2020年10月07日
(聞き手:勝島杏奈 田嶋あいか)
香港の自由と民主主義を揺るがしかねない「香港国家安全維持法」。この法律をきっかけに「日本人も逮捕されかねない!?」、「ファイブ・アイズ」と中国との関係がキーポイントになる、いったいどういうこと?香港での取材経験が豊富な松田智樹デスクに聞きました。
「香港国家安全維持法」には、さまざまな国が懸念を持っています。
松田
デスク
1からわかる!香港の混乱【前編 なぜデモは激減したの?】はこちらからご覧ください。
学生
田嶋
なぜですか?
実は、法律の38条に「香港の永住者でない人が香港以外で行った犯罪にも適用される」と書いてあるんです。
つまり、私たちが東京でデモに参加し、「香港の独立を認めるべきだ」とシュプレヒコールを上げた後に香港に行ったら、「あなた、東京で国を分裂させる運動に参加しましたよね?」ということで逮捕される可能性があるんです。
なぜデモが起きたの?1からわかる初版のシリーズもあわせてごらんください。
▼1からわかる!香港の混乱(1)「なぜデモしているの?」はこちらからご覧ください。
▼1からわかる!香港の混乱(2)「誰がデモしているの?」はこちらからご覧ください。
東京に住んでいる私たちが、東京でデモに参加しただけでですか?
可能性はあります、法律に書いてあるので。それはロンドンでもニューヨークでもワシントンでも同じです。
学生
勝島
それは困るというか怖いですね。
そうですよね。すべての外国人に当てはまるので、「それってどういうこと?」ってみんな不安に思うわけですよ。
香港は国際金融センターとして、世界中の金融機関が集まっていますし、貿易港としても有名なのに、そこに来た人がいきなり逮捕されたら不安を通り越してもう恐怖ですよね。
日本はちなみに香港に1400の企業が拠点を構え、2万6000人が住んでいますので、決してひとごとではないと思います。
いつ逮捕されてもおかしくないということですか?
そうです。
ほかにも、香港の自由や、今まであった権利がなくなってしまうことへの批判もあって、問題視されています。
例えばこれまで香港は報道の自由が保障されていたので、共産党のことも政府のことも批判できたんです。
でも、今は共産党の批判をしただけで国家安全維持法違反になっちゃうんです。
そこまでするんですね・・・
「政権の転覆を図った」ことになりますから。だから多くの国々が反対しています。
そこで今後の鍵になるのが「ファイブ・アイズ」です。
初めて聞いた言葉ですが、なんですか?
ファイブ・アイズというのは、アメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダ・ニュージーランド、英語を母国語とする5か国のことです。
これから、この国々と中国との争いが激しくなっていくとみられます。
例えば、アメリカと中国はもともと様々な点で対立しています。
米中貿易摩擦やファーウェイをめぐる規制、南シナ海の領有権、それに、少数民族のウイグル族を強制収容所に入れて人権をないがしろにしているのではないかといった問題などです。
国家安全維持法が施行された後、トランプ大統領はこれまで香港に認めてきた貿易などの優遇措置を撤廃する大統領令を出したり、香港の自治を損なった人の資産を凍結する制裁を科したりしています。
つまり、中国に対し「香港への締めつけをやめなさい」と言っているんですね。
対抗しているんですね。
イギリスは香港をもともと植民地として統治していましたよね。
だから、イギリスは、香港の市民に「BNO(= BRITISH NATIONAL OVERSEAS、海外のイギリス市民)」という特別なパスポート、滞在許可証を発行しています。
これを持つ香港市民は、これまでは滞在期間が6か月だったんですが、今回の問題を受けて5年に延長し、将来的に市民権を取得することも可能ですよということにしたんです。
その対象者は290万人に上るといわれています。
290万人ですか。
香港の人口が750万なので4割近くが対象になる可能性があります。
4割って多いですね。
オーストラリアも香港市民を対象にビザの有効期間を延長して、その上で永住権の申請も可能にしました。
あと、5か国全部が、香港と結んでいた犯罪人引き渡し条約を停止しました。
つまり、香港で犯罪の疑いをかけられた人が「ファイズ・アイズ」の国々へ逃げてきたら、各国が香港に引き渡すよっていう条約を結んでいたんです。
でも、香港に引き渡したら中国に連れていかれちゃうので、停止したということなんです。
対決姿勢がどんどんレベルアップしている感じですね。
それ以外にも軍事物資とか戦略物資などの輸出管理を見直すと言っています。
「ファイブ・アイズ」と中国との関係がこれからどうなっていくのか要チェックです。
5か国は、なぜそこまでして中国に対抗しようとするんですか?
アメリカを筆頭に「対中包囲網」を構築しようとしているということですね。
実は「ファイブ・アイズ」はもともとは機密情報を共有するための枠組みだったのです。
それに加えて、いまでは自由や民主主義、それに法の支配といった価値観を共有する国々として連携を深めていると言えます。
中国はこうした国々を敵に回して大丈夫なんですか?
大丈夫だと言っています。
強がっているだけじゃなくて…?
