2022年06月28日
(聞き手:阿部翔太郎 梶原 龍 本間 遥)
長期政権を目指す中国の最高指導者・習近平国家主席。スローガンとして掲げているのが「中国の夢」です。習主席が、そして中国が目指しているものとは?日本との関係は?気になるギモンについて1から聞きました。
習近平国家主席が就任以来、スローガンとして掲げているのが「中国の夢」。
加藤
特任教授
学生
阿部
どんな夢なんですか?
「中華民族の偉大な復興」を意味しています。
学生
本間
復興?
”かつてあったものを取り戻す”ということです。
武蔵野大学 加藤青延特任教授
1978年にNHK入局後、香港支局長、中国総局長、解説委員などを歴任し、中国の取材を長年続けてきました。NHK退職後は、中国を含む国際関係論や国際政治学などの講義をしています。
皆さんも歴史で習ったと思いますが、中国は清王朝の末期、欧米の列強や日本から侵略を受けました。
清王朝は、最盛期には今のモンゴルを含む広大な領土を持ち、世界一のGDP=国内総生産を誇っていたとも言われています。
そうだったんですね。
それだけに「踏みにじられた歴史を跳ね返し、必ず自分たちが強くなって見返そう」という気持ちが中国人の中にあるんです。
習主席も、そうした気持ちの強い人で「中国をもう1度復興させる、世界に冠たる強国にする」ことを目指しているわけです。
学生
梶原
具体的にどういったことでしょうか?
習主席が強調しているのが「祖国の統一」、台湾の問題です。
「平和的な統一」を目指すとする一方で「武力統一」の可能性にも言及しています。
最近は、頻繁に軍用機を台湾に接近させたり、台湾上陸を想定したかのような軍事演習をしたりして威嚇の度合いを強めています。
WEB特集「台湾危機は2027年までに起きるのか?」はこちらからご覧ください
国民に中華民族の団結を呼びかける中で少数民族への統制も強めてきました。
ウイグル族については「人々を不当に拘束して、強制労働や強制不妊手術などの迫害をしている」として欧米社会から厳しく批判されています。
こうした対応を見ても、習主席の思想は「人」のためではなく「国」のためなんだろうと感じます。
人ではなく、国のために…
外交についても同様のことが言えます。
中国の外交の手法を「戦狼(せんろう)外交」と呼ぶことがあります。
「戦うオオカミ」ですか?
中国でヒットした戦闘アクション映画の名前が由来です。
攻撃的な外交手法を意味していて、こうした姿勢が欧米だけでなく、各国との摩擦を強める原因になっているんです。
なぜ、そんな手法をとっているんですか?
自国のことを優先するばかりに「外から自分の国がどう見えるか」というところまで考えが至っていない側面があると感じています。
国際社会での存在感を高めるというより、むしろ「異形の大国」と見られたり、孤立が深まっていたりするような状態になっているのに気づいていないみたい。
「国を復興させ、巨大な帝国をつくる」という理想を優先し、自分たちの思い通りにしようとすればするほど現実との摩擦が起きているのが現状だと思います。
これは「中国の夢」の大きな落とし穴ではないかと考えています。
加藤元解説委員が「戦狼外交」などについて解説した「時論公論 揺らぐ習長期政権への道 秘密会議の『暗闇』」はこちらからご覧ください
こうした中、習主席が頭を悩ませているに違いないのがロシアによるウクライナ侵攻です。
習主席はロシアのプーチン大統領と仲がいいイメージがあります。
そうですね。
両国は体制的にもよく似ていて、仲良くしやすかったんですね。
その上、中国はロシアと4000キロにわたって国境を接しています。
だからロシアと仲が悪くなると、中国は身動きがとれなくなってしまう。
欧米との対立が深まる中でも、ロシアとは仲良くしておきたいわけです。
なるほど。
そのロシアがウクライナに侵攻した際、習主席は、おそらく「ロシアはウクライナの東部だけを侵攻する」と思っていたでしょう。
実際は首都キーウ近郊にまで攻め込んだわけですが、習主席はプーチン大統領が”あそこまでやる”とは思っていなかったはずです。
これは、習主席にとって大誤算だったんじゃないかと思います。
”ロシアの支援に回れば、中国も欧米から制裁を受ける可能性”があるし、国際的な孤立もさらに深まります。
一方”ロシアと決別すれば欧米と対抗する後ろ盾を失う”というジレンマに陥っているんじゃないかと思います。
そうなんですね。
さらに、習主席の悲願である「台湾統一」への影響にも頭をめぐらせているはずです。
ロシアから侵攻を受けたウクライナの惨状が報じられる中、仮に今後、中国が台湾を武力で統一しようとしたら、世界中から非難を浴びるのは火を見るより明らかですからね。
もう1つ、習主席が目指す「中華民族の偉大な復興」に欠かせないのが経済成長です。
すでに、中国は経済大国というイメージですが…
そうですよね。
中国の経済成長は、鄧小平が進めた「改革開放」に始まり、2010年にはGDPで日本を抜いて世界2位の経済大国になりました。
鄧小平の「改革開放」
毛沢東の死後、1978年に実権を握った鄧小平が進めた政策。海外から資本や技術を導入して市場経済化を進め、今に至る経済成長の基礎を築いた。
ところが、グラフのように、かつて2ケタ台が続いていた経済成長率は、この10年ずっと1ケタ台で、以前の勢いがなくなっているんです。
どのように対処しようとしているんでしょうか。
習主席は去年(2021年)「共同富裕」というスローガンを大々的に打ち出しました。
「共同富裕」?どういう意味ですか?
