2020年01月31日
(聞き手:井山大我 工藤菜摘)
政府への抗議活動が収まる気配のない香港。なんでこんなにもめ続けているの?そもそも香港ってどんな場所?香港が中国に返還された年と同じ、1997年生まれの学生リポーターが聞きました。
デモの参加者が99.9%減ってどういうこと?
中国が進めた「香港国家安全維持法」って何?
【改訂版】1からわかる!香港の混乱【前編】「なぜ、デモは激減したの?」
【改訂版】1からわかる!香港の混乱【後編】「中国VSファイブ・アイズ」
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解説は、「キャッチ!世界のトップニュース」(月~金 8:00~8:50 BS1)の松田智樹キャスター。国際部を経て広州支局、香港支局で勤務し、香港での取材経験が豊富です。
みなさん、香港に行ったことはありますか?
僕はないです。
私はあります。香港ディズニーランドに行きました。
地図をみると、香港は中国の南に位置しているのがわかると思います。
すごく小さいですね。
広さは東京都の半分ぐらいで、およそ750万人が住んでいます。横浜市の人口が370万あまりだから、その2倍ぐらいかな。高層ビルが建ち並び、金融や貿易の拠点となってきた都市なんです。
そうなんですね。
香港に日本人は何人住んでいると思います?
1500人くらいですか。
1万人くらいでしょうか。
答えは2018年10月1日の時点で2万5705人。どれぐらい多いかと言うと、都市別に見ると世界で9番目に多いんです。(※外務省 都市別在留邦人数推計上位50位推移より)
1400社あまりの日本企業が拠点を構えています。それから日本の農林水産物の輸出額も断トツで香港がトップ。
知りませんでした。
2019年に香港から日本に旅行に来た人の数は、なんとのべ229万人です(※日本政府観光局(JNTO)より)。香港の人口がおよそ750万人だから、単純計算で3人に1人が日本に来たことになります。
えー、すごく多いですね!
どうですか?あまり意識していなかったかもしれないけど、日本とすごく関係の深い場所なんですよ。
初めて海外に駐在したのが香港というビジネスマンも多く、就活生とも無関係ではないんです。香港の証券取引所は新規上場数では世界トップクラス。就活生の中には、将来、香港の金融機関でアナリストとして働く人もいるかもしれませんね。
一国二制度って、1つの国の中に2つの制度があるということなんですが、香港ってどこの国の植民地だったか知っていますか?
イギリスです。
正解です。1842年にアヘン戦争が終わったあと、150年以上植民地としてイギリスが統治してきたんだけど、1997年に中国に返還された。
その前に、イギリスと中国は文書にサインし、『一国二制度を50年間続ける』と決めたんです。
50年間…。
そう、2047年までの50年間。
一国二制度というのは、香港が社会主義国の中国にありながら、特別行政区として外交と防衛以外は「高度な自治」が認められている制度です。
高度な自治…?
例えば、自分たちの政府があり、資本主義や司法の独立などが保障されている。
政府があったらそれはもう国ではないのですか?
そう感じるかもしれませんね。あくまで外交と防衛は中国がやります、でもそれ以外のことは任せるよ、というのが高度な自治です。
中国は共産党の一党支配の国。憲法にも共産党が人民を指導するって書いてある。
でも香港は、民主主義、言論の自由、集会の自由、報道の自由…そういったものが全部認められている。独自の教育システムもあるし、通貨もパスポートも別。
実はオリンピックの開会式でも、香港の選手団は中国とは別に入場行進するんです。
そうなんですね。
だから、一国二制度が認められた香港は、国に準じるようなものと言えると思います。
香港が中国に返還されたとき、わざわざ一国二制度という形にしたのはなぜなのでしょうか?
ひと言でいうと“激変緩和措置”です。イギリスの法制度や資本主義のもとで生きてきた香港の人たちが中国の社会主義に慣れるまでには時間がかかるので、いわば過渡的な措置がとられたというわけなんです。
香港が中国に完全に戻ってくるまでの50年間、一国二制度のもとで徐々に分かり合っていこうという考え方ですね。
返還当時、中国がひねり出した知恵というか、工夫の1つと言えるかもしれません。
なぜ香港の人たちはいま抗議活動をしているんですか?
これですね、自由と民主への危機感。
どういう意味ですか?
ちょっと話は前にさかのぼります。
返還から6年後の2003年に香港で大規模デモが起きました。それが国家安全条例に反対する50万人デモ。
どんな条例なんですか?
国家を分裂させたり、反乱を扇動したりする行為を禁止するのが国家安全条例で、香港の憲法にあたる香港基本法の中に『香港政府がみずから制定しなければならない』って書いてあるんです。
その条例が制定されれば、一国二制度で認められているはずの表現の自由や民主主義が損なわれるかもしれないと怒って50万人がデモに参加した。
テレビを見ていると、今の抗議活動がすごいという印象がありますけど…。
実は違うんです。香港では、これまでに何度も抗議活動が行われてきました。自由や民主を守ろうという精神は、脈々と受け継がれてきたんです。
その後、香港政府は国家安全条例の撤回に追い込まれたんですが、北京オリンピックが開かれたときには『メダルを量産する強い中国は誇らしい、中国人って悪くないな』って思った香港の人たちが増えたんですね。
そうなんですね。
でも、今度は2012年に愛国教育の必修化っていうのがあって、小中学校で「共産党は素晴らしい政党だ」ということを教えようとしたら、大勢の人たちが抗議して。
家族連れや中高生がデモに参加して、『国を愛する気持ちは自然と出てくるもので、国から強制されるものではない』ってハンガーストライキした人もいた。
ハンガーストライキまで!
