば国民は必ずわかってくれると信じていたんです。
それが賭けということですね…
そう。でもその賭けに負けてしまった。
離脱の結論が出るのは想定外だったんですね…。
国民投票の結果に法的拘束力はあるんですか?
法的拘束力はありませんが、民主主義国家において、主権者の国民が示した結論というのは最大限、尊重されるべきでしょ。
だから、キャメロンさんの後任のメイさんも、「民意を実現するのが私の仕事だ」ということで、EUからの離脱を何とか実現しようと奔走しているわけです。