追跡 記者のノートから「死刑になりたかった」ハロウィーンの夜に何が

2023年7月31日司法 裁判 事件 社会

多くの人で賑わうハロウィーンの夜、走行中の電車内で乗客が無差別に襲われた事件。

殺人未遂などの罪に問われた被告は事件当時、映画の悪役「ジョーカー」にふんしていました。

法廷で被告が繰り返し語ったのは「死刑になりたかった」ということば。

事件の背景に何があるのか。裁判を通して見えてきた事実に迫ります。

(京王線 無差別襲撃事件裁判 取材班)

ハロウィーンの夜の電車内で

事件はおととし10月31日のハロウィーンの夜、東京都心へ向かう京王線の車内で起きました。

上りの特急電車が東京・調布市を走行中、男が突然、乗客の男性を刃物で刺したのです。

当時の車内の様子

ほかの乗客は一斉に別の車両に逃げましたが、手に刃物を持った男は乗客たちを追いかけるように進行方向に移動し、ペットボトルに入れたオイルを車内にまいてライターで火をつけました。

運転士や車掌がすぐに状況を把握できないまま電車は走り続け、その後、本来は止まらない駅で緊急停車。乗客は窓からホームに降りて避難しました。

乗客を襲った男は緑色のシャツにネクタイ、紫色のコート姿で、アメリカの人気映画「バットマン」に登場する悪役「ジョーカー」の格好をしていました。
警察官が駆けつけた際には右手に刃物を持ち、左手でたばこを吸っていたということです。

逮捕・起訴されたのは無職の服部恭太被告(26)。

72歳の男性の胸をナイフで刺して全治およそ3か月の大けがをさせたほか、まき散らしたライターオイルに火をつけ乗客12人を殺害しようとしたとして、殺人未遂や放火などの罪に問われています。

争点は”殺人未遂罪の成立”

ことし6月26日に開かれた初公判で、服部被告側は起訴された内容の事実関係はおおむね認めましたが、12人の乗客に対する殺人未遂については争う姿勢を示しました。

争点①電車内に放火したことが殺人を実行しようとした行為だといえるか

検察官

「ライターに火をつけた時点で、車両の連結部分付近にいた乗客12人が火事で死亡するなどの危険性があった」→殺人行為に着手したといえる

「ライターに火をつけた時点では具体的な危険性はなく、殺人に着手したとはいえない。ライターを投げたときには乗客たちはすでに逃げていたため、実際に死亡する危険性はなかった」→実行行為とはいえず12人に対する殺人未遂罪は成立しない

弁護士

争点②殺意について

検察官

「電車の連結部分に複数の乗客がいることや、人を死亡させる行為であることを認識していた」

「連結部分にいた人数を12人と認識しておらず殺意は認められない」

弁護士

“犯行場所は渋谷”の計画だった

2日間に渡って行われた被告人質問で、服部被告はみずから事件の動機やいきさつについて詳細を語りました。

弁護士の質問で最初に明かされたのは、被告が当初、電車内ではなくハロウィーンでごった返す渋谷の街中でナイフで人を切りつけようと考えていたことでした。

服部被告
「犯行場所は渋谷。10月31日のハロウィーン当日に人がごった返しているのでナイフで切りつけて殺害するつもりでした」

事件当日の夕方、滞在していた八王子のホテルを出たときの目的地は?

弁護士
被告

渋谷です

持ち物は

弁護士
被告

リュックサック、サバイバルナイフ、ライターオイル、ペットボトル、ライターです

渋谷で何をしていたのか?

弁護士
被告

30分くらい街を歩いていました。思った以上に人が多いと感じました

しかし、2か月前に都内を走行していた小田急線の車内で乗客が切りつけられる無差別襲撃事件が起きたことを知って「電車内でガソリンをまいて火をつける計画に変えた」と証言しました。

電車内で何が

事件当日、被告は調布駅のトイレで持ち物の確認や計画の最終確認をし、特急電車を待ったといいます。

そのときの心境について「殺人事件を起こす行為に対してかなり緊張していた」と明かしました。

特急電車に乗り込んだ被告は、空いていた優先席でリュックサックからナイフや殺虫スプレーなどを取り出しました。

すると左側から大きな声がして、その方向を見ると72歳の男性が指をさしていたということで、殺虫スプレーを顔に向かって噴射しました。振り払おうとしたのか男性の手が当たり、被告は「反撃された」と思ってナイフで胸を突き刺したということです。

その後、先頭車両に向けて移動した被告は、連結部分で動けなくなっている乗客たちのもとに向かい、リュックサックからペットボトルに入ったライターオイルを取り出して頭上めがけて振りまくと、火のついたライターを投げたということです。

ナイフで刺すのと火をつけて殺すのはどちらが優先だったのか

検察官
被告

焼き殺す方がメインです。より効率的に多くの人を殺すことができると思いました

死刑になるために?

