2023年10月11日
(聞き手:藤原こと子 堀祐理)
「グローバル・サウス」と呼ばれる新興国や途上国の代表格とされ、近年、国際社会で存在感を増しているインド。ウクライナ侵攻後もロシアとの関係を維持する一方、日本やアメリカと連携するなど、“したたかな”外交戦略をとっています。アジア情勢に詳しい教授に1から聞きました。
5月に広島で開かれたG7サミットにインドが招待されていました。これはどうしてですか?
「グローバル・サウス」と呼ばれる国々との連携を強化するためです。
インドはその代表格とされているんです。
近畿大学 国際学部 広瀬公巳教授
1987年にNHK入局後、ニューデリー支局長・国際部デスク・解説委員などを歴任。NHK退職後もジャーナリストとして活動を続けるとともに、インドをはじめとしたアジア情勢などの講義をしています。
「グローバル・サウス」?
明確な定義はありませんが、アジアやアフリカなどの新興国や途上国を指す言葉です。
G7議長国の日本は、もともとの参加メンバー以外に、8か国の首脳を招待しましたが、インド・ブラジル・インドネシアなど「グローバル・サウス」の国々が目立ちました。
どうしてG7は「グローバル・サウス」と連携を?
G7は先進国の7か国による首脳会合ですが、国際社会での影響力は相対的に低下しています。
GDP比で見ても、G7は2030年にはインドを含む新興7か国に抜かれると予測されています。
また地球温暖化や感染症への対策など、G7だけでは解決が困難な地球規模の課題が山積しています。
グローバル・サウスの動向や意思決定は世界を動かす大事な要素になっていて、G7としてもその声に耳を傾ける必要が高まっています。
とりわけインドはことし1月、「グローバル・サウス」125か国が参加したオンラインサミットを主催するなど存在感を発揮しています。
インドはどんな外交政策をとっているんですか?
基本的な外交方針は、「全方位外交」です。
イギリスから独立して以来、西側諸国にも東側諸国にもつかず、中立という立場をとってきました。
「非同盟主義」とも言われます。
最大の国益を得られるようにその時々で最優先に必要な国と協力する“したたかな”外交戦略で、いま注視されているのが、インドとロシアとの関係です。
ロシアはウクライナ侵攻を続けています。
そうですね。ただインドは、ロシアによる軍事侵攻を支持しない一方で、国連総会などで採択されたロシアを非難する決議には棄権を続けてきました。
そうなんですか!
ロシアにしたら、非難しない国がいるのはありがたいと思いますよ。
欧米諸国が厳しい経済制裁を続ける中でも、インドはロシアから原油や肥料の輸入を大幅に増やすなどして、むしろ結びつきを強めています。
どうしてロシアを非難しないんですか?
理由は、大きく2つあります。
1つは、軍事面です。インドは製造業が遅れていることもあり、ロシアからたくさんの兵器を輸入しています。
過去20年間に輸入した兵器の7割近くがロシアからです。
そんなに!
インドは独立後もパキスタンと3度にわたって戦争になっていますし、中国とは国境紛争もあります。
防衛を考えると特に大事なのが、地対空ミサイルシステムです。
敵の航空機やミサイルなど空からの脅威を迎え撃つためのミサイルのことです。
ロシアはインドに最新の地対空ミサイルシステムを供給したのですが、それが2021年12月。
ウクライナへ侵攻する2か月ちょっと前というタイミングでした。
ロシアの狙いは断言できませんが、“どんなことが起きても友好国でいてくれ”とメッセージを込めた可能性はありますよね。
もう1つの理由は経済面です。
インドは憲法に、自国のことを社会主義の国と書いています。ロシアも旧ソ連時代は社会主義国家でした。
そういう結び付きの中で、インドのさほど質の良くない製品をロシアが買ってくれたり、インドは化石燃料を自国ではまかなえないのでロシアがエネルギー資源を供給してくれたりと助けられてきた歴史があります。
G7サミットでは、ウクライナのゼレンスキー大統領とインドのモディ首相が会談していましたよね?
モディ首相は「解決に向けてできることは何でもする」と伝えたそうです。
ただロシアの侵攻は「政治や経済の問題ではなく人間の価値の問題だ」とも言い、ロシアへの直接的な批判を避けています。
インドがこうした外交政策をとる背景には何がありますか?