ハンガーストライキの先頭に立っていたのが、当時高校生だった黄之鋒(こう・しほう)さん。日本のメディアの取材に堪能な日本語で応える周庭(しゅう・てい)さんも、このとき黄さんたちと同じ学生団体で活動していたんですよ。
ここがスタートだったんですね。
そう。彼らの抗議活動を受けて、香港政府は愛国教育の必修化を撤回することになった。
その後、2014年には黄さんや周さんなどの若者や市民が民主的な選挙を求める抗議活動『雨傘運動』を展開します。1200人の代表が間接選挙で選ぶ香港トップの行政長官を市民が直接選べるようにしてほしいという運動でしたが、最終的には当局に強制排除されました。
さらに2016年には、中国共産党に批判的な本を扱っていた香港の書店の関係者が相次いで失踪したあと、中国当局に拘束されていたことが判明します。高度な自治が認められている一国二制度を無視して、連行されたのではないかという懸念が一気に強まったんです。
怖いです…。
ほかにも選挙管理当局が政治的な立場を理由に立候補を認めないなど、香港の人たちがこれまで守ってきた民主とか自由とか人権といったものが骨抜きにされているという怒りや不満がどんどんたまっていったんだ。
最近の抗議活動は、突然起きたのではなく、これまでの流れがあったということなんですね。
そうなんです。そういう中で、2019年に香港政府が容疑者引き渡し条例の改正案を議会に提出し、香港で中国に批判的な活動をしている人が中国側に引き渡される可能性も出てきた。
そうなれば、まさに一国二制度が脅かされる非常事態で、みんな「マジかっ!」って思ったわけですよ。
「あれ?中国は裁判所も共産党の指導下にあるから、罪をでっちあげられることもあるんじゃないか」と不安が高まったんですね。
どんな人たちが心配したんですか?
香港政府や中国に反発する民主派だけでなく、経済界も心配したんです。
というのは、ほとんどの香港企業が中国に工場を持っているのですが、中国は環境規制や税金などでグレーゾーンが広く、地元政府の裁量が大きい。最初は正しいと言われていても、あとから法律などに違反したとして捕まってしまうことがあるかもしれない・・・。
だから今回、長期にわたって抗議活動が続いたのは、市民や企業関係者など本当に多くの人たちが反対したからなんですよね。
自分たちが中国に連れていかれたら大変だって、自由が奪われることへの恐怖心や危機感から、100万人、200万人っていうデモに発展したんだと思います。
皆さん、ふだんどんなSNSを使ってますか?
ツイッター、インスタグラム、フェイスブックの3つです。
ツイッターやフェイスブックだけでなく、LINEも中国では特殊なサービスを使わなければ利用できないんです
香港では何もしなくても普通に使えるんですか?
使えます。
じゃあ、香港から中国に行ったらLINEが使えなくなるっていうことですか?
そうです。ヤフーやグーグルといったサイトから検索することもできません。だから中国の人は、中国企業が開発したSNSや検索サイトを使っているんです。
もし、皆さんがこれまでSNSを通じて自由に意見を表明していたのに、あすからツイッターもフェイスブックも使えないとなったら、どう思います?
えー、嫌だー。
デモ、しちゃうかもしれないです。
そうですよね。香港ではまだ自由に自分の考えを発信できますが、中国の締めつけはどんどん強まっています。
行政長官の権限でいかなる規則も定めることができる「緊急状況規則条例」などを使って、一国二制度が保障されている2047年を待たずに自由が制限されてしまうのではないか。香港の人たちはすでに大きな圧力を感じているんです。
もう1つ、例を挙げますね。香港にはJR東日本のSuicaと同じようなオクトパスカードという交通系の電子マネーがあるんですけど、デモに参加する若者はこのカードを使わないんですよ。
どうしてかわかりますか?どこで乗ってどこで降りたかといった情報が記録されるので、政府や警察による取り締まりを警戒しているんです。そうした情報が残らないように硬貨を持って公共交通機関を利用してデモに参加するほど、政府や警察、その背後にいる中国共産党の動きに対して敏感になっているんです。
ちょっと日本では考えられないです。
身体の自由、表現の自由、言論の自由、集会の自由といった自由が、1つずつなくなっていくのではないかという危機感を考えると、香港の人々が将来を心配する気持ちがわかるようにも思います。
香港のシンクタンク『香港民意研究所』が行った世論調査では、「あなたは一国二制度を信じていますか」っていう質問に対して、2019年には61.5%の人が信じてないって言ってるんですよね。
返還直後の1997年は、信じていないっていう人は18.7%しかいなくて、信じている人が64%。でも2019年には、一国二制度を信じますって人は33.8%で半分になっちゃっている。
あと、2019年12月に行われた同じシンクタンクの調査で「あなたは香港人だと思いますか」っていう質問に対して、18歳から29歳の人は、81.8%の人が「自分は香港人だ」と思っている。30歳以上の人でも、比率は下がるけれども50%ぐらいの人がやっぱり自分たちは香港人で、中国人と違うと思っていて。
じゃあ、「あなたは中国人ですか」というふうに聞くとね、1.8%…
えっ。
「自分が中国人だ」って思う18歳から29歳の人はこれしかいない。
でも北京オリンピックがあった2008年には30%ぐらいあった。だいたい3分の1が「自分が中国人だ」って思っていたのが、11年後には1.8%まで減少した背景には、香港の人たちの中国に対する厳しい見方があるのは間違いないね。
▼中国が進めた「香港国家安全維持法」って何?
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【シリーズ 1からわかる!香港の混乱】
(4)「中国はどうしたいの?」
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編集 宮脇麻樹
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