追跡 記者のノートから【詳報】京アニ放火殺人事件 青葉被告に死刑判決

2024年1月26日裁判 事件 社会

「被告は心神喪失の状態にも心神こう弱の状態にもなかった」

殺人などの罪に問われた青葉真司被告(45)に対して、京都地方裁判所は事件当時、物事の善悪を判断する責任能力があったと認め、死刑を言い渡しました。

36人の命が奪われ、平成以降で最も多くの犠牲者を出した京都アニメーションの放火殺人事件。25日の判決の内容を詳報します。

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冒頭 主文後回しに

青葉被告は上下紺色のジャージにマスクを着け、車いすで法廷に入りました。
午前10時半すぎに開廷し、増田啓祐裁判長から「言いたいことはありますか」と聞かれると、証言台で10秒ほど沈黙したあと「ありません」と答えました。

判決の言い渡しが始まると、増田裁判長は「有罪判決ですが、主文は最後に告げます」と述べ、冒頭で結論にあたる主文を述べず、判決の理由を先に読み上げました。

裁判の争点 責任能力の判断は

最大の争点は事件当時、被告に物事の善悪を判断する責任能力があったかどうかでした。検察は「妄想の影響は限定的だった」としたうえで、完全な責任能力があったと主張。一方、弁護側は「被告は重度の妄想性障害だった」として、責任能力はなかったと主張していました。

争点となっていた項目の検察と弁護側の双方の主張です。

判決では、このうち黄色の部分について裁判所が認定しました。

弁護側の「妄想性障害があった」という主張は認めましたが、そのほかはほぼ検察の主張に沿った判断を示しました。詳しくみていきます。

【事件に至る動機や経緯について】
裁判所は「被告は、孤立して生活が困窮していく状況の中で京都アニメーションが小説を落選させたうえにアイデアの盗用を続けて利益を得ていると考え、恨みを強めた。そして、放火殺人までしないと盗用が終わらないなどと考え、本件犯行を決意し、京都に行くことを決めた」と指摘しました。
そのうえで「事件の直前、実行するかどうか何度もしゅん巡したが、どうしても許すことはできないなどと考え、バケツ内のガソリンをかなりの勢いで従業員の体や周辺に浴びせかけ『死ね』とどなりながら火をつけて36人を殺害した」と述べました。

【被告の責任能力について】
裁判所は「被告は当時、妄想性障害があり、妄想が京アニに恨みを抱き、攻撃しなければならないという犯行の動機の形成には影響していた」と指摘した一方、「過去にガソリンが使われた事件を参考にした放火殺人という手段は、性格の傾向や考え方、知識などに基づいて被告がみずからの意思で選択したもので、妄想の影響はほとんどない」と述べました。

そして「犯行を思いとどまる能力が多少低下していた疑いは残るものの、よいことと悪いことを区別する能力や、その区別にしたがって犯行を思いとどまる能力はいずれも著しくは低下していなかった。当時、被告は心神喪失の状態にも心神こう弱の状態にもなかった」と判断しました。

【死刑と判断した「量刑」の理由】
裁判所は「36人もの尊い命が奪われたという結果はあまりにも重大で悲惨だ。炎や黒煙、熱風などに苦しみ、その中で非業の死を遂げ、あるいは辛くも脱出したものの生死の境をさまよった被害者たちの恐怖や苦痛などは計り知れず、筆舌に尽くしがたい。36人の従業員は設立当初からのベテランや京アニに憧れアニメーターになるため入社したばかりの人など、全員一丸となって丁寧に愛情をもってひとつひとつの作品を制作していた将来への希望を持つ方々で、無念さは察するに余りある。遺族たちの悲しみ、苦しみ、喪失感、怒りは例えようのないほど深く大きく極刑を望むことも当然だ」と結果の重大性を指摘しました。

死刑言い渡し 被告はうつむいたまま

そして午後1時40分すぎ。青葉被告に京都地方裁判所は死刑を言い渡しました。死刑が言い渡されたとき、青葉被告はうつむいたまま聞いていました。

遺族などが座る傍聴席では、下を向いたまま主文を聞いている人がいたほか、目を押さえている人の姿も見られました。

裁判長から死刑を言い渡された後、青葉被告はうつむきながら退廷しました。

遺族「判決を受け入れてほしい」

石田奈央美さん

京都アニメーションで色彩設計を担当していたアニメーターの石田奈央美さん(当時49)の母親は、判決の内容を自宅でニュースを見て確認したということです。母親は「この日まで本当に長かったです。裁判官や裁判員がわたしたち遺族の気持ちをくみ取ってくれた判決なのではないかと思っています」と話しました。
そのうえで「この裁判のあいだ被告からは反省の色がみられず、きょうの判決を受けても自分のしたことを重く受け止められるとは思えません。極刑であっても、娘は帰ってこないことを思うとむなしい気持ちに変わりはありません。青葉被告には、控訴はせず、今回の判決を受け入れてほしいと思います」と話していました。
奈央美さんの父親は、傍聴を希望しながら裁判が始まる直前に病気で亡くなっていて、母親は、「2人には仏壇にごはんをあげるときに判決について報告しようと思います」と話していました。

