「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」
平成以降の殺人事件では最も多くの犠牲者が出た、京都アニメーションの放火殺人事件。被告は裁判でこう話した。
被告人質問では、思い込みから一方的に恨みを募らせるなど、放火に至った詳しいいきさつが明らかになった。
遺族側の質問に対しては、被告が逆質問するなど感情的になる場面があった一方で、心境の変化がうかがえる発言もあった。
法廷で語られた事件の動機や背景を詳報する。
(※2024年1月24日更新)
2023年10月6日司法 裁判
「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」
平成以降の殺人事件では最も多くの犠牲者が出た、京都アニメーションの放火殺人事件。被告は裁判でこう話した。
被告人質問では、思い込みから一方的に恨みを募らせるなど、放火に至った詳しいいきさつが明らかになった。
遺族側の質問に対しては、被告が逆質問するなど感情的になる場面があった一方で、心境の変化がうかがえる発言もあった。
法廷で語られた事件の動機や背景を詳報する。
(※2024年1月24日更新)
京都アニメーション放火殺人事件
2019年7月18日、京都市伏見区にある「京都アニメーション」の第1スタジオが放火され、社員36人が死亡、32人が重軽傷を負った。青葉真司被告(45)はスタジオに侵入してガソリンをまいて火をつけたなどとして、放火や殺人などの罪に問われている。
9月5日に京都地方裁判所で開かれた初公判。法廷では、警備を理由に傍聴席の前に透明のアクリル板が設置された。
被害者や遺族も見つめる中、青葉被告は車いすに乗って現れた。青いパーカーに紺のジャージ、それにマスク姿。髪型は丸刈りに近い短髪で、視線はまっすぐ前を向いていた。
被告は係官に車いすを押されて証言台の前に進み、裁判長に向かって軽く一礼。裁判長に生年月日や住所などを確認され、小声で「はい」と答えた。
続いて、起訴状が読み上げられた。
内容を確認するように小さくうなずきながら、対面にいる検察官の方向をじっと見たまま聞いていた。
そして裁判長の問いかけに対し、被告は起訴された内容を認めた。
起訴
・検察官が裁判所に刑事裁判を開くよう訴えを起こすこと。間違いありません。当時はこうするしかないと思っていました。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった
一方、被告の弁護士は「精神障害により、よいことと悪いことを区別して犯行をとどまる責任能力がなかった」などとして無罪を主張した。
責任能力
・物事の是非や善悪を判断し、これに従って行動する能力。続いて行われた「冒頭陳述」で、検察は被告には完全責任能力があったとした上で、次のように述べた。
冒頭陳述
・刑事裁判の手続きの一つで、検察官や弁護士が証拠によって証明する事実を主張すること。被告は自分の小説のアイデアが盗まれ、(警察の)公安に追われていると主張していて、妄想があったのは事実かもしれないが、妄想による犯行ではないと証明していきます。ひと言で言うと筋違いの恨みによる復しゅうです
一方、被告の弁護士は冒頭陳述で次のように説明した。
青葉被告にとって、この事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ闇の人物への対抗手段、反撃でした。被告の責任について判断する前に、被告が何をしたのか知る必要があります。責任能力は複雑なものなので、今後の証人尋問で専門家の意見を聞いて、被告に責任を問えるのかどうかを議論すべきです
裁判3日目から被告人質問が始まった。9月は7日間にわたって行われ、先に弁護士が質問した。
最初は、現場で身柄を確保された当時に録音された音声データの内容についてだった。被告は現場で警察に対し「小説をパクられた」「お前ら全部知ってるんだろ」などと繰り返し叫んでいた。
(音声で)「お前ら知ってるんだろ」と3回言っていたが、お前らとは誰ですか?
警察の公安部になります
どうして公安の人がいると思ったんですか?