自分たちは14億人いるし、共産党の指導のもとでしっかり対応できるんだって言っています。
中国にとってはこれから重要なイベントがすごく多いんですよ。例えば、2021年の7月は共産党創立100年の節目なんです。
そうなんですね。
だから、あんまり弱気なことを言っていると、国民に示しがつかないですよね。
「共産党には間違いがない。お前らついてこい!」って言っているのに、負けるわけにはいかない。
もし「すみません」って謝ってしまったら、突き上げられますよね。
たしかに。
さらに、2022年には5年に1度の共産党の党大会という重要な会議があって、習近平国家主席の続投の方針が決まるのではないかとみられています。
2018年に憲法を改正して国家主席の任期が撤廃されたので、たぶん、習主席はトップに居続けるでしょう。
だから、強気の姿勢というのはこれからも変わらないとみています。
中国にとって香港の存在って、どんな意味、役割があるんでしょうか?
地図を見てほしいんですが、この緑の丸が香港なんです。
小さいですよね?
ほんとに小さい・・・
中国共産党にとっては日本の25倍の面積に暮らす14億人の方が大事で、香港というのはあくまで750万人が住む小さな都市なんです。
だから、中国共産党が今、何をしたいかというと、創立100年という重要な時に中国の国内と香港を安定させたい。
できれば、これまでの準国家的な扱いから、北京や上海のような中国の都市の1つにしていきたいと考えているのではないかと思います。
なぜ中国はそこまでして香港にこだわるんですか?
国の領土を一寸たりとも失ってはいけないという大前提があるからです。
領土ですか…。
絶対に独立させてはいけないし、いかなる譲歩も認められない。
中国にとって香港は「核心的利益」の1つです。だから一切の妥協はありません。
中国の核心的利益
最も重要で、譲ることの出来ない国益。台湾のほか、少数民族がいるチベット自治区、新疆ウイグル自治区なども含まれる。
領土は共産党にとって大きな問題なんですね。
そうですね。核心的利益で言えば中国は香港に続いて台湾に狙いを定めています。
習主席は、2019年1月、台湾との統一を目指す考えを強調したうえで、香港で実施されている一国二制度こそが最良の形だと述べたんです。
台湾側が納得する形で1つの大きな中国を作るって言っているんですが、台湾の人たちは香港で起きたことを見たら「そんなの無理でしょ」と思うのではないでしょうか。
香港が独立する方法ってあるんですか。
かなり難しいかな。香港独立と書かれた旗を持っているだけで警察に捕まるんだからね。
そうですよね。
一国二制度って香港に高度な自治が認められているけど、外交と防衛は除かれているんです。
つまり、香港の防衛は中国が担うわけですよ。独自の警察はあるけどあくまで治安の維持が目的ですし、中国寄りの香港政府の管轄下にあるからね。
「自由」や「民主」を訴えても圧力は増すばかりだと思います。
そうなんですね・・・
あと、経済的にも依存せざるを得ないところがあって、香港は、水や電気も中国に頼っているんですよ。
水や電気もですか?
そう。香港は岩が多い土地で、食糧自給率が1%なんですよ。だから中国から食料を買うしかない。
香港にとって、中国は大きな壁のような存在なんですね。
そうですね。人口も14億対750万ですし、香港の人たちが独立したいと言っても、中国は認めないです。
仮に中国が食べ物や水を止めてしまったら大変ですよね。
じゃあ、香港にとって一番いい形は、独立するよりも、圧力をかけられない、ほどよい距離を保つということなんでしょうか。
これまでは一国二制度が約束通り50年続くと思っていたし、実際、中国はそんなに香港に口出ししてこなかったんですよ。
だけど今回、中国の一都市のような扱いになってしまいました。
香港の人たちはどうやって自由や民主主義を実現していくか、わからなくなるほど厳しい状況に追い込まれていると感じます。
選挙は延期に
香港政府は2020年9月に予定していた議会にあたる立法会の議員選挙を新型コロナウイルスの感染拡大を理由に1年延期すると発表した。中国の統制強化に対する市民の怒りや不安を追い風に過半数の議席獲得を目指していた民主派は反発。
香港はどうなっていくのでしょうか。
見通しは、正直、暗いと言わざるを得ません。香港で取材した人や一緒に働いた人たちのことを考えると胸が痛いです。
香港の人々がこれまで何とか守ってきた自由や民主主義が今回の国家安全維持法の施行によって無残にも砕け散ってしまった。
中国の見方からすれば、香港はおとなしく1つの都市になるべきなのでしょう。
でも、それで本当に香港の人たちが納得できる形になっていくのか、香港との関係が深い日本の私たちもしっかり見ていく必要があると思います。
▼1からわかる!香港の混乱【前編 なぜデモは激減したの?】はこちらからご覧ください。
なぜデモが起きたの?1からわかる初版のシリーズもあわせてごらんください。
▼1からわかる!香港の混乱(1)「なぜデモしているの?」はこちらからご覧ください。
▼1からわかる!香港の混乱(2)「誰がデモしているの?」はこちらからご覧ください。
▼1からわかる!香港の混乱(3)「デモの要求は何?」はこちらからご覧ください。
▼1からわかる!香港の混乱(4)「中国はどうしたいの?」はこちらからご覧ください。
編集:宮脇麻樹