遺族「これからの自分の支えに」

事件で家族を亡くした別の遺族は、今回の判決を傍聴し「この事件で苦しんだ人たちが『忘れないでほしい』と思っているのかなと事件当時をあらためて思い出しました。裁判長はきょうの判決で遺族の心情や裁判を通じて私たちが感じた不条理さを理解したすごく丁寧な言葉をかけてくれました。残酷な事実が多かったですが、知ることができてよかったです。これからの自分の支えになるのではないかと思います」と話していました。

遺族は、死刑判決について「被告は自分が犯した罪から目を背けていて、刑と向き合い反省することはできない人間だと思う。死刑という判決をどのように認識するのか、被告に後悔する気持ちが果たして出てくるのだろうかと思います」と話していました。

審理に参加した裁判員は

30代の女性の裁判員は「京都アニメーションに勤務している人やご遺族などのいろいろな思いのある裁判だったので、参加することに責任を感じていました。正直、今は、少し肩の荷が下りてほっとした状態です」と述べました。
また、被告への思いを問われると、複数の裁判員が法廷での被告の言動を振り返って「事件の重大さを理解できているのか気になる」などと述べました。

また40代の男性の裁判員は「被害に遭われた方やご遺族の意見をお聞きして、命の重みを痛感しました。感情を抑えることに苦労しました」と話していました。

京アニ社長「作品作り続けていきたい」

京都アニメーションの八田英明社長は「法の定めるところに従い、しかるべき対応と判断をいただきました。長期にわたって重い責任とご負担を担っていただいた裁判員の方々、公正な捜査と関係者への行き届いた配慮に尽力いただきました検察・警察の皆さま、裁判官や書記官その他、裁判の実施に従事いただいたすべての皆さまに敬意を表します。判決を経ても、無念さはいささかも変わりません。亡くなられた社員、被害に遭った社員、近しい方々の無念を思うと、心が痛むばかりです。彼ら彼女らが精魂込めた作品を大切に、そして今後も作品を作り続けていくことが、彼ら彼女たちの志をつないでいくものと念願し、社員一同、日々努力をしてまいりました。事件後、当社に加わった若人も少なくありません。これからも働く人を大切に、個々のスタッフが才能を発揮できることを心がけ、可能な限り、作品を作り続けていきたいと考えます」とコメントしました。

治療した医師「どうしたら防げたか考えていくべき」

鳥取大学医学部附属病院高度救命救急センターの上田敬博医師は、5年前の事件当時、勤務していた大阪の病院で、全身に重いやけどを負い、ひん死の状態になった被告の治療を担当しました。
判決を受けて上田医師は「目の前で絶命しかけている人がいれば救い、司法の場に立たせるのが自分の職務だと思って治療にあたった」と当時を振り返りました。
治療中には被告と言葉を交わすこともあったということで、「被告は言葉の使い方や表現があまりうまい人間ではないと感じていたので、遺族や被害者の気持ちを逆なでしないか心配していた。実際に被告の発言を不快に思った人はいると思う。一切かばうつもりはないが被告なりに伝えようとしたところはあったのではないか」と述べました。
また「判決については被告自身も驚いていないと思うし、おそらく想定内だったのではないかと思います。事件の経緯が被告自身の問題だけなのか、それを取り巻く社会的な課題があるのかということを検証し、どうしたら防げたのかということを考えていくべきだと思う」と話しました。

元刑事裁判官は

元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は、最大の争点だった責任能力に対する裁判所の判断について「妄想が犯行の動機につながったことは認めたが、放火による大量殺人という計画に影響したのは、妄想よりもむしろ被告の独善的で攻撃的な考え方だと判断した。責任能力についての通説的な考え方をとっていて非常に信頼できる」と話しました。
被害者や遺族の苦痛などを詳しく認定したことについて「遺族が法廷で被告に質問し、意見を述べる手続きを行っていたので、それをきちんと判決で示そうとしたのだと思う。一命を取りとめた方々の苦しみも認定していて、犯行の結果の重大さをまとめている点も妥当だ」と話しました。
4か月あまりにわたった裁判について水野教授は「この裁判で、被告がなぜこれだけの事件を起こすに至ったのかということがかなり明確に分かったと言える。それによって、今後こういう事件が起きないために社会や人々が何をすればいいか、考える機会も与えられた。裁判を続けた意義はあった」と話しました。

犯罪精神医学の専門家は

精神科医で犯罪精神医学が専門の聖マリアンナ医科大学の安藤久美子准教授は、最大の争点だった責任能力の認定について「犯行動機の解明、妄想の影響がどれくらいあったかという点を重視した判決だと思う。善悪の判断をする能力や、行動を制御する力が著しく劣ってはいなかったと認めていて、被告が犯行をためらったり、様々な計画を立てたりしていたことなどを総合的に判断したのだろう」としています。
また、判決では被告の生い立ちや職を転々とした経歴なども触れられました。これについて安藤医師は「社会で孤立すると不安感やさいぎ心が高まり、思考がマイナスな方向に向いてしまう。被告は周囲の支援を拒否していたが、支援が必要な人に適切に介入できるような対策が今後は必要ではないか」と指摘しました。

弁護側が控訴 審理は高裁へ

青葉被告の弁護士は26日、判決を不服として控訴しました。被告の弁護士はこれまでのところ取材に応じていませんが、今後、大阪高等裁判所で審理が行われる見通しになりました。

(※1月25日 ニュース7やニュースウォッチ9などで放送)