火災だったので、即座に警察が呼ばれるということはありません。救急車と消防車が現れて、その後に警察が呼ばれると思われるんですが、その割に警察が早く来たことが、自分の中で疑問に思った。それでおそらく公安部の人間ではないかというふうに思いました
続いて、事件で重いやけどを負った体のいまの状態について聞かれた被告。箸やスプーンは左手でつかめるものの、本を持つのは難しいこと、自力で立って歩くことはできないと思われること、体が温度を感じにくくなっていることなどを説明した。
被告の生い立ちについての質問では、少年時代からの経済的に苦しい生活や、周囲との関係がしだいにうまくいかなくなり、職を転々とした経歴などが明らかにされた。
(以下、被告が説明した主な内容)
埼玉県で生まれた被告は、小学生のときに両親が離婚。父親はトラックの運転手をしていたが、その頃に仕事をやめ、苦しい生活が続いた。父親は厳しく、日常的に暴力を振るうなどしていた。
被告は中学時代に不登校になり、フリースクールへ通うように。卒業後は現在のさいたま市にある定時制高校に進学した。
高校生の頃は、倉庫での作業や埼玉県庁での郵便物の配送業務など、3つのアルバイトを経験。ほぼ毎日働き、月の収入は合わせて17万円ほどに達した時期もあった。稼いだお金で楽器やバイクを購入するなど、「いろいろな物に触れられていい時代だった」と振り返った。
定時制高校を卒業したあとは、ゲーム音楽を作る人になりたいと都内の専門学校へ進学したが、授業の進み方が遅いと不満を抱いて休むようになり、半年ほどで退学。
その後は埼玉県に戻り、コンビニエンスストアで働き始める。2年余りにわたって複数の店舗に勤めたが、後輩の店員や店長への不満などから辞めることになり、収入は途絶えた。
被告が21歳のとき、父親は事故をきっかけに亡くなっている。
その後、生活保護を申請したものの受給できず、貯金を取り崩しながら生活。光熱費が支払えず、公園の水道で洗濯した時期もあった。
2006年には窃盗事件などで逮捕され、翌年、執行猶予の付いた有罪判決を受ける。
その後は、派遣社員として3つの工場を渡り歩き、兄のすすめで郵便局にも勤めたが、いずれも3週間から半年ほどで退職した。
このうち郵便局を辞めたのは、逮捕されたことを職場の関係者に知られたのではないかと疑ったことが原因だったと話した。
9月11日、被告人質問2日目。
ここで、質問は被告と京都アニメーションとの接点に及んだ。郵便局をやめたあとは何もやる気が起きず、仕事をしていなかったという。
仕事がない中で何をして過ごしていましたか?
昼夜逆転の生活になりまして、夜ずっと起きているので、そこで京都アニメーションの作品を見ていて、小説を書き始めました
なぜですか?
(みずからの)犯罪をばらされたりして、その都度、仕事が不安定になって暮らしていけないとなるのであれば、実力さえあれば暮らしていける何かに就く必要があると思って、小説に全力を込めれば暮らしていけると思いました
どうしようと思いましたか?
(当時)立ち上げたばかりだった「京都アニメーション大賞」というものがあったので、上りのエスカレーターに乗りたいというのがあって、「京都アニメーション大賞」に送ろうと考えるようになりました
京都アニメーションは上りのエスカレーターだったんですか?
立ち上がったばかりで前例がないと思いました。ないということは自分で「こういうことをしたい」というのがある程度意見として出せる。自分で前例を作れる、自分で足跡を作れる。そういう風に考えて京都アニメーションがいいと思いました
その後、ネットの掲示板で京都アニメーションについて調べ始めた被告。その中で、面識のない女性監督に恋愛感情を抱くようになったと説明した。
さらに、みずからが逮捕された過去を監督が知っているのではないかと考えるようになったという。
被告は2012年、コンビニエンスストアの強盗事件に関わったとして逮捕される。
実刑判決を受けた被告は、刑務所で3年余りを過ごすことになる。
そして、相部屋になった人物と交わした会話の内容から、弁護士が冒頭陳述で述べた「闇の人物」や「警察の公安部」に監視されているのではないかと考えるようになったという。
公安部が青葉被告をつけている理由は何だと思いましたか?
いや、そのときはなんで?という疑問しかありませんでした
公安部に指示していた人は誰ですか?
