追跡 記者のノートから小田急線 無差別刺傷事件裁判 被告は何を語ったか

2023年7月13日司法 裁判

おととし、都内を走行中の小田急線の車内で複数の乗客が無差別に切りつけられた事件。乗客3人に対する殺人未遂の罪などに問われている被告の裁判が7月14日、判決を迎えます。
なぜ電車内での凶行に及んだのか、裁判では、そのいきさつが被告の口から語られました。

起訴された内容 “間違いない”

事件が起きたのはおととし8月の夜でした。

東京・世田谷区を走行中の小田急線の車内で複数の乗客が刃物で切りつけられるなどして重軽傷を負いました。密室となった走行中の電車で起きた事件は社会に衝撃を与えました。

逮捕・起訴されたのは無職の對馬悠介被告(37)。

当時20歳の女子大学生の胸や背中を刺して全治およそ3か月の大けがを負わせたなどとして、乗客3人に対する殺人未遂や、窃盗などの罪に問われています。

6月27日に開かれた初公判で被告は起訴された内容について間違いないと認めました。

弁護士は「殺意の程度は確実に殺そうという強固なものではなかった」と主張し、裁判では事実関係には大きな争いはなく、刑の重さが焦点となっています。

“大学中退 置いていかれたように感じた”

なぜ電車内で無差別に人を襲おうとしたのか。

3日間にわたって行われた被告人質問で、被告はみずからの言葉で事件の動機や背景について語りました。

被告は人生のターニングポイントは大学の中退だったと振り返りました。

中学、高校は友人もいて楽しい毎日を送っていたという被告。東京の有名私立大学の理工学部に進学しました。

しかし、4年生のころ卒業論文の研究が思うように進まず、思い悩むなかで所属していた研究室に行かなくなり、留年。1年後に大学を中退したということです。

その後は実家で暮らしながらアルバイトなどをしていました。当時はまだ大学の同級生との交流があったということですが、「自分は大学を中退したあと、正社員になれなかった。同級生がボーナスの話などをしていて、置いていかれたように感じた」と話しました。

定職に就いて正社員になろうとしたこともありましたが、日雇い労働の現場で働いていたため就職活動の準備の時間がとれず、いつしかその気持ちも薄れてしまったといいます。

“自分だけ貧乏くじ”

コンビニのアルバイトなど、職を転々とする中で感情も変わっていったという被告。

「幸せそうなカップルや新しい服を着ている家族を見ると劣等感を感じるようになり、強い嫉妬を感じた。周囲の人は幸せなのに自分だけが不幸で貧乏くじを引いていると感じ、世の中が灰色に見えた。劣等感が人々や社会への憎しみに変わっていった」と述べました。

さらに「事件の1,2か月前から渋谷のスクランブル交差点で爆弾を爆発させたり、カップルを日本刀で切ったりすることを妄想するようになった」としながらも、「実行しようとまでは思っていなかった」と証言しました。

そして、事件を起こしたころには仕事も辞め、食料品などを万引きして生活するようになっていたということです。

事件当日に何が

裁判では、事件当日の詳しい行動も明らかにされました。

2021年8月6日。前日に万引きに失敗したゲーム販売店に謝罪にいこうと、朝、自宅を出ました。

ところが、店を訪れると責任者はまだ出勤しておらず、「時間をつぶすため」に別の店で万引きをしていたということです。新宿の食料品店でベーコンを盗んだところを従業員に見つかり、警察に通報されました。

店では従業員に「全店出入り禁止」と言われてタブレットで写真を撮られ、警察署からパトカーで自宅に送られた際には車内で居眠りをしていたことを警察官から注意されたということです。

帰宅して酒を飲んでいるうちに次第に警察や食料品店の従業員の対応に怒りを感じるようになり、最初は従業員に復讐しようと考えたといいます。

しかし、閉店時間までに間に合わないと気づき「電車内で無差別殺人事件を実行することを決めた」と語りました。

自宅にあった包丁を持って最寄り駅から小田急線に乗り込んだ被告は、事件を起こした快速列車に途中駅で乗り換えていました。その理由を問われると、「快速であれば停車する駅が少なく乗客の逃げ場がないと考えた」と説明しました。

“勝ち組を探した”

