2020年09月18日
(聞き手:勝島杏奈 田嶋あいか)
香港で大規模な抗議活動が行われるようになって1年余り。しかし、中国政府の介入でデモ参加者は激減、香港市民を取り巻く情勢は大きく変わってきています。何が起きているのか、なぜ起きたのか?香港での取材経験が豊富な松田智樹デスクに聞きました。
香港での抗議活動について、どんなイメージを持っていますか?
松田
デスク
学生
勝島
去年はSNSでも話題になっていましたけど、最近はあまり聞かないですね。デモはいまどうなっているんだろうという印象です。
そうなんです。実際、抗議活動は急速にしぼんでいます。ちょっとこの画像を見てください。
これが2019年の6月9日。一連の抗議活動で初めて大規模なデモがあった日です。
「1からわかる!香港の混乱」初版のシリーズもごらんください。
なぜこうなったのかというと、香港政府が議会に提出した「容疑者引き渡し条例改正案」が原因です。
学生
田嶋
どういう改正案なんですか?
例えば中国で何か犯罪の疑いをかけられた容疑者が香港にいたら、その人を中国に引き渡すことを可能にするという条例案が採決されそうになったんです。
これに対して、中国は裁判所も共産党の指導下にあるから、罪をでっちあげられるんじゃないかと心配した人がたくさんいたんですね。
中国への警戒心が強いんですね。
香港の人たちが危機感を強める背景を理解するには、ここ数年の出来事を振り返る必要があります。
2016年、中国共産党に批判的な本を扱っていた書店の関係者が相次いで失踪した後、中国当局に拘束されていたことが判明しました。
さらに、選挙管理当局が政治的な立場を理由に立候補を認めないなど、自由や民主主義、それに人権が骨抜きにされているという懸念や不満がどんどんたまっていたんです。
これまでの経緯がデモの引き金になったんですね。
「何も悪いことをしてないのにいつの間にか疑いをかけられないか」、「香港で中国に批判的な活動をしている人が中国側に引き渡されないか」…
みんな不安に思って、これだけの人が街に出てきて抗議活動をした。
主催した団体の発表で、この時が100万人くらいで、その後、200万人という時もありました。
すごいですね。
デモの参加者は『五大要求』と言って、最初に話した「容疑者引き渡し条例改正案」の撤回をはじめ、5つの要求を掲げて抗議していました。
そして、これが今年です。
だいぶ少なくなりましたね。
ちょっと隙間があります。
これはさっきの写真のちょうど1年後、ことし6月9日に撮影されました。これは数百人規模です。
数百人ですか!
さっき言ってくれたように「去年は香港の抗議活動のニュースをすごくやっていたけど今年はあんまり聞かないな」っていうのは、デモの参加者が大幅に減少しているからなんです。
100万人が数百人に減ったというのは、0.001%くらいになったということだから、99.999%減ったってことなんですよ。
つまり、ほぼゼロですよね。
どうして、こうなったんですか?
背景にあるのは、中国が導入を決め、香港で施行された「香港国家安全維持法」という法律です。
この法律があまりにも怖いからみんなデモができなくなっている。
そんなに怖い法律なんですか?
この法律には、やってはいけないことが4つ書いてあるんですよ。
「国を分裂させてはいけません」
「政権を転覆させてはいけません」
「テロ活動をしてはいけません」
「外国の勢力と結託して国の安全に危害を与えてはいけません」
いずれも、最高刑は終身刑です。
そんなに重い刑なんですか?
香港政府が新型コロナウイルスの感染防止を理由に複数人で集まることを禁止したうえ、この法律が施行されたので、今はほとんどの人が出て来られなくなっています。
そして、香港の街頭で、あるキーワードを言ったり、旗を振ったりすると、それは国の分裂とか政権の転覆を図ったとして取り締まりの対象になってしまうんです。その旗がこの画像です。
これ、「光復香港 時代革命(こうふくほんこんじだいかくめい)」って読むんです。
「香港を取り戻せ、革命の時だ」という意味なんですね。
去年からのデモでは、みんなでこのスローガンを叫んできたのですが、それに対して、香港政府が「それって国の分裂とか政権の転覆に当てはまるから違反じゃないか」と言い出した。
だからみんな「えっ、それまずいな」と萎縮して、抗議の意味も込めて今はこうやって白い紙を持っています。
え、何も書かれてない…。
そう、これも抗議活動なんだけど、「光復香港 時代革命」っていうのを持っていると捕まっちゃうから。
あえて白い紙にして、「これなら捕まえられないでしょ?」って。
そういうことだったんですね。
この法律、5月28日に中国の立法機関である全人代(=全国人民代表大会)で決めて、その1か月後の6月30日に施行されました。
スピード感がすごいですね。
そう、“異例のスピード”っていわれています。
なぜ6月30日に施行したかというと、7月1日は何の日かわかりますか?
わからないです…。
実は、香港がイギリスから中国に返還された日なんです。1997年7月1日のことです。
法律は、7月1日直前の現地時間の6月30日午後11時、1時間前に施行したんです。
何かその日に意味があるんですか?
7月1日って、香港政府や中国に批判的な立場をとる「民主派」の人たちが毎年デモをする日なんですよ。
そういうことですか。
怖い。
だからデモをさせないためにも、直前に法律を施行したとも指摘されています。
じゃあ7月1日はデモは起きなかったんですか?