おそらく闇の人物、もう少し言うと「ナンバー2」と言われる人になります
「ナンバー2」というのは?
詳しくまでは分からないんですが、おそらく海外に人脈があって、ハリウッドとかシリコンバレーに人脈があって、世界で動いているような人で、おそらく官僚とかそういうレベルの人にも人脈があるように思います
刑務所内で医師の診察を受け、精神疾患と診断されたという被告。
出所後は、更生保護施設での半年間の生活を経て、さいたま市のアパートで暮らし始める。すぐにパソコンを購入し、小説の執筆を再開した。
2016年9月に短編小説を、11月には長編小説を、それぞれ「京都アニメーション大賞」に応募。恋愛感情を抱いていた女性監督が「自分の作品を読んでくれた」と思い込んでいたという。
しかし、小説はいずれも落選する。このとき、裏切られたような気分になるとともに、「『ナンバー2』の意向で落選させられた」とも考えるようになった。
小説を書くことに嫌気がさし、アイデア帳を燃やしてしまったという被告。当時通っていた作業所にも足を運ばなくなり、近隣住民とのあいだで騒音トラブルを起こすようにもなった。
さらに、京都アニメーションが手がけた複数の作品の中に、みずからの小説のアイデアが盗用された部分があると思い込むようになったという。
※被告がアイデアを盗まれたと主張する▽校舎の垂れ幕が描かれたシーン▽スーパーで割引の商品を買うシーン▽ヒロインが留年について語るシーンについて、検察は証拠調べで、類似性がなかったことを立証するため、作品の映像を流すなどして詳細に比較した。京都アニメーションの社長も証人尋問で、被告の作品は400字ほどのあらすじのみで審査される1次選考で落選したため、審査員が小説の中身に目を通すことは、まずないと説明し、盗用を強く否定した。
被告人質問では、盗用されたと主張した作品に関して次のようなやりとりがあった。
(盗用と考えたシーンを見たとき)どう思いましたか?
「落とした(落選した)あともこういうことをするのか」と感じたと思います。
そのときにはネタ帳を燃やすくらいのことをやっているので、たぶん(京都アニメーションから)離れると決めていた部分があるんですが、その(盗用されたと考える)シーンをたまたま見たことによって自分が決意したくらいでは離れられないと感じ、かなり極端な発言を2ちゃんねる上でしていた記憶があります
極端な発言はどういう思いでしたのですか?
人間嫌なことがあっても切ってしまえばそこで終わるんですよ。だけど、切ってしまえば終わるがここまでやられた上で切れないという話になってくると、やはり最悪なことというのを考えなければならなかったわけですよ
それで京都アニメーションとの関係も切ろうとしたんですか?
そうなります
事件1か月前の2019年6月、被告がさいたま市で無差別殺人事件を起こす計画を立てていたことも明らかになった。
(計画の)目的は何ですか?
そういった物事からすべて離れるということをする場合には、何かしらのメッセージ性みたいなものを込めた犯罪をしないと、もう離れられないのではないかと考えました
「離れる」の対象は?
もう追いかけ回されて(警察の公安部から)常に監視されていることとか、あと京都アニメーションもそういったことの中に入ると思います
無差別殺人と京都アニメーションから離れることはどうつながるのですか?
たぶんそこまで大きなことをやらないと、物事をパクったりとかっていうことをおそらくやめないのではないかという思いが強かったというのはあります
計画の当日は刃物を6本購入し、自転車で大宮駅前へ向かったという被告。しかし、実行には至らなかった。現場を確認し「刺したとしてもすぐに驚かれ、逃げられることは即座に分かったので、大きな事件にならないのではないか」と考えたのだという。
そして翌月の7月18日、京都アニメーションの第1スタジオで事件は起きた。
4日目の被告人質問で、被告は動機に関して次のように説明した。
大宮駅前の計画については「メッセージ性のあることをしなければならない」と話していたが、今回の事件も誰かへのメッセージでしたか?
はい、そうなります
誰への?