被告人質問では、乗客を襲ったときの状況についても詳細が語られました。

最初に襲われたのは20代の女性でした。

弁護士

最初にどういう人を狙おうとしたのか

幸せそうなカップルや、きれいでむかつく感じの女性を探した。乗り込んだ車両にそういう人はいなかったが、時間はかけられないと思い、近くにいたピンクの目立つ服を着た女性をターゲットにした

被告

「いわゆる“勝ち組”の女性を探した」という被告。しかし同時に「本当に自分に刺せるのだろうか」というためらいが頭をよぎったといいます。

「これまで妄想していた電車内で無差別事件を起こすことと、現実にそれを実行するのは全く違うことなんだ。実行すればこれまでの生活は失われてしまうし、自分の家族の平穏な生活を壊してしまう」と考えたということです。

それでも「これまでの自分の生活はそんなに大事なものだったかと、せめぎ合いを振り切るようにして女性を刺しに向かった」と証言しました。

「妄想では『乗客を順番にサクサクと刺せる』と思っていたが実際には女性を刺した際に包丁が骨にあたって硬い音がしたのを聞いて『失敗した』と感じた」と当時の生々しい状況も語られました。

「自暴自棄になった」という被告は、包丁を振り回し、別の男性と女性の2人にけがをさせていますが、その時の記憶はあいまいだと証言しています。

その後の状況については、振り回していた包丁が折れたため持ってきたサラダ油に火をつけて電車を燃やそうとしましたが、火がつかず、緊急停車で開いた扉から出て逃走したということです。

“逆恨みして恥ずかしい”

事件を起こしたことをどう受け止めているのか。

法廷ではいまの心境についても質問が出ました。

逮捕後、拘置所に移送されてから被害者の調書を読んで反省の気持ちが芽生えたと述べた被告。裁判官から「世の中への不公平感をいまも持っているか」と尋ねられると、「事件当日に食料品店の従業員を逆恨みしてしまったことが恥ずかしい。自分以外の何かのせいにするのは違う。だからうまくいかなかったんだと思う」と話していました。

被害者“人生変わった 許せない”

今月6日の裁判では、2番目に切りつけられた50代の女性が書いた文書を、被害者側の弁護士が朗読しました。

被害者の女性(文書)
「事件のことを毎日思い出します。お腹と腰に傷が残っていますが、家族の中で事件のことが話題に上ることはありません。私のことを気にして家族は口に出さないようにしているからです。事件のことを忘れることはできません。日常生活の全てが変わりました。人生を返してほしい」

女性は、事件後にPTSDと診断され、電車に乗れなくなりバスと徒歩で生活しているということです。周囲の人に恐怖心を抱くなどの影響もでて、仕事も2か月近く休むことになったといいます。

被害者の女性(文書)
「仕事は復帰しましたが、休む前のポジションを失いました。被告が自分の近くに住んでいたと知り、引っ越しもしました。いまも小田急線には乗れず、人生が変わってしまった。被告を許すことは絶対にできません」

別の日の審理では、ほかの被害者の事件後の状況も説明されました。

3番目に切りつけられた30代の男性は事件後、電車に乗るのが怖くなり、車での通勤を余儀なくされたということです。

また、最初に切りつけられ大けがを負った20代の女性はその後もけがの治療のため服薬や通院をしていて「私は家族や友人に恵まれ幸せだと思うが、幸せだからといって襲われてよいわけではない。被告も選んで不幸になったわけではない。彼のような人を生んだ社会にも原因があるのではないかと思うが、彼の犯行が許されることではない」と話しているということです。

被告 “刑務所から出ない方がいい”

検察は「幸せな人たちや社会に対する憤りを晴らすために電車内で無差別に多くの人を殺害しようとした過去に類を見ない事件だ」として、被告に懲役20年を求刑しました。

一方、弁護士は「大量殺人を妄想していたが実行するつもりはなく、犯行には飲酒の影響もあり計画性はなかった。事件のあとは反省していて立ち直りの可能性がある」として、懲役15年が相当だと述べました。

裁判長から「最後に伝えたいことはありますか」と尋ねられると、被告は「被害者には本当に申し訳ないことをしました。自分は刑務所から出ない方がいいと思っています」と述べました。

判決は7月14日午後3時から東京地方裁判所で言い渡される予定です。

(※7月14日追記 東京地方裁判所は「走行中の電車内という逃げ場のない状況で無差別に乗客を次々に襲った非常に悪質な犯行だ」として、懲役19年の判決を言い渡しました)