検察官
被告

はい、そうです

しかし、火をつけると左手の手袋に引火し「驚いて呆然とした」という被告。
炎が高く上がり黒い煙も出たため「死刑以外の方法で死ぬわけにはいかない」と後方の車両に戻ることにしたということで、「計画が失敗して落ち込んでいた」と話しました。

服部被告
「中学時代に陸上部の後輩だった女の子と付き合うことになり、すごく嬉しかった。それ以前にいじめを受けて女子に対する恐怖心やトラウマがあり、自分自身が汚い存在だと思っていたので、そんな自分を好きになってくれる人がいることが嬉しかった。中学生の頃から約9年付き合って彼女だけが信頼できる人で、結婚前提で同棲を始めた。両家顔合わせの日程や婚約指輪の種類、入籍の日なども決まっていたが、自分の誕生日に彼女から『婚約破棄してほしい』と言われた。その半年後に彼女が別の人と結婚したことを知り、ショックが大きく、自分の存在価値がわからなくなった。この先、生きていく意味がないと思い自殺願望を抱くようになった」

また、同じ頃、自らのミスによって職場で部署の異動を命じられるという出来事も重なりました。「自分のことを初めて評価してくれた場所」という職場でしたが、退職を決めたということです。

そして、過去に2度、自殺をしようとしてできなかったことを踏まえ、「死刑になりたい。そのためには人を殺さなくてはいけない」と考えるようになったと説明しました。

仕事を辞めた被告は、地元の福岡を出て、神戸や名古屋でホテル暮らしをしながら
各地で計画に使うためのライターなどを購入。

考えていたのは、「ナイフとスプレーを使って乗客を先頭車両まで追い込み、2リットルのライターオイルをまいて火をつけ、スプレー缶を投げて爆発を起こして殺傷能力を高める。その上でさらにオイルをまいて乗客を燃やす」計画だったということです。

多くの人の命が失われることをどう考えていたのか

検察官
被告

殺人を起こすことに直前までためらいはありました。できればそのようなことはしたくないが、死刑じゃないと死ねないので事件を起こすしかないと思いました

当時「ジョーカー」にふんした格好をしていたことについても説明しました。

「ジョーカー」をどういう存在だと認識していたのか

検察官
被告

殺人行為をなんとも思っていないキャラクターにみえました。そういう感覚を持たないと殺人はできないと思い、なりきろうと思いました

自殺願望に端を発し、「死刑になるため」事件を起こしたという被告。

精神鑑定を行った医師は法廷で「心理的な負担を死によって回避しようとする傾向にある」として、「自分の人生を無価値なものと見なし、確実に死ぬ方法として死刑を求めて犯行に至ったいわゆる"間接自殺"だ」と説明しています。

“謝罪は死刑から遠ざかる行為だと思った”

被告は事件を起こしたことをどのように受け止めているのか。

2日目の被告人質問で、被告は事件後初めて「申し訳ないと思っている」と謝罪の気持ちを示しました。

なぜこれまで被害者に謝罪を申し出なかったのか、その理由を問われると「逮捕されてしばらくはまだ死刑になるかもしれないと思っていたので謝罪や反省は死刑から遠ざかる行為だと思った」と説明しました。

そして、「どれだけの人に迷惑や苦しみを与えるか痛感したので、事件を起こすべきではなかった」と、後悔の気持ちを明かしました。

一方で、弁償については「被害者が求めているなら応じる気持ちはあるが金銭的な余裕はない」と話しました。

被害者“なんでこんなことを”

法廷では、車内が放火された当時の状況を再現した実験映像として、床から天井近くまで高く炎があがる様子が映し出されました。

また、被害者や電車内にいた乗客たちが出廷し、当時の状況や被告に対する思いを証言しました。

大けがをした当時72歳の男性
「字を書いたり物を持ったりすることや食事をするのも大変になった。なんでこんなことをしたのか。謝罪もできない人は罪を背負ってほしい」

車内にいた当時16歳の男性
「一歩遅かったらそのまま焼き殺されていたかもしれないと思う。ギリギリの状態で脱出したが、事件当時はただただ怖くて逃げだしたい気持ちだった。不特定多数の人に危害を加えることはありえないし、厳重な処罰にしてほしい」

