2020年04月15日
(聞き手:伊藤七海 鈴木マクシミリアン貴大)
トランプ政権がさらにあと4年続くのか、それとも別の人が大統領になるのか。11月に迫るアメリカの大統領選は日本の行く末にも大きな影響を与えます。勝敗を分ける注目州は?これを読めばアメリカ大統領選が1からわかります!
国際部でワシントン特派員などを歴任した“アメリカウオッチャー” 髙橋祐介解説委員に聞きました。
アメリカの大統領選挙って有権者の投票がそのまま勝敗につながらないということはご存知?
投票がそのまま勝敗につながらない?どういうことですか?
前回の大統領選挙で勝ったのはトランプさんだよね。だけど実は相手の、民主党ヒラリー・クリントンさんの方が得票数は多かったんです。
え、じゃあ何でトランプさんが勝ったんですか?
そのわけが選挙人制度という仕組みなんです。
選挙人制度…。
アメリカには50の州があるんだけど、人口に応じて州ごとに「選挙人」の数が決まっている。
最も「選挙人」の数が多いのがカリフォルニア州で55人。2番目が38人のテキサス州。3番目がニューヨークとフロリダの29人。人口が少ない州は3人とか4人とか選挙人も少ない。
選挙人…初めて聞きました。
例えばね、カリフォルニア州に鈴木さんと伊藤さんが住んでいるとしましょう。で、それぞれトランプさんとクリントンさんに投票したとする。
はい。
選挙の結果、カリフォルニア州での得票はクリントンさんのほうが多かったとする。そうなるとカリフォルニアの選挙人55人はクリントンさんが獲得することになる。
「Winner takes all(ウィナーテイクスオール)」、勝者総どり方式。鈴木さんがトランプさんに投票していたとしても死に票になるんです。
へえ~。そうなんですか。
大統領選挙は、この「選挙人」をより多く獲得したほうが勝つ。得票数ではないんです。
2016年の選挙は、306対232でトランプさんのほうが多くの選挙人を獲得した。得票数で負けてもそれで勝ちなんです。
そういうことですか…!どの州を狙うかが鍵になってくるということですか…?
そうそう、鋭い。まさにそうで、たとえばさっきのカリフォルニア州。ここは民主党の地盤だから逆立ちしたってトランプさんは勝てないと言われている。
ヒスパニックやアジア系の人も増えていて、そういう人達は大体トランプさんが嫌いだからね。
55人はとれないとはじめからわかっているので、トランプさんはカリフォルニアで選挙運動をする必要は全くないわけ。
そうですね。
勝つためには自分の地盤を固めるのがひとつと、相手の地盤で攻め落とせないのがわかっているところはもう捨てるんだよ。
そうすると、全米50州の中で、勝敗を左右するのはわずか10数州の激戦州ということになってくる。
その激戦州をいかにとるかの戦いということですね。
アメリカはなぜこの選挙人制度を採用しているんですか?
アメリカってさ、「合衆国」ではなく「合州国」だって言う人もいるぐらいで、それぞれの州に最高裁判所があって議会がある。
つまり州ごとに“ひとつの国”。バージニアに住む鈴木さんは、メリーランドに住む髙橋とは違う国の人だという意識が根強くある。
だから州の意思としてどちらか1人に決めましょうということで選挙人制度をとっている。
でも得票数で勝った候補が負けるのって民主主義としてどうなのよという議論はあって、将来的には直接投票にしようという動きが出てくる可能性はあります。
この州に注目、ここを見たら勝敗がわかるよみたいな所ってあるんですか?
まずさっきから言っているテキサス。なぜ注目かというと、テキサスの選挙人は2番目に多い38人だったよね。
テキサスは共和党の地盤で、前回の大統領選でもトランプさんがとったけど、仮にこの38人をクリントンさんがとっていたらどうなっていた?
232対306から38動くと270対268…クリントンさんが勝ちますね!