ひと言でいうと「格差是正」で”みんなで豊かになりましょう”ということです。
急激な経済成長に伴って、中国では貧富の差が拡大しました。
その格差を是正するために、所得の高い人や大手IT企業などに規制や取り締まりなどの圧力をかけつつ、寄付を促しているんです。
「富を再分配しよう」という考え方ですね。
それで、みんなが豊かになるんでしょうか?
経済成長には企業の競争力やインセンティブが重要なのに、それを”押し殺す”ようなことをしているとも捉えられますよね。
私は、この「共同富裕」が中国経済の競争力を低下させ「中国の夢」のもう1つの落とし穴になりかねないのではないかと思っています。
実際、中国国内でも評判が悪くて、中国政府も最近ではあまり前面に出さなくなってきています。
詳しくは「 『共同富裕』って何なの? 習近平政権のねらいは?」をご覧ください
そして、中国経済にとっての大きな懸念が人口問題です。
去年1年間の中国本土の出生数は1062万人で建国以来最も少ない数字です。
そんなに?
グラフのように、人口の増加率も鈍っています。
1979年から始まった「一人っ子政策」って知っていますか?
聞いたことはあります。
一人っ子政策
人口の増加を抑制するため、1979年から30年以上にわたって夫婦がもうける子どもの数を原則として1人に制限してきた政策
当初は、爆発的に増加していた人口を抑制するための政策でしたが、この政策があだとなり「早く結婚して子どもをたくさん産もう」という社会構造ではなくなってしまったんです。
その後「2人まで認めます」「3人まで認めます」と政策を転換しても、なかなか出生率が増えない。
そこで「多額の教育費がかかるから子どもが増えないんだ」といって、学習塾の規制を打ち出したりもしました。
学習塾規制
中国政府は、小中学生を対象にした塾の新設は認めず、既存の塾は非営利組織に転換するよう求めたほか、土日・祝日の授業も禁止するとした。
こんなことをしても目に見える効果はでないのですが…。
詳しくは 「中国で学習塾の規制強まる 習近平政権のねらいは?」をご覧ください
中国の人口は、この先減っていくんですか?
さまざまな予測がありますが、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校の研究員、易富賢博士は「中国の人口は2100年に4億台になる可能性」も指摘しています。
今、中国の人口ってどれぐらいでしたっけ?
今は約14億ですから…びっくりする数字ですよね。
しかも少子高齢化社会ですから、実際に働ける人たちはもっともっと少ない。
これでは「世界の工場」でも「世界の市場」でもなくなってしまうわけで、将来の人口減少は中国経済にとって非常に大きな問題といえます。
深刻な人口問題を抱えているのは、日本も同じですけどね。
習主席は、日本についてどう思っているんですか?
「中華民族の偉大な復興」を掲げる中、これまでの歴史的経緯からすれば、日本のことが嫌いなんじゃないかと思います。
日本は台湾を統治していたこともあるわけですからね。
一方、外交上では「日本を味方につけないとまずい」という側面もあると思います。
どうしてですか?
やはり、中国が最もライバル視している国はアメリカなんです。
そのアメリカと対抗するうえでは「ある程度、自分たちの方にも日本を引き付けておかないとまずい」というのが、これまでの中国の戦略です。
ただ習主席は、日本周辺における現状を力で変更しようという試みも行ってきました。
どんなことをしてきたんですか?
例えば、尖閣諸島周辺の東シナ海に防空識別圏を設定して、そこを飛ぶ民間の航空機は、事前に中国側に通知しておかないと、最悪、撃ち落とされるかもしれないような状況になりました。
領空侵犯のおそれのある中国の戦闘機に対する、自衛隊のスクランブル=緊急発進も、習近平政権になってから圧倒的に増えています。
確かに、そういうニュースをたまに見ます。
日本と中国は、ことし2022年9月に国交正常化50年という節目を迎えます。
習主席は、2020年に初めて「国賓」として訪日することになっていたんですが、新型コロナの影響で事実上の棚上げになっています。
果たして近いうちに習主席が来日し、そこで首脳外交が行われ得るのか。そして今後、日中両国が互いの関係をどのように築いていくのか、改めて注目してみてください。
ありがとうございました!
編集:栗田真由子 撮影:佐藤巴南
ここまで、習近平国家主席の人となりを中心に3回シリーズでお伝えしてきました。中国を巡るさまざまな動きについては、以下の記事もご参照ください。(順次内容を更新予定です)
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