車内にいた当時21歳の女性
「事件の影響で人が怖くなり、外にも出られなくなった。学校にも、アルバイトにも行けず生きている心地がしなかった。自分だけでなく、家族や周りの人にもたくさん心配をかけ、辛かった。被告とは同じ世界にいたくない。一生刑務所から出てきてほしくない」

求刑は懲役25年

今月21日の裁判で検察は懲役25年を求刑しました。

検察官

人出の多い夜に、走行時間が長く逃げることができない特急電車を選んで計画的に犯行に及んだ。逃げ遅れれば多数の死傷者が出る危険性があった。模倣性も高く、社会的な影響も大きい。元交際相手の結婚を知ったことや、職場で異動を言い渡されたことは事件を正当化する事情にはならず、動機は身勝手だ

一方、弁護側は懲役12年程度が相当だと述べました。

ライターを投げた時点で乗客は危険な場所から逃げているか、逃げていなくても死亡する危険性はなかった。乗客12人に対する殺人未遂罪は成立しない

弁護士

判決は懲役23年

そして迎えたきょうの判決。東京地方裁判所立川支部は懲役23年を言い渡しました。

東京地裁立川支部 竹下雄裁判長
「自分勝手な理由から偶然電車に乗り合わせた多数の乗客の命を狙った無差別的な犯行だ。走行中の電車内という逃げ場が限られた状況でパニックに陥っている乗客たちを焼き殺すために点火していて、多くの死傷者が出てもおかしくなかった。社会的影響の大きさもあわせて考えると、同種の無差別的事件の中でも特に重い部類の事案だ」

争点となっていた、放火に伴う殺人未遂罪の成立については、被害者とされた12人の乗客のうち2人について、「ライターが点火された時点で死亡の危険がある場所にいたか疑いが残る」として、殺人未遂罪は成立しないと判断しました。

最後に裁判長は「長い服役期間になりますが、事件や被害者、自分の社会復帰後について考えて生活し、苦しくても生きてきちんと償いをすることを忘れないでください」と被告に語りかけました。

傍聴した医師 “孤立させないこと"

おととし、小田急線と京王線で相次いで起きた電車内での襲撃。

京王線の裁判では、被告が小田急線の事件を参考にしていたことも浮かび上がりました。共通するのはどちらも無差別に乗客を狙った事件だということ。

なぜこのような事件が起き、どうすれば防ぐことができるのか。

小田急線の事件で被告の精神鑑定を行い、京王線の事件も裁判を傍聴した、犯罪精神医学が専門の聖マリアンナ医科大学の安藤久美子准教授に話を聞きました。

安藤久美子准教授
「小田急線と京王線の2つの事件の共通点として親しい人と別れたり経済的困窮や無職になったりするなど社会とのつながりが断絶している。最後の段階で事件を起こそうと決めるときに相談相手が身近にいないことも共通している。事件を肯定する訳ではないが社会全体に対する若者の不安感や不信感が関係しているのではないか。将来への不安や生活の行き詰まりといった困難やストレスに直面したときの対処方法が未熟で、安易に社会や無差別的に他者に向かったのが今回の事件であり、同じような事件が相次いでいる背景にあると考えられる」

今回の事件では「死刑になりたい」と無差別襲撃事件を起こす人にとって、電車内の防犯カメラなどは抑止力にならないという課題も浮かび上がりました。

こうした事件を防ぐために、社会としてできることはあるのでしょうか。

安藤久美子准教授
「2人とも社会で自分なりに頑張ろうとしてきた人であり、普通の生活や幸せを求めてきた人だと思う。見方を変えれば誰もがこういう事件を起こす可能性があり、身近に起こり得 るということを社会が受け止めるべきだ。根本的には、若者が自殺をしたくなるような社会を変えていくべきで、孤立させないことや相談機関につなげていくことがとても重要だ。さらに経済的支援や就職活動のサポートなど、全体的な生活の支援をすることが、ゆくゆくは自殺を減らしたり、こうした事件につながる根底の問題を改善したりすることになると思う」

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