「ナンバー2」と呼んだ人になります
「ナンバー2」に対してどういうメッセージを?
やはりこういうレベルのことを起こして、つけ狙ったりするのはやめてくれというようなメッセージ性だったと思います
「ナンバー2」に対して「もう関わらないでくれ」というメッセージがなぜ、京都アニメーションに対する放火という形になるのですか?
原稿を落とした(小説を落選させた)というのも、おそらく手を回したのは「ナンバー2」だと考えているので、そういう風な関連性からいうとやはり京都アニメーションにも、という話になります
今回の事件を起こしたきっかけは何ですか?
京都アニメーションは(「ナンバー2」の)実行部隊の1つなのかなと思うんですが、原稿を落とされたり、内容をパクられたりとかそういった事柄で一番根に持つような部分が一番大きかった。それで最後に一番狙いたいところはどこかと問われたら、やはり京都アニメーションだったというのが本音になります
被告が新幹線で京都を訪れたのは、事件の3日前だった。その後、前日にかけて第1スタジオを下見した上で、ホームセンターでガソリンの携行缶や着火剤、バケツ、それに台車などを購入。
前日は公園でひと晩野宿し、朝、牛丼とカップラーメンを食べる。その後、ガソリンを購入し、台車を押して徒歩で第1スタジオへと向かった。
そして、現場の近くまで来た被告はいったん台車を置いた。その場で本当に実行していいのか、良心のかしゃくもあり、悩んだという。
何を考えましたか?
刑務所に行った。それで戻ってきた。小説を送ったが原稿をたたき落とされるようなことがあった。パクリがあった。それまでのことを振り返って考えたと思います
考えた結果はどうでしたか?
どうしてもやはり許せなかったというのが京都アニメーションだった気がします
放火することを決意した被告は、ガソリンなどを持参し、第1スタジオに侵入する。そのときの具体的な状況について、次のように説明した。
バケツの中にガソリンを入れました
(スタジオの)ドアが開いているか確かめるために、入り口に入ってみた記憶があります
そこで見えたものは?
さすがに直前なので、詳しい視界というものが見えていなかった記憶があります
ドアを開けて少し入った記憶があって、ガソリンをまいた記憶があります
1人、近くに作画か何かの作業をしている人がいて、奥に2人の女性がいて「なに、なに?」と言っていた気がします
ガソリンはどうまいたんですか?
たぶん、こういうふうに(右手を右下から左上に上げるしぐさ)右手で振り上げる感じでまいた記憶があります
それからどうしましたか?
すぐに火をつけた記憶があります
その前後の状況は?
まわりの人も「何なんだ」みたいな動作だったので、基本的にはその瞬間、火をつけて出るまで30秒かかっていないと思います。周りの人も何があったか分かっていなくて、自分も火をつけてすぐ出てきたので
その後どうしたんですか?
すぐに外に出てきました
どうしてですか?
たしか、もう自分に火がついていたと思います
どうやって消したんですか?
地面に寝転がって消した記憶があります
その後は?
ちょっと歩いて、スタジオがある一帯の集落というか、住宅がある入り口のところまで戻ってきた記憶があります
それで?