起きました。大勢の市民が抗議活動を行い、10人がこの法律に違反したとして逮捕され、そのうち1人が起訴されました。
「この法律は飾りで作ったんじゃないぞ」というメッセージですよね。
法律が施行されてすぐに、「国家安全維持公署」という中国の治安機関が香港に新しくできたんですが、下の画像で、後ろに『中華人民共和国』って書いてあるのがわかりますか?
はい。
これまで香港には独自の警察がいたんですが、それに加えて300人程度の中国の治安部門の職員が香港に常駐することになったんですよ。
え!
国家の安全に危害を加える犯罪の取り締まりについて、この組織が香港政府を監督・指導するということなんです。
写真の右側の人の名前を知ってますか?黄之鋒(こうしほう)さんといいます。
彼は1996年生まれで、大学に通いながら民主活動家として活動しています。
法律の施行後、彼を含む民主活動家3人が書いた本、少なくとも9冊が公立図書館で閲覧や貸し出しが禁止されたんです。
それは香港国家安全維持法が原因ですか?
そうです。香港政府は「法律に違反していないか、一部の書籍を審査中だ」とコメントしました。
黄さんは、自分の本は16歳の時に書いたもので、国の主権などに関する内容ではないと非難しました。
そうなんですか・・・
同じ事が日本で起きたら、背筋冷たくなりませんか。
怖いですね。
それから、抗議活動に参加している人たちが、香港の自由と民主を守るという思いを込めて歌う「香港に栄光あれ」という曲があるんです。
でも、これも学校で歌うことが禁止されました。香港政府は「平和的で秩序ある学校の環境は学習と成長に重要だ」と強調しています。
歌うことさえもダメなんて…
さらに、愛国教育もこれからどんどん進んでいくと言われています。
愛国教育ですか?
例えば、すでにデモに参加した先生を処分したり、大学に立てこもった生徒を退学処分にしたりといった事例が出てきています。
香港では「通識(つうしき)教育」といって、単に知識を詰め込むだけではなく、社会問題について理解を深めたり、批判的な考え方を養ったりするためのディスカッション形式の授業があるんですが、これも見直しの議論が起きています。
議論を通じて自分で考える力を身につけるのが良くないということなんです。
徹底的ですね。
そうです。これまで学校で、中国共産党の良いところも悪いところも議論することができていたのに、これからは国家安全維持法に違反するからということで、香港の人たちを育ててきた通識教育も終わろうとしている。
実際、民主化運動や共産党に関する記述などが教科書から削除されたり、書きかえられたりしています。
だから、国家安全維持法ができたことで非常に社会が萎縮しているというか、閉塞感がある、そういう雰囲気になっています。
じゃあ、なんで中国はこういうことをしているのかと言うことなんですが、「一国二制度」ってご存じですか。
聞いたことはあります。
読んで字のごとく、1つの国に2つの制度があるのが一国二制度。香港というのは、中国という大きな国の中の一部の地域です。
1840年のアヘン戦争で香港がイギリスの植民地になって、150年以上イギリスが統治したあとに中国に返還された。中国は中国共産党が支配する社会主義ですよね。
はい。
香港の人たちはイギリスの資本主義の中で生きてきたので急に社会の制度が変わったら、びっくりするし、世界もついていけない。
だから「激変緩和措置をしましょう」ということになった。
中国は「一国二制度という制度を50年間続けます」と約束したんです。
なるほど。
この一国二制度というのは、香港を“準国家”、つまり国家に準じるぐらいの存在として扱うということです。
香港には、香港ドルという独自のお金や、独自の司法があります。
オリンピックのときは中国とは別に入場するほか、言論の自由や集会の自由も保障されています。
人口は750万程度なんだけど、香港の独自性を認めますよというのが一国二制度なんです。
香港では自由や民主主義も認められてきたんですね。
一国二制度って言った時に、「一国」よりも「二制度」を主に考えてしまいがちなんですが、中国は違うんですよ。
習近平国家主席はまさに、愛国主義が大事、共産党が大事と繰り返し強調しています。
「一国二制度」の根幹はあくまで“一国”だということなんです。
妥協の余地がなさそうですね。
そういう習主席にとっては、100万人デモがあったら、中国の共産党の支配力が緩んじゃうんじゃないかなと思いますよね。
香港のデモが中国国内に波及しないか警戒もしているでしょう。それで締めつけを強めるために香港国家安全維持法を導入したとみられています。
100万人デモの原因になっていた容疑者の引き渡し条例改正案よりも、香港国家安全維持法が施行されたことのほうが香港の人にとって嫌なのかなって思ったんですけど…。
まさにそうです。だから容疑者の引き渡し条例案に反対していたら、あっという間にもっとすごい法律ができちゃったという感じです。
習主席からすれば、「国を維持するためにはこれぐらいやらなきゃ駄目だ」という思いがあるのでしょう。
でも、これまでデモに参加してきた香港の人たちからしてみると、「中国が香港の頭越しに厳しい法律を決めたら、もう言いたいことも言えないし、たまらないよ」っていう気持ちが強いと思います。
編集:宮脇麻樹
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