インドの外交政策は、陸続きになっている国々との地理的な関係と、海を隔ててつながる国々との理念的な関係、2つの側面から考えていく必要があります。
世界では、「理念」や「法の支配」を重んじる民主主義の国と、「現実主義」で「国家」や「国益」を重視する権威主義的な国との対立が鮮明になっています。
インドにとっては、アメリカや日本などの民主主義国とはインド洋と太平洋など海を越えてつながっています。
一方で、ロシアや中国とは陸続きでユーラシア大陸の仲間です。
歴史的にもつきあいが古く、大航海時代の前から対立したり接近したり、人が交易をしたりしてきました。
ポイントは、地理的な隣人は変えることができないので、現実的につきあっていかなければならないということです。
別の例ですが、アメリカは同時多発テロの後、インドとも近いアフガニスタンを民主化しようと20年にわたって「テロとの闘い」を続けました。
でもアメリカ国内に厭戦気運が広がるとさっと撤退してアメリカに帰ってしまった。
アフガニスタンにはタリバンが復活し、治安は再び不安定になっています。
こういうことは、アメリカが海のむこう、地球の裏側の国だからできると言えるのではないでしょうか。
では、インドが他の国々とどう関係を築いているかを具体的に見ていきましょう。
まず、「自由で開かれたインド太平洋」を掲げるのがインド、日本、アメリカ、オーストラリアとの4か国の枠組み「クアッド(QUAD)」です。
インドは民主主義国とも自称しているので、自由や民主主義、法の支配といった基本的価値を共有しています。
一方で、ロシア、中国、ブラジル、南アフリカとともに新興5か国の枠組み「BRICS」にも参加しています。
こちらはウクライナ侵攻でロシアへの制裁を強める欧米などへの対抗姿勢を強めています。
またインドは中国とロシアが主導する枠組み「上海協力機構(SCO)」にも参加しています。
カザフスタン、キルギス、ウズベキスタンなどが加盟していて、こちらは地域の安全保障や経済分野での連携を目指しています。
いろいろな枠組みに参加していますね。
今の時代、一国だけで世界の覇権を握ることは不可能です。
他国と手を組んで、どういうグループを作れるのかが大事になります。
インドは、人口増加、経済成長を背景に国際社会での存在感が大きくなってきているので、引く手あまたです。
日米欧、中ロの対立の構図が指摘される中で、どこもインドを味方に取り込みたいという思惑があるのだと思います。
中国とはどういう関係でしょうか。
インドと中国は、一般的に東西約3,500kmと言われる長い国境で接していて、国境紛争もありますが、最大の貿易相手国でもあるので、経済成長のために協調しないわけにはいきません。
中国とインドは、「大人の関係」と言えるでしょうね。
どういうことですか?
歴史的に長いつきあいがあり経験が蓄積しているので、ケンカをしても大事には至らない。
どちらも核を保有していることもあり、本気の戦いになってはいけないと考えているでしょう。
また中国は、例えば地球温暖化対策などで先進国の方針に対抗する時に、新興国の立場から共同戦線を組める仲間でもあります。
ただ中国との関係でインドが懸念しているのは、インドと友好関係にある周辺国をめぐる動きです。
ブータン、ネパール、スリランカ、モルディブ、バングラデシュですね。
何が心配なんですか?
インド洋の沿岸国では、中国が巨大経済圏構想「一帯一路」をかかげてインドを取り囲むように、軍事的にも用いられるような港や空港などのインフラ整備を進めています。
「真珠の首飾り」戦略とも言われ、インドからすると包囲網を作られている形です。
スリランカでは、中国が貸し付けた多額の資金をもとに港の開発がすすめられましたが、債務の軽減と引き換えに中国が99年間にわたって運営権を取得しました。
インド洋に中国が進出し、この地域の均衡が崩れるのではないかと、インドは警戒感を強めています。
日本はインドとどうつきあっていけばいいのでしょうか。
インドは、日本と同じように自由や民主主義の価値観を大切にしていますし、安全保障の面で中国への警戒という共通点もあります。
岸田首相は、2022年の日印首脳会談で、5年で5兆円のインドへの投資目標を表明し、民間企業にもインドへの進出を促しています。
インドの重要性を早くから説いていたのが安倍元首相でした。
「日印関係は最も可能性を秘めた二国間関係」としてインドと「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」を結びました。またインドの高速鉄道計画に日本の新幹線の技術を導入し、低利で長期の緩やかな条件で開発資金を貸し付ける円借款を供与しました。
安倍元首相の国葬には、モディ首相も参列していましたね。
インドは経済成長が著しいものの、世帯可処分所得5千ドル未満の低所得層が人口の60%以上。インフラの整備がまだまだ必要で、日本が協力できる分野も多いです。
理念だけでは動かない実利主義的なインドと日本がすべての分野で一致して連携することは難しいと思いますが、人口減少で今後ゆるやかに国力が衰退していくことが避けられない日本にとって、今のうちにインドとの関係を緊密にしておくことは重要かも知れません。
国際社会の中で存在感を強めているインド。その大国を率いるのが、国民から圧倒的な支持を得ているモディ首相です。貧しい家庭に生まれた少年が、どのようにして首相になったのか。そして、インドをどう導こうとしているのか。次回詳しく解説します。
編集:種綿義樹
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