警察がやってきて、この裁判の冒頭で流れた一連のやりとりがあって、救急車にのせられました
日赤(病院)に入れられたらしいんですが、日赤で麻酔を打たれた記憶が最後になります
計4日間に及んだ、弁護側の質問。京都アニメーションや「ナンバー2」に対する思い込みから一方的に恨みを募らせていった被告の心情、そして放火に至る詳しいいきさつが明らかにされた。
被告の説明には意味の分からない点も多く、傍聴席ではメモをとりながら首をかしげる人の姿もあった。その一方で、被告はよどみない口調で語り続け、特に怒りを覚えた出来事については細かく記憶し、まくしたてるように早口になっていたのが印象的だった。
9月14日からは、検察官による質問が行われた。この中では、被告の計画性をうかがわせる一面が明らかになった。以下が主な内容だ。
・ガソリンで放火する手口は、2001年に消費者金融「武富士」の青森県の支店が放火され、従業員5人が死亡した事件を参考にした。
・事件当日は、大宮駅前で無差別殺人を計画したときに購入した6本の包丁を持参。東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件を念頭に、ガソリンをまいたあと、誰かが止めに入るなどした場合を想定していた。秋葉原の事件については「犯人に共感する部分があった。ひと事とは思えなかった」。
・事件のおよそ8か月前、すでに京都アニメーションへの放火を考えていたことをうかがわせる書き込みをネット上にしていた。
・事件の3日前、京都アニメーションの第5スタジオ(京都アニメーションショップが併設)に立ち寄ったが、恨みの対象は京都アニメーションであり、関係ないショップの客も巻き込むおそれがあると考え、第5スタジオを襲うことはしなかった。
・最終的に第1スタジオを狙うことを決意した理由は「人が多そうだからという漠然とした思い」があったため。
・ガソリンの携行缶などは、警察に通報されると計画が破綻すると考え、ホームセンターの店員に尋ねることなく購入。スタジオの入り口が開いていなかった場合に備えて、ガラスなどを割るためのハンマーも購入した。
・事件前日は、夕方ごろには野宿した公園に到着していた。
その日のうちに実行しなかったのは「勤めている人が帰り始める時間帯になると、計画が成り立たなくなると考えた」から。
・事件当日は、午前10時半を狙ってスタジオに侵入した。
「例えば朝の出勤時間だと(社員たちは)立ち上がっています。12時はお昼ご飯で、15時はラジオ体操で、17時は退勤時間で立ち上がっています。そうなると狙いは10時半になってくると思います。落ち着いて座って作業していますので、止める人がいないだろうと」
また、検察官は被告の『警察の公安部に監視されている』という発言に触れ、起訴される前はこうした話をしていなかったことを明らかにした。
9月19日、検察の2日目の被告人質問。
検察官は被告が初公判で「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらず、やりすぎだった」と話した意味について尋ねた。
あれはどういう意味ですか?
ガソリンをまいて、それで本当に火をつけてということまではちょっと、行き過ぎたと思っているというのはありまして。やはり、30人以上亡くなられるという事件を鑑みると、いくらなんでも小説ひとつでそこまでしなきゃいけないのかという思いは少しありまして、それは自分の今の正直な気持ちです
犯行当時、あなた自身は被害者についてどう考えていましたか?
もう全員同じだろうと思っていたところがあります
全員同じ?
作品をとった(盗用した)ということにおいては全員同じであると思っていました
それは全員同罪だと?
そういう解釈で間違いありません
裁判では、遺族やその代理人が被害者参加制度を利用して、被告に直接質問する機会も設けられた。法廷に立ったのは7人。
最初は、亡くなった作画監督の女性の夫だった。
マスクを外し、大きく深呼吸をしたあと、「ルールや時間的な制約があるようなので、今回は限られた内容だけにさせていただきます」と述べ、質問を始めた。
人生の相談相手はいたか、事件の計画はいつから練っていたのか、建物の構造を考えた上で火をつけたのか。被告にひとつひとつ、冷静に問いかける。
そんなやりとりが続いたあと、夫は突然、声を震わせた。
(妻の名前)は…今回の事件のターゲットでしたか?
…(10秒ほど沈黙)
妻のことはご存じなかったですか?
作画監督さんとして勤めていらっしゃるという認識は少しあったとは思いますが、厳密に誰を狙うというより、京都アニメーション全体を狙うという認識であったため、誰か個人をという考えは、申し訳ございませんがその認識はなかったと言わざるを得ません
最後に、事件の前、放火殺人をする対象者に家族、特に…特に子どもがいるということは知っていましたか?
(15秒ほど沈黙。その後早口で)申し訳ございません、そこまで考えなかったというのが自分の考えであると思います
また、亡くなった女性アニメーター(当時22歳)の母親は、被告が事件当日、スタジオに侵入したときの様子を尋ねた上で、次のように問いただした。
あなたの目に入った女性社員2人のうち、1人は私の娘の可能性が高いです。
まわりにも社員がいたんですが、その社員たち、娘たちも含めてしぶきがかかるくらい勢いよく(ガソリンを)まかれましたか?