そう。テキサスをとっていたらクリントンさんが勝っていた。
テキサスではずっと共和党が圧勝してきたんだけど、前回の選挙では、トランプさんとクリントンさんの差は9ポイントまで縮まり圧勝ではなくなった。
テキサスには都市部から多くの人が移住してきてパープルになりつつあるとおっしゃっていたのはそういうことなんですね。
そうそう、共和党の牙城レッドステートから、将来的にはパープルの激戦州になるだろうと予想されていて、逆転は時間の問題だと言う人もいる。
もし民主党がとるようなことになったらかなりインパクトが大きいので注目です。
人の移動に注目とおっしゃっていた意味がよくわかりました。
あと注目はフロリダ。
フロリダも選挙人が29人と多く、接戦になる。2000年に私が取材した大統領選挙でも、共和党の候補と民主党の候補が極めて僅差で票の数え直しが行われて、最後は法廷闘争にまで発展する波乱が起きた。
毎回かなり接戦なので、ここをとれるかどうかが勝敗を大きく左右するんです。それから「ラストベルト」のウィスコンシン、ペンシルベニア、ミシガンのあたりも注目。
この「ラストベルト」とフロリダは、前回の大統領選でも勝敗を左右するポイントとされたんだけど、トランプさんがすべての州で勝利したんだよね。
トランプさんが「ラストベルト」を守れるかどうかは次も焦点になると思います。
それからね、選挙を見るにあたって注目してほしいものがあって、それがテレビ討論会。
テレビ討論会?
大統領選挙の前にトランプさんと民主党の候補がガチンコでテレビ討論会をやるんだけど、無党派層なんかはこれを見てどっちに投票しようかなと考えるんです。
へえ、おもしろそうですね。
でもね、このテレビ討論会って、そこで何を訴えるかという内容よりもイメージが重要で。
え…そうなんですか。イメージ?
どんな政策を訴えたか我々メディアは注目するけど、そういう難しい話って実は有権者にはあまり響かない。
「トランプさん余裕あるな」とか受ける印象、イメージで投票行動が決まったりする。
そうなんですか…。
選挙の勝敗に大きく影響したと言われる討論会も過去にはあってね。有名なのが1960年のニクソンさんとケネディさんの討論会。
若々しくてハンサムなケネディさんに対して、ニクソンさんは表情が硬く、疲れた様子だった。この時の印象の良さが、その後のケネディさんの勝利に大きく貢献したと言われているんです。
へえ~。
2000年の選挙ではジョージ・W・ブッシュさんとアル・ゴアさんが戦ったんだよね。ゴアさんは当時の副大統領で、ものすごい論客なわけ。
討論では負けなかったんだけど、ブッシュさんが発言するたびにゴアさんはうんざりした表情でため息を21回もついてしまって。
ため息…。
ゴアさんは「感じ悪い」というイメージが広がって、討論には勝ったのに逆に支持率は下がってしまった。恐ろしいんだよ、アメリカの大統領選って。でもおもしろいでしょう?
確かにおもしろいですね。
トランプさんも有権者に与えるイメージをすごく大事にしているよね。
彼はメディアの世界で生きてきた人で、プロレス興行にも一時関わっていたことがあるんだよね。だから、白人の労働者層、プロレスを見るような人たちがどうすれば盛り上がるのかがわかっているんだ。
難しいことを言っても響かない。とにかくわかりやすく。そして、暴言も時には民衆を喜ばせる。
そこの間合いというのかな、そういうのをすごくよくわかっているのはトランプさんの強みだよね。
髙橋さんは学生時代、1988年の大統領選の共和党大会を現地で見て、そのとき感じた熱狂がアメリカに注目するきっかけだったと言います。
アメリカ人にとって大統領選ってやっぱり特別熱狂するものなんですか?
そうだね。日本の選挙ってさ、盛り上がっているようであんまり盛り上がらないなと感じているんだけど、なんか感情を揺さぶられないというかね。
感情を揺さぶられない…。
アメリカ政治って常に変化していてわかりにくいかと思いきや、実はすごくわかりやすくて、人間くさい部分があるんだよね。そこがおもしろいなと。
髙橋さんにとって、アメリカ大統領選ってどういうものですか?
自分たちで大統領候補を選んで、その人が党の公認候補になって本選挙を戦って大統領になって…世界史を変えていく。そのダイナミズムってやっぱりすごいなあと思います。
大統領選挙を見ればアメリカ社会が見える。アメリカ社会の変化が見えて、社会が変化すれば歴史は変わるんだということを目の当たりにさせられる。おもしろいですよ。いい機会だと思って注目してみてください。
僕たち学生はどういう風にこの大統領選挙を見ていけばいいですかね?
やっぱり大事なのは自分の頭で考えることかな。何でこの人はこんな変わった人なのに支持されているんだろう?とか、疑問を持って自分の頭で考えることってすごく大事。そうしないと思考停止になる。
思考停止になると、アメリカの大統領?次は誰なの?日本にとっていいの?悪いの?みたいな受け身の発想にしかならない。
ちゃんと興味を持って、自分の頭で考えてください。そうすれば断然おもしろくなりますよ。