おそらくかかったと思います
あなたがガソリンに火をつけるとき「死ね」といった相手は、視界に入っていたであろう娘も含めて、第1スタジオにいる社員全員に向けて言った言葉でしょうか?
そう思います
「死ね」と言ったのはあなたの本心ですか?
そのときの本心で間違いありません
ここで母親は、娘が事件が起きた2019年に入社したばかりだったことを明らかにした。
娘は研修を受けて第1スタジオに配属されたばかりでした。あなたが「盗作された」と言っているアニメが制作されたあとに入社した社員です。第1スタジオにはそのような社員もたくさんいたことを事件当時、想定していなかったのでしょうか?
すみません、そこまでは考えていませんでした
第1スタジオにいる人はすべて焼け死んでもいいと思っていたんですか?
それで間違いありません
では、「盗作された」と言っているアニメの制作のあとで入社した社員も死亡していいと思っていたんですね?
そこまでは考えが及びませんでした
一方、被告は別の遺族の代理人からの同じ質問に対してはこう答えている。
(新入社員も)会社の社風というものを知らずに入って、それで要するにそういうこと(盗用)をやって稼いでいる金をもらっているという時点で、やはり知らないということに関しては少しどうなのかというふうに思うところはございます
このあと、被告が遺族の代理人に対し、逆に質問する場面もあった。
犯行の直前にためらいがあった、「良心のかしゃくがあった」と言っていたと思うが、被害者のことは全く考えなかったのですか?
自分の10年間のことに対して、そちらの方で頭がいっぱいになり、被害者ということまで頭が回りませんでした
人が死ぬのは分かっているが、被害者の立場に立って考えてはいないと?
では逆にお聞きしますが、京都アニメーションが、僕が何かパクられたというふうになったときに、そういったことに対して何か感じたのでしょうか?
被告はここで、裁判官から「あなたが質問する場ではない」と制止される。
しかし、その後も同じ内容の質問や主張を続け、上記の質問に直接答えることはなかった。
被告が「(社員が盗作などについて)知らないことは罪」という主張を繰り返したことについて、裁判員が追加で質問した。
知らないことが罪とありましたが、京都アニメーションの従業員がどんな業務をしていたのか、青葉さんは知ろうとしたのでしょうか
(首をかしげて沈黙したあと)知ろうとしなかった部分が…。
それは罪にならないのでしょうか
至らない部分があり、努力が必要な部分でした
最後に、別の裁判員からの「現在どのような気持ちか」という質問に対し、被告は「作品をいくら盗まれたからといって、人の命を奪うほどなのかと考えると、悩むことが多くなった」と答えた。
(※2024年1月24日追記)
10月23日から30日にかけての裁判では被告の責任能力について集中的に審理が行われ、被告の精神鑑定を行った2人の医師が出廷し、それぞれ異なる見解を示した。
検察の依頼で鑑定した医師は「妄想で京アニに小説を盗作されたと考えたあと、犯行にいたるまでに直接抗議するなどの現実的な行動は起こしておらず、妄想は被告の言動に著しい影響を及ぼしていない」と述べた。
一方、弁護側の請求で鑑定した医師は「被告は犯行以前も問題が生じると職場を退職するなど、相手と関係を絶つという解決方法をとってきた。京アニに対しては『盗作され続ける』と妄想し、関係を絶つために犯行に及んだ」として、妄想が犯行に影響したと述べた。
12月6日の裁判では最後の被告人質問が行われ、遺族や被害者に対してどう思うか遺族の1人から直接問われると、被告は「申し訳ないと思います」と答え、この裁判ではじめて謝罪のことばを口にした。
そして翌12月7日、検察は「日本刑事裁判史上、突出して多い被害者の人数だ」などとして死刑を求刑。一方、弁護側は「被告は10年以上、訂正不能の妄想の世界で翻弄され、苦しみ続けてきた」と主張し無罪を求め、すべての審理を終えた。
判決は1月25日に言い渡される。
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